12.ミッション終了ー家に帰るまでが遠足です【おみやげ】
しかし、会話に口は出さない。
「地上に関わらない内に随分人間も進歩したようだけれど……」
休憩を済ませて、車が待っているであろう場所まで歩く。
会話は続いている。
「興味が出たから一人お持ち帰りするっていうのは……」
「駄目です」
司さんがきっぱりと断っている。もう前例があるから言わんとしていることはわかるだろう。二度は説明しない。
「……この子、魔界に連れて帰りたいわね……ねぇ。親衛隊とか、体験でいいから入ってみる気ない?」
前の本音のつぶやきが駄々洩れですよ。リリス様。
体験で入ったらそのまま戻ってこられない結末しか見えない。
「この国で明確な役割があるので、お断りいたします」
「はっきりしているところもいいわ。理由付けも事実に即してる。……いい線行けると思うのだけれど」
司さん……いつのまにか狙われてますよ……
まさかの加点方式で採点されている。
これは初めに言っていたように無意識の女王様気質からだろう。
とにかくきっぱりと断られたリリス様は最後にとんでもないことを言い出した。
「自分で調達するならいいの?」
「?」
「直送が無理なら、どこかで子供の一人でも作っていこうかしら」
「…………」
やめてぇぇぇぇ!!
外交問題どころじゃないだろ、それ浮気とかも大丈夫なの?
ていうか、麻薬体内に仕込んで輸入するのと同じくらいの感覚で言わないでくれる!?
と思ったが、麻薬の輸入はリスクが伴うので、むしろちょっと現地の植物をバッグに入れて帰ろうくらいの危機感にしか聞こえない(どっちも禁止です)。
「……それはさらに禁止されている事項です」
「愛し合っていても?」
いや、今の明らかに土産に持ち帰りたいからで、愛はどこにも存在してなかったよね。
「もしも、以前のように何らかの原因で再び次元が分断された場合、間にできた子供はどうなるか。この国はそういったところまで考えるので」
「そうねぇ。私なら立派な悪魔に育ててみせるけど」
ホントにやめて。
「でも人間の短い一生の、未来のことも考えてるのね。じゃあ仕方ないわ」
何が。
「子供も男もだめなら女の子でもいいし」
「え」
いつのまにか、忍がリリス様に前で抱えあげられていた。
リリス様は外国人らしく、高身長であちこち出るところが出て飽和している体型なので、特別小さくもない忍が小さく見える。
って、そうじゃなくって。
「日本人てちょっと気に入っちゃったわ。ダーリンにも見せてあげたいし、ちょっと借りてくだけだから」
「助けてぇぇぇぇぇ!」
これ以上、司さんが接触するのは危険だ。
お持ち帰りされてしまう。
と思っていたが、まさかの忍が人質(?)に取られてしまった。
さすがに女王様の相手は無理だと思ったのか、珍しく全力で助けを求めている忍。
あぁ……悪魔だから、ああ見えて力がすごいあるんだろうな。
足がついていないこともあって、力が入らないのか忍はじたばたしているがリリス様はびくともしない。
「リリス様」
司さんはこともなさそうに、だがちょっともうどうしたものかといった表情をしながら忍が助けを求めて伸ばしている左手を軽く取った。
それで忍も暴れるのをやめる。
「俺は『人間を』連れて行くのは禁止されていると最初に言いました。男女関係なく平等の保護事項です」
「……」
少しその手が緩んだようだ。
忍の足が歩道のタイルの上に着いた。
その時。
「あっ」
忍が腕に抱えたままだった小さな紙袋が落ちる。
ガチャ、っと音がしたが……
もう拘束するほど力は入っていなかったのだろう。
忍はするりとリリス様の腕を抜けて、袋の中身を確認した。
「……」
ラッピングされた小箱を取り出し、耳元で振る。音で破損がないか確かめているんだろう。
三人に見下ろされながら、しばしの間。
「……割れてはいないと思うけど……」
道端に膝をついたまま、無事らしきことは確認できたらしい。
「それ、さっきの伊東屋のラッピングだよな。何か贈り物?」
「あぁ、これ? リリス様にお土産にあげようと思って……」
「私に?」
どうやらそれは他でもない、今、拉致されようとしていたヒトに渡す予定のものだったらしい。
それで、気勢をそがれたようにリリス様は忍を見下ろす。
立ち上がって、紙袋を渡した。
「落としてしまいましたが……カクテルインクです」
「カクテルインク?」
オレたちは気づかなかったが、既存のカラーインクを混ぜてオリジナルの色が出せるサービスがあったらしい。
羽ペンなども使うようだからと、忍はサプライズで用意していたらしい。
「色はお好み通りかわかりませんが……赤系です。サマエル様の異名が『赤い蛇』と言われていたかと思うので」
「まぁ……」
赤は忍が好む色ではない。
が、相手に合わせて選んだのだろう。赤なら、汎用性もありそうだし使い勝手もよさそうだ。
すっかり毒気を抜かれたようにその場でリリス様はラッピングを紐解いた。
「きれいな色」
それは光に透けて紫とも緋色とも言えない、透明な輝きを宿していた。
「ブラッディムーンのようだわ」
うん、例えが邪悪っぽいけどまぁきれいな色っていうことなんだろう。
お気に召した模様。
そして、言う。
「……ふふ、これじゃあ人間のお持ち帰りはできないわね」
そして迎えの車までもう少し。
背中を向けた歩き出した。
「だって今度来るときに、こっちで迎えてくれるヒトがいなくなったら困るもの」
そうして……魔界の女王は、初めて現れた時と同じように人間そのもののような笑顔を残して帰っていった。
見送り、後に残るオレたち三人。
車が、広い十字路を曲がり、ビルの向こうに消えた。
……同時にオレたちは人目も気にせずがくりと崩れ落ちる。
さすがに司さんだけは四つん這いになどならなかったが、それでもワンテンポ遅れて、傍らにしゃがみこんでいる。
「つ、疲れた……」
異口同音にオレと忍。
「ベレト様の時より疲れた……」
「魔界にお持ち帰りされるところだった……」
「ある意味、来日神魔最大の要注意人物だな」
司さんも深いため息をついて自分の膝の上で肘を支えて頬杖をつき、本音。
「女って怖いな」
「タフすぎてついていけない」
そのまま井戸端会議でも始めそうなオレたちがいる。
しかし、相手にとってはご満悦だっただろう。
マイペースどころかゴーイングマイウェイな女王様が、納得して帰ったのだ。
ある意味、それを抑えられたのは偉業だ。
無事に、接待外交は終了した。
そして、後日。
……なぜか巨大な蛇の抜け殻が、オレと忍、司さんのもとにそれぞれ送られてきた。
「これ、お前が財布に入れると金持ちになれるとか言ったからだろ……」
「入らないよ。こんなに大きな抜け殻入れたら、財布パンパンどころか、バッグからはみ出すよ」
「……」
手紙はなく、代わりにカードに一行だけ。
あの日のインクを使ったと思しきメッセージが添えられていた。
‐魔界の女王より、愛をこめて
巨大な蛇の抜け殻は、しばらく捨てられそうもなく……
生涯忘れられない一件になったのは間違いなかった。
ここしばらく感じられなかった、非日常に、日常を感じつつ。
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