彷徨えし異文化人(2)ーガープ閣下は期間限定召喚です
「そうだな。魔界には東と西に王がいる。西には二人王がいて、それがガープ閣下とパイモン閣下。……単純に数値で言ってしまえば、東の王バエル閣下の軍団が66に対し、パイモン閣下は200の軍団を率いる」
「……桁が違うんですけど」
「魔界で三桁行ってる規模の軍団持ってる奴はそうそういない」
確かに数字上だとわかりやすい表現だ。
「北とか南にはいないんですか? 王様」
「日本はそういうの好きだよな。残念ながら、魔界は明確に方位の王が存在するのは東西だけだ。……まぁ、天道の問題だろう」
日の出、日没ってことか。
確かに日本……というか、他の宗教もだけど、四天王とか四方王とかよくあるな、と改めて思う。何をするにも東西南北揃って、という感じだ。
忍の素朴な疑問はあっさり解決したところで先に進む。
「ガープ……閣下、から探せって言われてるっていうのは」
「あー、そこらへんは魔界の内々の事情だから、直接的な事件でないと言えば事件じゃないんだが」
そこでようやくダンタリオンは組んでいた手を解いて、執事の持ってきたお茶を飲んで一息ついた。
「とりあえず、今日はそれ話すつもりもあったからちょうどいいと言えばちょうどいいか」
いきなりみつかった感から、話が結論に飛びかけていたが、気分を切り替えて仕切り直しのようだ。
「事件性はないんだろ?」
「なくても捜索願を出したのも、出されたのも王だからな。国家機関も知っていてしかるべきだ」
そうだったな。一般市民が観光に来て、しかも自分の意志で来てるみたいなのに、それは普通迷子でも失踪でもなんでもないが、王様ともなれば魔界でいろいろあるんだろう。
追及はしない。
「忍の話だと、ふつうに自分の意志で入管通って来てるっぽいけど、なんで捜索願になるわけ?」
「そこは魔界の事情だと言っただろ。ガープ閣下は忙しくて忙しくて忙しくて、そういう時に同じ西方の王がいなくなったもんだから、忙しさが当社比1.5倍」
「そのネタっぽい言い方やめろ。ていうか、1.5倍じゃすまないんじゃ?」
「ただでさえガープ閣下は忙しいヒトだからな」
そこで再び軽くため息。
それが指し示すのは一体何なのか。
「つまり、忙しい時にどこ行ったんだあいつは、探せー!みたいな感じで、連絡が来たと?」
「その通りだ。さすがだ、シノブ」
完全に私事だが、魔界の中では王様となると政的な話にもなりかねないので、なんともいえない。
「それで? どうして二人ともパイモン閣下のことを知ってるんだ」
話を聞いていたのは、最後の方だけだったんだろう。
さっきオレにした話をかいつまんで忍は、もう一度繰り返す。
「……それは何か? つまり、閣下は猊下の土産探しのためだけに日本に来てるってか」
「……猊下?」
「前に話しただろ、陛下は階段下からえらい人を呼ぶための敬称。猊下はこの場合、唯一の魔界の王、ルシファー陛下のみに使われる敬称」
「お前が敬称とか」
「死にたいの? それパイモン閣下の前で行ってみろ。たぶん、殺してくれるぞ」
どういう意味なんだよそれは。
話は忍が進めてくれた。
「土産ではなくプレゼントを本気で探しているみたいだったよ。真剣そのものだった」
「そう、昔からパイモン閣下は猊下に忠誠捧げてるからな。天使時代から猊下一本だよ」
「……堕天使組ですか」
随分な忠誠心だなと、経緯はよくわからないが感心してしまう。
真面目っぷりは伝わってきたので、本当に忠臣なんだろう。
しかし、その言い方。
「日本に来ていることはわかった。オレはガープ閣下に報告入れて、あとは探すだけだ」
「探す『だけ』って」
「そこが一番大変では」
忍もその日のうちに別かれたため、どこにいるかはわからない。
魔界から連絡がないのだから、時間差もあってまだどこかにいるのだろう。
しかし、目的が漠然としすぎていて、まったくどこにいるかすらわからないというこの事態。
「話し方はちょっと変わってるけど、見た目普通にかわいい女子だったし」
「単独行動っていうのもすごく探しづらそうだよな」
東京をなめてはいけない。
いくら世界が滅びそうなときに人口が激減したからと言って、未だもって街の人波に入られたら絶対に見つからないレベルだ。
特に目立った行動もしなそうだし、みつけるのは至難の業ではないだろうか。
「人海戦術だ」
ダンタリオンの答えは単純明快だった。
「警察に連絡しろ」
「迷子じゃねーんだから。事件性はないんだろ!? それで特殊部隊動かすのはなくないか?」
「みつければいいんだ、フツーの警察でいい」
あぁ、一木たちの方か。
確かに、そっちの対人間黒服おまわりさんなら、たくさんいる。
「でも、そんな要人の情報流すのはまずくないですか」
うん、一木に魔王探せとか言ったら、あのチーム本気で喜んで頑張りそうだからな。
忍の話だと、そんなに細かいことは気にしなそうだけど、違う意味で失礼なことをしでかしそうで怖い。
例えば「サインください」の方面で、だ。
「そうだな、そこらへんは要人だから、とにかくみつけたら連絡、くらいにしておく。お前らも見かけたらすぐ連絡しろよ?」
なんて、珍しくあわただしい気配を見せながらその日の外交は終了。
「……さすがに自分より位が上になるとあいつも多少、慌ただしくなるのな」
「人間界と違って、肩書なくなったら力なくなりましたなんて世界じゃないだろうからね」
そうだな。人間界の場合は肩書自体が権力になってる奴も多いけど、悪魔の場合は実力から肩書がつく感じだもんな。逆なんだよ。
オレは改めてそのあたりのシビアさを思う。
「やぁ、二人とも」
公館を出ようとしたところで、入れ違いにアスタロトさんに会った。
そこで自然、いつもと違う気配を感じたのかアスタロトさんの方から何かあったのかと聞いてくる。
「あー何か、西方のガープ閣下が人探しの依頼をかけてるみたいで」
「あぁ、パイモン閣下かい? 忍は会ったんだろう?」
え、ちょ、何こともなげに言ってるの?
この時点で知らないはずだよね。
時間見の能力はあるが、制約されてるはずだし……とかぐるぐるめぐり始めそうになったが、残りの二人は安定だ。
「なんで知ってるんですか?」
普通に聞き返した。
「パイモン閣下が言ってた」
……いつどこで会った。
「忍とシンの名前が出たからまぁ特徴聞いて間違いないなとは思ってたんだけど。そうか、ガープ閣下から捜索依頼が出たか」
と、相変わらず余裕の笑みすら消えないままアスタロトさんはちょっとだけあらぬ方向を見た。
「……立ち入った事情は聞いてないんですけど、魔界の方で何かあったんですか」
「いや、ないよ」
さらり。
「あったら、パイモンはすぐに魔界に戻るだろうね。忠誠を誓う陛下の支配する魔界自身の方が優先度が高いだろう?」
「確かに」
「じゃあ本当にガープさん……閣下が忙しいから、みたいな感じなのか」
「あはは、ガープ閣下は年中忙しいからね。知ってるかい? 通常の召喚には7月20日から1か月の間しか応じないんだ」
いや、召喚しなくてもたくさん神魔のヒトいるし、知らないですけど。
ていうか、夏休み期間にやっと召喚に応じている、みたいな苦労が勝手に垣間見える。
「期間限定とか……召喚しようとしてる人が複数いたらどうするんだろう」
「さぁ? 順番待ちかな。召喚者を気に入るかどうかは会ってみたいとわからないしね」
人気映画のチケット購入みたいになってるよ。
しかも抽選じゃなくて先着順か。
……事実はわからないけど。
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