高すぎるセンサー(4)
察しのいい忍は聞こえないオレたち……というか主にオレに向かって教えてくれた。
「秋葉に質問するよ? 全部答えてね」
え、なにこのクイズ大会みたいな流れ。
忍は一息つくと、なぜか大きく息を吸って質問をはじめた。
「秋葉の好きな色は? 秋葉は何月生まれ? 秋葉の誕生石は何でしょう。秋葉の昨日の夕食を教えてください。秋葉の家族は何人ですか。秋葉は嫌いな食べ物は何ですか? 秋葉は何人兄弟ですか。秋葉の所属を教えてください。秋葉の好きな季節はいつですか? その理由は? 秋葉の得意な科目は何ですか。秋葉の好きな動物を教えてください。秋葉の好きな場所は? 秋葉の苦手な食べ物は? 秋葉はペットを飼っていますか。秋葉の出身はどこ? 秋葉の血液型は……」
「ちょ、待て。待ってくれ」
「秋葉の寝る時間は何時? 秋葉の好きな大使館はどこですか。秋葉はお酒に強い? 秋葉は同級生を何人覚えていますか。秋葉の家はマンションですか。秋葉の…」
「やめろぉぉぉぉ!」
もう何を言われているのかわからない。
しかもこの質問。全部テンションがフラットだ。ほぼ一息で忍はそれをぶつけてきた。
「これは……」
「ていうか、秋葉はどうしてそんなに諦め早いの? ほんとに世界一なの? 諦めの良さと引き際の良さは違うと思うんだけど、かっこいいのはやっぱり引き際の良さだよね。いつからそんなに諦め良くなったの? 大人になるってつまらないことだと思わない? 秋葉は一応、護身用の武器持ってるけど戦力外にカウントされた感想は」
「最後の関係ねぇだろ! お前はそんなにオレのプロフィール欄を埋めたいのか! っていうか明らかに知ってる質問あったよね!」
なんてオレが人身御供にさらされている間に司さんは、なんとなくでも事の成り行きを理解したらしい。
なんでこの流れから、何か拾えるの。
凄いよ、この人。
「……これ、なんだっけ? えーっと…」
オレは頭を抱えた。
「ゲシュタルト崩壊」
そうだ。同じ文字の羅列を見続けるとなんだかわからなくなるとかいうアレだ。
「別に狙ったわけじゃないんだけど、主語や疑問符をいちいちつけるところがポイントかな」
思いっきり狙ってんじゃないか? それは。
「あいつの場合はセンサーが優秀過ぎて、かかりやすいんだな。しかも拒絶ができない」
『まさか…こんな人間がいたなんて……』
「いや、あなたには普通に聞きたいことを列挙しただけだから」
未知の生物に対する飽くなき好奇は恐ろしい。
というか、生来は口数が多いというほどでもないこいつの頭の中が、凄まじい勢いで思考しているのはわかった。
「まぁいいや。他にも残された時間とやらで知りたいことあるし、続けるよ」
『や、やめろぉ!』
さとりが動いた。攻撃圏内に入る。
司さんからはまだ圏外だ。
その服の下から鞭のように打たれたのは触手だろうか? 忍を狙っている。
ひゅ、と再び空を切る音がした。そして今度はザシュ、と手ごたえのある重い音。
『うあぁぁぁぁ!』
こちらの攻撃圏内に入ったそれを司さんは薙ぎ落し、反動で倒れ込んだ本体には、銃弾が撃ち込まれた。
霊装ではない。けれど実態を持った低級魔には十分な威力。
……。
「なんでそこで秋葉は傍観してるの? そりゃ外交官は戦闘は専門外だよ。でも私も専門外だからね?」
確かに護身用に、オレも忍も銃は携行しているわけで。
ぐうの音も出ない。
ドン!
その間に、司さんがさとりの身体を刀で通路に縫い付けた。
パリ、と音がして刀を中心にフィールドが貼られる。
平たく言えば結界だ。
現代技術と、古式術式の融合した人間から神魔まで幅広く治安を乱すものを捕縛するネット。
「……案外、あっさり捉えたね」
「読めなくなった時点で負けだろ」
元々力自体は強くない低級魔だ。利点を封じてしまえば、こんなものだろう。
ほっと息をつく。
『なぜお前は読めないィ…』
動けなくなった体で、ぎりぎりと呻くようにさとりは言った。
動こうとするとバチバチと術が爆ぜるので声は小さく聞こえる。
それは忍に向けられている。
「読めないの? ……読んだじゃない」
『違うゥ なぜ本音を読ませないぃ…お前の思考は常に俺様に語りかけて……』
「そうなのか?」
「だから、読まれるなら初めから『黙ってしゃべる』つもりでいればいいって言ったじゃないか」
なるほど、思考と言動を一致させていただけということか。
『それはぁ……恐れぬからこそできるぅ…なぜ、俺様たちを恐れなィ』
「……平和ボケしてるんじゃないかな」
『……?』
世界は終わろうとしている。
唯一、神と魔が交わるこの国で何を平和ボケというのか。
そればかりはさとりも理解ができないようだった。
「この国に来る神魔はいい人ばかりだから、ますますボーダーラインが分からなくなる。
一番怖いのは……
人間だ」
心なし、トーンが下がった気がした。
だが、忍は次の瞬間には、しゃがみこんで膝の上に両肘を乗せ手で顔を支え、床に縫い付けられるその姿を覗き込んでいる。
口元に涼しそうな笑みを浮かべ。
さとりはしばらく呆けていたが、小さくそうか、とつぶやいてそれからくくくっと笑っただけだった。
* * *
こうして、オレは無能なままに手配犯を捉えた3人のうちの一人として、功を労われることになる。
具体的に言うと、査定のアップと、2か月分のボーナス上乗せ支給。
「秋葉くん、あなたの月収はいくらですか?」
「クイズ大会はもういい」
「そういう広告、一時期あったよね」
律儀に元ネタを説明する忍。
派遣会社か何かのネット広告な。
「でも、プロフ欄埋めるのに必要でしょ? お金の話は露骨だから、あまりしたくないんだけど……」
「わかってるよ! ほとんどアレはお前と司さんの手柄だからな。……夕飯おごりでいい?」
「仕方ないなぁ」
忍は小さくため息をついて了承した。
「ちょっと待て。司さんの時はあれだけごねたのに、オレは夕飯おごりで済むのか? 外食に興味ないんだよな、夕飯とかあんまり外で食べないよな」
「秋葉、同じこと言ってるよ」
日本語って難しい。
「私はただ、対応力のキャパに応じて答えただけで……」
「オレだって、それなりに高給取りですー! 世が世なら官僚ですー!」
自分で言いながら、何かおかしいとは思う。
「世が世だから官僚なんでしょ、私も秋葉も。高給取りなのに夕飯おごりで済まそうとした時点で、それ以上はもう何も望まない」
絶望したくなければ、はじめから期待しないことだ。
そんな偉人の名言っぽいフレーズに脳内変換されて聞こえた気がした。
「失望しないでくれ! 高級レストランは嫌なんだろう!? わかった。司さんも誘って俺のおごりで、司さんの言ってた店に行こう!」
ぴく。
お流れしたお楽しみが復活したので、受容されることになる。
珍しいオレのクリーンヒットだ。
「うん、まぁそれならいいかな。司くんにもちゃんと功労分、分配されるし」
「いや、あの人は元々あれがメインの仕事で……そうだ。オレが結構引っ張ってたおかげで、あの結末にたどり着いたと考えられないか!?」
「…………」
自打球になってしまった。
口は禍の元だな。諦めて反省することにしよう。
しかし
「まぁ、そういうことでいいや」
あっさり引かれた。
それはそれで消化不良な感じがするのはなぜだろう。
「なんだかんだ言って、一番本音と建て前やり取りして、あの魔物と遊んでたの秋葉だもんね」
「遊んでないから! あれが普通の反応なんだよ! お前がおかしいんだよ!」
「そうかなぁ?」
「発想が。おかげでお前のエピソードを思い出したぞ。大学時代の」
そして、思い出話を始めるオレ。
「?」
「踏切の話だ」
「あぁ、あれね」
急いでいた。
バーが降りたが、走り込んでしまったためそのまま反対側まで行った。
しかし、すでに正面の遮断機も下りていた。
その時、忍は……
遮断機を飛び越えたという。
「とっさの判断だけど、おかげで減速しないで済んだ」
「普通は減速するんだよ。減速して、下をくぐるか跨ぐか、バー自体を迂回するんだよ。減速なしでハードルするとか見たことないから。ある意味、目撃者の間で伝説だからな?」
「対応方法はいくつもあるってことでしょう? 問題ないじゃないか」
「その数ある対応方法で、まず減速しないで飛び越す、って選択をする奴が万に一人いるかいないかだって言ってんの!」
つまるところ。
今日も今日とて、時代に適応する人間と、
元がイレギュラーの人間は、
最先端の神と魔の間で、割とのびのびやっている。
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