10.ミッション開始(5)ー銀座最強の文具店

そしてブティックに入る。

リリス様はこのビル内のテナントが気に入ったらしく、階をまたいで楽しんでいる。

おかげで、オレたちの休憩時間は十分に確保された。


「良かった……あと一軒と言わずこのビルで今日は終わりそうだよ……」

「本当に買い物長いね。……何か上京してきたばっかりの地方の人みたいになって……」

「忍、それは言うな」


隣の司さんに制される忍。


「私もちょっと見てきていい?」

「ブティックに興味あんの?」

「いや、向こうに雑貨屋があったから」


雑貨屋。

名前の通り分類不可能なこまごまとした商品を集めたお店……


好きそうだな。そっちの方が。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


オレと司さんはその場で待機。

というか、ベンチから腰を上げる気にならない。

司さんは一応、リリス様の動きを確認しているようだ。


「お待たせ」


先に帰ってきたのは、リリス様だった。

また両手に袋を持っている。

ここは服屋なので最初のジュエリーと違って量がある。オレの手が足りなくなり司さんも荷物持ちとなってしまいそうだ。


「……リリス様、そのリボンは」

「かわいいでしょう? ベロア調の感触も悪くないし何より光沢があってきれいだわ」

「じゃなくて、そのリボンの先につながれてる人は」


平和に買い物をしているのかと思いきや。

何か、おひとり様、お持ち帰りしてきた。


「私の付き人にも劣らない素晴らしい対応をしてくれたから気に入ってしまって」

「駄目ですよ。それは普通に禁止されているので」

「同意の上でも?」


何されたのこの人! 店員はポカーンみたいな顔になったまま、見た目的な意味で開いた口がふさがっていない。

オレにこの状況、なんとかできるのか?

忍が戻ってきた。それどころじゃないので説得を続ける。


「一応誓約書にも書かれてましたけど」

「いちいち読んでないわよ。サインはしたけど」


……説明も受けたはずだよね。サインした時点で読んでないは何の言い訳にもならないよね。

日本人でもこういう人たくさんいるよね。

うん、オレも細かく読まない方なのでわからないでもない。


が、この場合は外交問題に発展しかねない人身売買……? 拉致?みたいな感じになってしまうのでさすがに見逃せない。


司さんが左手をオレの前に軽く上げて、止めた。

出てくれる、ということだろう。


「サインをした時点で了承です。人間を私的に連れて行くのはまず、法律で禁じられています」

「私は悪魔よ? 法律に従うと思う?」

「この国は、神魔間との協定に基づき、法の整備が行われています。そのまま魔界での法……それなりのルールと置き換えるのが正しい解釈でしょう」

「確かに、魔界にもルールはあるけれど。じゃあそれを破ったら?」

「ルールを押して連れて行くというのであれば、俺は有事の際の護衛として、動く権限があります」


真向、正論で切り返している司さん。

同じ正論でもこれだけ押し返しで説得力が違うのか。

奔放なリリス様がどこで折れるのかは全く分からないけれど。


「あら」


しかし、リリス様はそんなことはお構いなしに全く別のことにくいついてきた。


「こういう時は、俺っていうのね。でもずっとその方がいいわ。ツカサ、あなたは男前ね」

「……」


ツカサさんの評価ポイントが上がってしまった。

上位悪魔というのは交渉を楽しむこともあるし、下手に下出に出るより……というのは、ベレト様の時の忍と同じ理屈だろう。


「男前なヒトは好きだわ。……アダムが甲斐性なしだったし」


ひきずってないかこれ。ねちこい意味で。


「ちょっとした冗談よ。大丈夫。お土産は別のところで調達することにするから」


それお土産違うだろ。

そしてリリス様は、店員を解放した。

なんだかわかってない顔のまま、カウンターの方へ戻っていく。


さすがに上位過ぎるヒトが来るとこうやって一般人が巻き込まれるから外交官がつくのか。

ベレト様の時ほど巻き込み度は広範囲ではないが、ピンポイント過ぎて納得してしまう。


「お話、終わった?」

「終わったわ。ゆっくり見られたし、欲しいものも見つかったから今日はこの辺でいいかしら」


なんと、向こうからお開きの提案があった。

ただ、土産についてはもう少し見ていきたいという。


その時間を見越しての早い切り上げだろう。

オレはエレベータのボタンを押しながら、迎えの車をよこすように連絡を取って四人で階下へ降りる。


「このまま通りを抜けたところにお迎えの車を待たせます。通り沿いはお店もまだ多いので、気になるものがあったら言ってくださいね」


問題からやっと解放された。

外交の通常運行に戻った気分で、余裕が戻ったせいかさらさらと言葉は出てきた。


「何かおすすめのものはある?」


オレは普通に考える。

おすすめにこたえるには、相手の好みをまず知らなければならない。

おすすめを聞かれて大抵の人は「自分の推し」を答えてしまうが、本当に相手が求めているのはそういうものではないのだということは忍に教わった。


ので、忍にそのまま流してみる。


「おすすめというか、私は銀座なら文房具屋が好き」

「何でここまで来て文房具なんだよ。今更店のおすすめじゃないしそれお前の趣味だろ」

「文房具バカにしちゃいかん。地球儀のインテリアなんて普通におしゃれで欲しくなるからね。温度計はガリレオ式だし」


……それ、普通の文房具じゃないだろ。


「伊東屋か」

「司さん、知ってるんですか」

「森が好きなんだ。確かにあそこはものもいいし、見ているだけで楽しいものはある」


珍しいな、司さんが楽しいとか……いや、文房具もジャンル広すぎて雑貨屋に近いものがあるんだろうけど。


「ペンはあまり興味がないけど、ボールペン一本9千円とかするからね」

「桁が2つくらい違うんじゃないか?」

「そういう意味では、サマエル様に万年筆なんてどうですか。国産だし職人のこだわりとかたぶん、込められてますよ」


万年筆作る職人とかいるのか。

……適当なこと言いだしたよ、この子。


しかし、おすすめという意味では悪くないチョイスに落ち着く。


「ダーリンに……そうね。いつもはアンズーの羽ペンだけれど使いやすそうなものがあればそれがいいわ」


そしてなぜか、ラストはまさかの文具店に行くことになった。


「……文具屋って……こんなに巨大でしたっけ?」

「12階ほぼ全館文具だからね、テナントじゃないから」


ビルは縦長だが、地下もあるようだ。

入るといきなりカウンター型のドリンクスタンドがあって、全体的には木調の目に優しいきれいな空間だ。

キツツキのからくり時計の下で、待ち合わせのためか何人かがたむろしていた。

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