3.他人の身体はいろんな意味で、使いづらい(1)
今日の仕事は、とある侯爵の元へ行き、危険物の回収。
難易度はCと言ったところだ。
元々、魔界の側から怪しい薬が出回っていたものを集めて申告してくれたものを回収してくるだけなので、特に危険ということもない。
最大警戒すべきは、薬の運搬だろう。
「運搬って言っても、確認して持って帰るだけだから特に何もないよな」
小型のジェラルミンケースの中身をチェックしながらオレ。
その後ろには、護衛として司さんがついている。
大使のほかにも力の強い神魔の元へ行く際は、外交官に武装警察が最低一人つくのが約束事だ。
「誰」と決まっているわけではないが、司さんに関しては、もはや安定のメンバーとして居てもらうだけで助かる。
しかし、確認と言ってもどうやって確認するのか。
見た目、ただのアンプルだ。
「じゃ、組成の整合チェックするから一本開けてくれる?」
そのために情報部門から忍も同行していた。
今日は真面目に仕事をしている。
「侯爵、アンプルは開けただけなら問題は?」
「ないよ。ただ、人間には強力だから1本間違って割って飛散したら大変なことになるからね」
なーお。
膝に乗った黒猫を撫でながら、すこぶる紳士的に魔界の侯爵は教えてくれた。
こういった位の高い神魔は、万一を考えて司さんなどがついてくれるわけだが、特に敵意や悪意のない親日派が多いので、逆に安心だ。
オレはアンプルをひとつとってそれでも慎重にその口を切っ…
ゴギャアアアアァァァ!!
ズゴゴ。ものすごい地震が起きた。
パリーン。
何かが割れる音。
「おや、すまないね。新しいペットがまだしつけきらなくて」
広く高い窓の外を眺め見て、こともなげに。
そして、侯爵がこちらに視線を戻して言った。
「これは大変だ」
全然口調が大変そうではない。
それで何が起こるか概ね予想のついていたオレたちは沈黙するしかなかったが…
「すまん、手が滑った」
アンプルは見事に大理石の床にぶちあたって割れていた。
それからどうなったのか。
オレたちは街中を全力疾走している。
「なんで割った挙句に、ペットに取られて逃げられなきゃならないんだ!」
オレの声がそう言った。
「あ~ペットっていっても、猫の方だし地震が起きるくらいのモンスターよりマシじゃね?」
「全くマシじゃない」
司さんの声であまり聞かない言葉遣いをしてしまう。
忍の声からは違和感はなかった。
あの後、謎の煙を吸い昏倒したオレたちは目が覚めると……
入れ替わっていた。
体と中身が、だ。
司さんの身体にはオレが、オレの身体には忍が、そして忍の身体には司さんが入っている。
漫画なんかでよくある話だが、実際巻き起こると混沌とした状態だ。
「これ一体、誰得の危険物?」
「得はともかく、厄介な危険物であることには変わりないな」
「犯罪起こしたいなら、相手と入れ替わって相手はどこかに監禁。成り代わって何かするとかなんとか……」
冷静に答えんでくれ。
「その使用方法は神魔の類がするメリットがあると思うか?」
「サキュバス系だったら、人間の中に入り込んじゃえば獲物ねらい放題、むしろターゲットがいたら近親者と入れ替わって云々」
「お前、絶対犯罪者組織とかに鞍替えしないでくれよ…?」
司さんの切実そうなつぶやきに、「重犯罪は割に合わない」と良心的なのか何なのかわからない返答が返っている。
「でもちゃんと楽しく仕事できるところなら、グレーゾーンでも可」
どんな職場だよ。
「しかし、司さんの身体、本当にスペックいいですね。めちゃくちゃ軽いんですけど」
「それは霊装や強化がかかっているからだ。……あまりしゃべりながらだとこちらが持たないから黙って追ってくれ」
無理な相談だ。
「秋葉の身体は重い。メリットは背が高い分見える世界が微妙に違う」
視線の高さ程度とか、微妙過ぎるだろ。
息を切らせ始めたのはオレの身体に入った忍だ。
意外なことに一番体力的に劣っていそうな身体の司さんの方はあまり呼吸が上がっていなかった。
「ダメだ……勝手が違いすぎ……」
「見失ったな」
足を止めて周りを見回す。
相手は猫だ。どこに飛び込まれたのかと見まわす。
忍はオレの姿でぜぇぜぇと息をつきながら手を両ひざについて屈んでいる。
「お前それじゃオレが虚弱体質みたいじゃないか。いつもみたいに頑張れ」
「秋葉の身体がもっと頑張れ」
ブーメランだった。
「体の動かし方が違うんだから仕方ないな。軽い方から重い方に移ったんだから尚更だろ」
引き続き首をめぐらせながら司さん。
確かに忍は特別運動をしていないはずだが、見た目、身軽に見える。
それでも息を整えるためかひとつ深呼吸をするように息をついた。
「先に行ってくれてよかったんだが」
「……司さんの身体でオレが何かできると思ってるんですか」
少なくとも、猫を見失わずに済んだかもしれないが、はっきりいって人の身体に入っているなんて不安以外の何者でもない。
知り合いにでもあったら混乱は必至。
「あの子、侯爵の飼い猫だからそのうち戻るとは思うけど……」
「その間に肝心のものを紛失されていたらどうするんだ」
「そうだね、捕まえるのは猫じゃなくて、アンプルの方だもんね」
銃刀法所持違反の時代に、銃を取られてそれが行方不明になるようなものだ。
確かに危ない。
「でも今日中には元の身体に戻りたいよね」
「オレは今すぐ戻りたい」
スペックが高いスマホを使いこなせないくせにブランド買いするごく一般的な民間人の気分だ。
……もっとも、ああいうのはスペックなんてわからないからブランド買いするんだろうけど。
半端に知っていることは時々、重い。
「そういわれたら戻りたくない奴なんていないだろう」
そう言って再び歩き出す。
見失ったが急に横に入る可能性は低い逃げ方をされていたのでとりあえずまっすぐだ。
「何事もないなら風呂の時間までに戻れればいいけど」
ぴたり。
オレと司さんの足が止まった。
「入浴どうするの? 秋葉はいいよ、同性だもん。司くんはその体で風呂に入れる?」
最重要事項はそこなのか?
しかし、反論できるものはいない。
「……………………それを俺に聞くのか…………?」
微妙過ぎて、どう反応したらいいものか。うまくぼかした。
オレはと言えば素朴な疑問。
「意外だな……お前がそういうことを気にするなんて」
「どういう意味だ。一般良識的に裸を見られるのは恥ずかしいです。というか、スカートでさえはきたくない人間が、その身体で入浴などされて平気だと思うのか」
確かにスカートなんてはいているところは見たことがない。
けど、見せたくないからだったのか。
それは初耳だ。
「人は自分が気にするほど人のこと見てないっていうぞ」
「違う。私は大根どころかカブのようなふともも晒してミニスカートでエスカレーターに乗る女性を見ていると、自分はあれは無理だなと思うだけで」
「すごい意味が分からないんだけど」
黙っていた司さんが今度こそ、深呼吸ではなくため息を深々ついた。
「今日くらい入らなくてもいいだろう」
「じゃあ明日も戻らなかったら?」
「「………………」」
入浴云々以前に、割と最悪の可能性ーーーー
「そりゃね、しずかちゃんみたいに私は入浴をのぞかれても悲鳴を上げるタイプではないですよ。でも、清潔にはしていたいんだ。温泉は好きだ」
「わざと会話を混線させたいのか、お前は」
温泉は関係ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます