結界崩落編

1.彷徨えし異文化人(1)ー贈り物を探して

ある休日。

忍と森さんは、街で声をかけられたそうだ。


「そこな娘たち」


振り返ると、どこか無表情な少女がいた。

少女と言っても、小柄だがどこか毅然としていて、大人っぽくもあったという。


少女は、見た目とは裏腹などこかハスキーな声で、二人にこう尋ねた。


「この辺りに何か、この国らしい、素晴らしい品物はないだろうか」


顔を見合わせる忍と森さん。

それらの物言いで、どこかの神魔だということにはすぐ気づいたらしい。

素晴らしい品物と言われてもよくわからないので、まずこう答える。


「この国らしいものはたくさんあるけど……細かいことなら交番か、外交官の人に聞くと色々教えてくれますよ」

「外交官の人は、小さい銀の徽章を襟か胸のあたりにつけてると思うからすぐわかるよね?」


しかし、その少女の姿をした神魔は、無表情なままでどこか途方に暮れたような顔をした。……という。


無表情なままで途方に暮れるってどういうことだよ。

どうしてわかるんだよ。


というオレの疑問はこの際、置いておく。

空気の問題だろう。


「それが……」


と、少しだけ眉を動かして、神魔の少女。


「私の質問が抽象的すぎて、答えに窮するようだ」


だろうな。

忍と森さんもそっちを案内したくらいだし、オレに至ってはこの国らしいものは思い当たっても「素晴らしい品物」とかわかんねーよ。もう宝さがしにでも来たのかというくらいの表現力だよ。


そんなわけで、話は当然のように続いた。


「例えば?」

「主に捧げものをしたい」


……余計わからない。

そのヒト、口下手なのではないだろうか。

なんとなくそのヒトが悪魔っぽく思えてきた。話を聞いているのは、ダンタリオンの公館。

まだあいつは来ていないので、ただオレと忍は雑談してそれを待っていた。


「最近はこの国には、多くの魔族も訪れているようだが、主は魔界から出られるようなお方でなく」

「捧げもの……」

「主ということは、日本のお土産的な何かですか」


表現が大げさだが、この国に来ている以上、そういうものかと分かりやすい言葉に変換する忍。

回想は続く。


「観光というわけではない。ついでではなく」

「贈り物を探しに来たと?」

「そうか、そういえばよかったのだな。変わった品もあると聞き、ぜひ献上したく参ったのだが……何分、人間界慣れしていないないもので」


ーー普通、している方がおかしい気がするが。

そのヒトは箱入りか、やんごとなき立場のヒトなのだろうと、二人は思ったという。


そんなヒトが、言葉はともかく意思の疎通もままならない状態で、なぜ一人で見知らぬ土地をうろついているのか。


二人は聞いた。


「献上は私が自らしなければ意味があるまい?」


うん、すっごい真面目な感じは伝わってくる。それも生かドがつく真面目な感じだ。


「それで、結局その日一日そのヒトに付き合って」


とりあえず、回想をやめて忍は待ち時間のために用意された紅茶のカップを持ち上げた。


「一日じゃこと足りなかったから、一人でもなんとかなるように日本の過ごし方をレクチャーしたんだよ」

「……そこまで箱入りというか世間知らずって、逆に高位のヒトな感じがしないか」

「そうなんだよ。献上とか言ってるし、言葉遣いも日本に例えると殿様クラスな感じがする」

「いや、主がいるってことは殿様じゃなくて、忠臣とかだろ? ってか、なんで例が江戸時代から遡るんだよ。分かりづらいよ」


気にかけずに忍はカップに口をつける。


「だって、今の時代で偉い人って、議場で野次投げるような品のない人も多いから、全然偉い人はやんごとなくない」

「……そうだな。やんごとなくないって、なんだろうな」


ニュアンスで理解する。


「公爵だったら知ってるかな。名前は聞いたけど一般観光で来てるヒトだから敢えて調べてはいなくて」

「外見は小柄な女のヒトで、ハスキーボイス。忠臣っぽくて、生真面目。なんか話し方にも特徴あるから、すぐわかるんじゃ……」

「そいつだーーーーーー!!!!!!!!」

「「うわぁ!!?」」


ドアが開く音もしなかったはずだが、いきなり背後から叫ばれて、静かな部屋で思わず大きく反応するオレと忍。

うっかり手元のカップをひっくり返しそうになる。


「公爵?」

「何だよ!!?」

「そいつだよ、パイモン閣下だ。今、ちょっとした事件になってて」

「事件?」


オレはいきなり現れて、珍しく厄介事でも抱え込んだような顔をしているダンタリオンを見た。


「ガープ閣下……西方の王から、行方不明のパイモン閣下をみつけろと連絡が入った」

「……行方不明って」

「というか、公爵が『閣下』呼ばわりするってことは、そのヒトも公爵より爵位が上ってことですよね」


……その割には今そいつ呼ばわりしてなかったか。

いや、それよりも公爵より爵位が上ってことは……


「あぁ。パイモン閣下は二人いる西方の王の一人」

「王様!!? 王様なの!?」


魔界の爵位をざっくり並べるとこうだ。


王>公爵>王子>侯爵>伯爵


……一番上じゃねーか。ベレト閣下と一緒じゃねーか。

まさかの王様が一人でふらふらしてるとか一体どういう……


「そう、パイモン閣下は魔界西方の王にして、ルシファー陛下の忠臣でもある」


なんか、魔界のトップの名前がまた出てきた。

いや、前回来たリリス様は完全に、観光ショッピング目的の娯楽来日だったけども。


ダンタリオンはいつもの席に腰を下ろして、深々とため息をついた。

テーブルに肘をついて、組んだ両手を額に当てる。


「まさかの来日してたのか……」


すごい厄介事来たと言わんばかりの態度だ。


「西方の王ってことは、七十二柱とは関係ない、魔界全体のすごいヒトってことか?」

「お前、本当に語彙力ないな」

「……伝わればいいんだよ」


そう、パイモンというその王様は、語彙力あるっぽいけど全然伝わらなかった感はよくわかっていた。

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