11.ミッション終了ー文具店の本気

「ここは? 壁紙がとても美しいデザインだけれど」

「あれは壁紙ではなくて、商品の紙の陳列ですよ。このお店は12のフロアにそれぞれテーマがあって、デザイン性がすごく高いんです」


壁紙と間違えるのも無理はない。

壁面にはものすごい数の紙がおさめられていて、規則正しい配色はグラデーションで美しいのレベルだ。


でもあまり関係ないのでそこはスルーする。

お目当ての万年筆のコーナーに行くまで、他の品物も眺めながら行くが……


「このパスケース、めちゃくちゃかっこよくないですか」

「そうだろう。ここは男が来ても十分、見て回れる店だと思う」


文具なめてた。

一本120円のボールペン使ってる場合じゃないだろこれ。


この店にあるもので揃えたら、多分事務空間がすごい居心地よくなる気がする。


「秋葉にはこれを買ってあげようか」

「?」


消しゴムだ。お値段は普通に手が届く庶民価格。


「世界一消しやすいと一部で評判。普段使いできるよ」

「ブランドそうだし高価格だと思ったら、そういうのも普通にあるんだな」

「これで消したい過去を消したらいい」

「オレ、そういうのないから。お前と違って割と忘れる方だから」


むしろお前が使え。


と言いながらリリス様の動きを視界に入れる傍ら、司さんと見て回る。

レザーのケースやウォレット、手帳なども品ぞろえがよくこれは確かに楽しいというか、目が肥えそうだ。

一方で、やはりリリス様は女性らしく、興味の対象はインテリア性の高い高級そうな品物に向いている。


「あれとかほしい」

「何あれ」

「バリゴの温室気圧計」


一方で、更に方向性の違う品物に興味を向けている忍がいる。


手のひらサイズのそれはどこかスケルトンの懐中時計やオルゴールを思わせた。

よく見ると、透明なケースの中に温度・湿度・気圧と思しき数値が書かれた金属が三重に乗っていて、その上に計器のようなものがある。

アナログだけど、精巧で日本流に言えば「からくり」という感じだろう。


「……三万八千円」


値段を見てびっくりだ。


「ていうかなんでお前、こういう理系的なインテリアばっかり目が行くわけ? もっとふつうに文具見ろよ」

「ふつうの文具はふつうの店にも売ってるんだよ」

「……そうだな」


と言いながら、ペンの売り場へ到着。


「このペンきれいだな~」

「……ガラスでできてんのか。それ、ペンなの?」

「インクつけて使うんだよ。でも落として割れるのが目に見えてるから、買わない」


リスク管理をしている模様。

きれいなものほど壊れやすいの代表格のような品だ。


しかし、確かに見るだけでも十分価値がある店だと思う。

オレの中の文具店のイメージが、完全に崩壊したのち、生まれ変わった。


「こういうの、ちょっとこだわりもって愛用してたらかっこいいよな」

「ここに来る人はみんなそういうの知ってる人だと思う。楽しそうだ」


そういわれると、ただ買い物に来ましたというより見て楽しんでいる人が多い感じもする。

特に目的がなくても、お気に入りの一品は絶対にみつかりそうだ。


「で、肝心のリリス様は?」

「万年筆のところ。英国王室御用達から職人ものまで色々あるから見に行ってみる?」


職人ものってなんだよ。


正直、万年筆なんてまったく接点がないから、まともに見たこともなかったけれど、自分たちが楽しんでいる場合ではないのでそちらに向かう。

しかし、忍の言っていた意味はすぐに分かった。


「オレの知ってる万年筆と違う」

「それ、模様のない大量生産のやつでしょ」


図星だ

職場の消耗品の棚に、たまに補充されている程度のそれとは比べ物にならない精巧なデザイン。


彫刻、彫金にとどまらず、蒔絵などまで施されたものが並んでいた。


「芸術だな、こうなると」

「万年筆って確かに元々、高官とか貴族とかが使ってるイメージあるもんね」

「スペックって何。万年筆にスペック表示されてるんですけど」


見るだけで目の保養ゾーンに入った模様。


「あら、三人とも。ちょうどいいところに来たわ」


リリス様はすでにカウンターのところにいて、なんだか機嫌良さそうにオレたちを振り返った。


「何かいいものがありました?」

「これ」


もう会計を済ませたのだろう。包装される前の品物を店員から一度手元に戻して見せてくれる。

金で引かれたひし形模様の中は黒をベースに、白や水色、卵色と控えめな和の色で塗りこまれている。

柄は普通と言えば普通に見えるが……


「蒔絵、っていうのよね」

「螺鈿(らでん)も入ってますね」


螺鈿って何。

あとで聞いたところ、貝の虹色光沢を持った層を切り出してはめ込む工芸らしい。

そういえば、あのなめらかなキラキラしたところは、割といろいろな芸術品の中で見かける。


「……蛇もついてますが、決め手はこれですか」


忍が目ざとく天冠(キャップ)の一番上についている金色の飾りを示す。

リング状のそれは確かに蛇だった。


「そうよ。由来も聞いたのだけれど、この国では蛇は縁起の良い生き物なのね。この模様も蛇のもつ幾何学的な造形美を表現したのですって。私とダーリンにぴったりじゃない?」


そういえば、ダンタリオンが何か言っていなかったか。

リリス様の夫の魔王が蛇だとかなんだとか……


「脱皮をして成長するから死と再生も象徴しているとか」

「あぁ、財布に入れるとお金持ちになるとかも言われていますね」


意外なところでこの国での蛇の重用さが発覚して、すごくご満悦のようだ。

そういえば、西洋だと蛇は悪者のことの方が多いよな。

ドラゴンの扱いと似たようなものだろうか。


「しかも限定品なのですって」

「それは運が良かったですね」


そういいながらオレは何気にレジの表示に目を向けて……


253,000円


……万年筆というのは、本当にグレードの高い人が使うものなんだなということを思い知った。




「人間の世界にこんなところがあるとは思わなかったわ」


もう少し歩くので、とりあえず休憩。

伊東屋の中には、リニューアルでカフェも作られたらしく、すべてはその場でこと足りた。

長らく疎まれてきた上に、報復で大量虐殺を行っていたらしきリリス様は、12階の窓際の席から下方の通りを感慨深そうに眺めている。


「この国にきたのは初めてだけれど、ほかのどの国とも違っているのね。神魔が協定を結んで人間を守るなんてと思ったけど、わかる気がするわ」


ふつうに褒められている感想だ。


「人間なのに、神魔問わずものすごくハイレベルな対応をしてくれるし」


それはここが銀座という、ある意味ハイレベルな街だからです。

下町は下町で面白いと思うけど、このヒトはブランド志向っぽいからこっちの方が向いていたんだろう。

本当にヒトそれぞれだ。


「おもてなし、っていうのよね」

「えぇ。普通外国人は他国から来ても母国語で話しますが……」


オレと司さんはちょっと休憩。

おかしな疑問が飛び出しかねない日常会話は忍に任せている。


「日本人はなぜか自国にいるのに客に来た人の国の言葉を話そうと、一生懸命になったりしますね」


そうだね。それが日本人のいいところだと思うけどね。

英語が苦手な人間は、心の中でこう思うこともある。


 ここは日本だ、日本語喋れえええぇぇぇぇぇ!!!!


……発言を鑑みるに、多分、忍も思ったことがあるんだろう。


「人種の違いかしら? 人間なんて大差ないものだと思っていたけれど」

「長命な種族から見れば大差ないかもしれません。でもこの国は……見ての通り適応力が半端ないので」

「私が魔界の女王だと知っても同じ扱いをすると思う?」

「……どうでしょう。そこは魔界と同じなんじゃないですか」


うん、多分下級の悪魔とかはこびへつらったり不用意に怖がったりするんだろうな。

小物ほどそうなるってことだよ、人間も同じだよ。

へつらわないけど、怖がるのは普通なんだよ。


オレは普通だ。

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