9.ミッション開始(4)ー護所局の大魔王
司さんはつづけて忍に指示を出した。
「忍は何かが起こったら、臨機応変な声掛けをしてくれ。俺も合わせる」
「……何が起こるのか狙撃されること以外分からないんだけど」
「俺にもわからない」
と言いながら、もうこれで決定、みたいな感じになっているので司さんを信じるしかない。
リリス様がちょうど振り返ったので、すぐに駆け足で追いつく。司さんはゆっくりと辺りに気を配りながら。
「あの通りの向こうにあるお店が気になるわ」
十字路を渡るのは避けられない事態になった。
「いいですよ。行きましょう」
すっごい怖い。これ以上進んだらオレ、どうなるの。
あのビルの影の先から踏み出したら絶対何か起こるんだろ? 行きたくない。
心の声は、リリス様への返事とは正反対だ。
幸いというべきか、信号が赤だったので手前で止まる。
振り向くと司さんは「それ」を見つけたのか一定の方向を見ていたが、その視線に気づいて、小さくうなずいた。
……これって、行け、ってことだよな。
信号が青に変わる。
踏み出したその瞬間。
ドン!
「!?」
オレは後ろから突き飛ばされて、その先にいたリリス様にぶち当たる。そのまま巻き込んで倒してしまった。
「…………」
「リリス様! 大丈……」
いきなり突き倒されたリリス様は当然無言でもお怒り寸前だ。道路に体を起こしたまま、オレ自身も混乱していたが事態に気付いてかけかけた声は遅く。
……銃撃はされなかったようだが、殺される。
そう直感したところで忍が声をかけてきた。
「リリス様! お怪我はありませんか!?」
「いきなり……これはどういうことなの」
「秋葉、大丈夫か?」
「え、あぁオレは大丈夫……だけど」
怖くて振り返れない。
魔王の奥さん、道路にぶち倒したよ、オレ。
何が何だかわからないけど、謝っておいた方がいいだろう。
でも、何か怖くて振り返れない。
「リリス様には怪我はなさそうだよ、司くん」
「そうか。すぐに緊急手配する。秋葉、よくやってくれたな」
え? え?
オレが全くわかってないところで、何かが起きている。
司さんは、さりげなくビルの壁の方を指さした。
……銃痕がある。
あのおっさんホントに撃ってきやがったよ!
オレは後ろから司さんに突き飛ばされて、形上は身を挺してリリス様を庇ったことになってるんだな! 了解だ!!
「どういうことなのか、説明なさい」
もちろん、事態に置いてきぼりなリリス様は、まだ怒りのスイッチが押されかけたままだが、事態を把握したオレも一枚噛むしか道は残されていない。
「リリス様、あれをご覧ください」
覚悟を決めて一世一代となるであろう芝居を打つ。
「?」
「どこかからか銃撃があったようです。リリス様が狙われたわけではないと思うのですが……」
「あら、ホントだわ。これは人間がよく使う飛び道具ね」
全然、危機感ないな。流れ弾に当たったくらいじゃ死なないのか。
「秋葉がとっさにかばってくれたんですよ。とにかく御無事で良かったです」
「銃撃の場所は私の方で確認できたので、すぐに事実確認ができると思います。わかり次第報告しますので」
そして、司さんは無線を使ってどこかに連絡を取っている。これはフリなんて高度なまねではなく本当に相手がいるようだ。
離れているので会話は聞こえない。
「……この国では頻繁にこんなことが起こるの?」
「え……いえ、そういうわけでは……」
さすがにその後の言い訳までつじつまを合わせろという方が無理だ。
言い淀んでいると司さんが戻ってきた。
「確認が取れました。狙撃されたわけではなく、近くで武器訓練中の民間人が誤ってあらぬ方向に発砲したようです」
「……」
苦しいな。
そんな簡単に人通りのあるところに誤射されたら軽くニュースだし、発砲音がしないから消音装置(サイレンサー)なんて民間人つけるのかってつっこまれたらやばい。
忍も思わず黙している。
が、買い物にしか興味がない女王様にそんな民間レベルの事情までわかるわけがなく。
「そうなの。……仕方ないわね。アキバ、ありがとう」
それとも悪魔的には大したことじゃないからあっさりなのか。
立ち上がってほこりを払いながらリリス様。
一様に漏れるため息。
今日何度目だろうか。
「司さん、さっきの無線」
「局長に直接連絡を入れたから大丈夫だ」
うかつなことは言えないので、そこまでだが万が一の場合、口裏を合わせてくれるということだろう。
ていうか、すべての元凶はあのニコチン中毒のおっさんにあるわけだが。
余計なことしてくれて、加点になったのかも怪しい上に、こんな危険な橋を渡ってまでそんな点数欲しくない。
むしろオレたちの精神漏出を考えればプラマイで言ったらマイナスに振れてるぞ。
「大丈夫ですか? 買い物、続けられます?」
「気にしてないわ。魔界の方がもっと派手で危ないことが多いもの」
そうだな、在日ボケしてないからこれは些細なことで、そんな感じなんだな。
「あなたたちこそ大丈夫なの? 顔色が悪いようだけど」
「……リリス様の身に何かあったらと思うと、気が気ではなくなり」
今のオレの言葉はそのまま「リリス様」の部分を「オレたちの」に変えると真実になるので、割と、本心だ。
「……日本人は女性に優しいのね。ちょっと見直したわ」
と言いながら再び機嫌良さそうに横断歩道を渡っていく。
リリス様は一人、足取りが軽い。
「……盗聴器は壊したから、これっきりですよね? 午後もこんな調子で和さんに介入されたら本当にオレ、もちませんよ」
「大丈夫だろう。無線は電源を落とした」
本当に緊急時はどうするのだろうか。
……むしろもう今現在が緊急時と化しているので、これ以上は予防対策をしておく方が正解か。
魔界の女王と、護所局の大魔王。
両方同時に相手をするのは、無理だ。
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