出会い-白上 司(2)

そんな中、本題に入った。


「侯爵、今日は二つほど確認したいことがあります。まずひとつ」


さて、どちらから行くか。


「来日の目的ですが、親善のため、というのは具体的にはどういう……?」


びくっ。


無難な方からいったつもりだったが、なんとなく威圧感を覚えて反応してしまった。

椅子に座ってもでかい。そのせいだろう。


「親善のため、というのは親善のため……この素晴らしい国に、何かできることはないかと思いましてな」


理由は全然悪魔っぽくない。

ほっと済まそうとしたところで、隣から視線を感じた。忍だ。


「……?」


その視線の意味が分からない。それを忍は察したのか、小さくため息をついた。

そして、控えめに声を上げる。


「失礼ながら侯爵、具体的に何か、をありましたらお聞かせ願いませんか」


あーそうな。

うっかりプレッシャーで曖昧なまま納得して帰るところだった。


まぁ普通の人間はこんなものです。


口出しさせてしまったことに反省しつつも答えを待つが……


「確かに失礼な話。そちらの方は、外交官ではないので私に口を利く権限はないと思いますが」


……すごくめんどくさいタイプの権力家か。

あまり日本にまで出しゃばってやってくるタイプではない。

この国に来れば人間とそれなりに共生しなければならないのが現状なのであって。

人間を見下す、プライドが高すぎるタイプはまず、来ないのだ。


それくらいはオレにもわかった。

ちょっと嫌な感じだ。


「本日の書記官を兼ねています。記録の項目に必須事項とありますのでお尋ねしました」

「なるほど、それならば答えないと」


そんなものはない。


ただし、オレが聞くのが必須だっただろう。

さすがにフォローさせすぎて悪い感があるので、あとで何か奢ろう。


「例えば……私の能力で、花を添えられたらと」

「花?」


司さんは黙って、ソファの後ろに立っている。


「女性を美しくすることができます」


どんな能力だよ。


ただ、口の端にぃ、と吊り上げらえたのは人間としてはあまりいい気分のものではない。

が、彼らにはそれで普通の笑顔であることもある。そこはスルーする。


「この国の女性は、みなきれい好きだ。日本流に言うなれば縁結びということも可能ですからね」


神様かよ。

それは、主に女性に人気の神社によくあるご利益だ。


「情報部門の彼女に確認してもいいですか」

「どうぞ」


気難しそうなので、断ってから忍に聞いた。


「そういう能力っていうのは、悪魔にも……?」

「割とあります」


聞くと同時に忍の手元が持っていた小さな端末のキーボードをたたいた。



『ただし、モラクス侯爵に限っては、そのような能力はないと思われる』



「……え……」

「どうしました?」

「い、いえ」


もう一度見ると画面からそのメッセージはすでに消されていた。

これはひょっとして、何かまずいということだろうか。

疑義を生じるところだ。


「天文学や教養にも通じておりますから、要請があれば協力いたしましょう」


向こうから、それを打ち消すように言ってきた。そして、また笑う。


「一つ目の確認はこれでよろしいですか」

「えぇ、二つ目は確認というよりこの国のルールについてです」

「と、申されますと?」


オレは簡易的なハンドブックを取り出してテーブルに置いた。

神魔向けの、日本で暮らす常識100、みたいな内容の冊子だ。

言ってはなんだが、日本人はこういうところがすごく細かい。

ふつうに外国人ならともかく、神様だの魔人にこのタイトルと表紙の絵柄はどうなのよ、という感じの……もう、タイトル聞いた人の想像に任せる。


「ご存じかと思いますが、この国にはあらゆる国の神魔の方々がいらっしゃってます」


今となっては外国人がたくさん増えた、の延長と言えなくもないのかもしれない。

それは共生するための、約束事だ。


「それなりの秩序を保つために統一したルールがあり、最低限こちらを守っていただく必要があります」

「最低限……? 私はそれを守ってないと?」


ぎろりと見下ろされる感覚。怖い。

あまり口出ししない方がいいと判断したらしい忍がいる隣からは頑張れ、というある意味非情な無言のエールが放たれている。


「この館のことです。まず、住まい等について建築される場合は申請、許可の手順を踏む必要があります。これはこの国に住むすべての人間にも適用されていることです」

「人と神魔のルールは違うのでは?」


頑張れ。

怯むより先にソファの下で忍が靴先を軽く踏んできた。

正しくは退くな、という意味だろう。


「基本的には人間のルールに合わせていただき、その上で神魔専用のルールがあります。ですから……」

「なるほど、異文化理解というものですね」

「そう、それです」


理解を示すこと言葉に、ほっとしたのもつかの間だった。


「では、私のいた異教の文化、習慣も加味していただけるということでしょうか」

「あぁ、それはもちろん、お話をお聞き……」

「どうされましたかな、外交官殿」


いや、なんでもと答える。

忍がさっきより強い力で足先を踏んできたからだ。今も踏んでいる。

これは、まずいことを言ってしまったかもしれない。


いつもの「悪気のない神魔」たちに慣れ過ぎてしまっていたせいもあるだろう。

時すでに遅しだった。


「そうですか、では私の領内でのルールを聞いていただきましょう。……私と交渉をするには、捧げものをいただかないことには通常は聞けない話でして」


何か請求される予感。


「捧げもの、と言いますと」

「そうですね、交渉というからには人間界でもよくある話でしょう。そちらの女性を一晩こちらにいただけませんか」

「……!」


驚いて忍の顔を見ると「お断りします」が即、のどまで出かかったのだろう。

だが、苦々しい顔でそれをとどめているのが分かった。


「いえ、それは……」

「古来より、生贄という風習があるのですが、何、取って食ったりはしませんよ。私は教養や知識を授ける者でもありますから、ここで一番話し相手になってくれそうな方を一晩、招きたいだけのこと」


いや、それはさすがにオレでもまずいと思う。

さっきまで「ちょっと嫌な感じだけどこのヒトにとってはこれが普通の笑顔なんだろう」位にしか思っていなかった笑みが、途端に気味の悪いものに見えた。

何よりまず、この悪魔自体がモラクス侯爵でない可能性が出た時点で、得体が知れない。


「では選択権は私にあると思いますが……」


忍が端末を閉じると顔を上げた。


「嫌だ、と言ったら?」

「さて、どうしましょう」


すまない、これはオレの手には負えない展開だ。

説明ではなく交渉に入ってしまった。そんなものは最初から必要ないはずであるのに。


「失礼、侯爵」


黙っていた司さんが声を上げる。


「私はこの二人の護衛官を務めます白上と申します。護衛官として申し上げます」


突然の横口に侯爵の顔から笑顔が消えた。

余計なものが出てきた、とばかりに。


「本人が了承しない以上、保安の観点からその提案にお応えすることは難しいでしょう。我が国の神魔を含めた法ではそのようになっています」

「ハハハ! 悪魔に法か、それは面白い話だ」


確かにおかしいが、それは現存する大使たちとともに決めた、この国を壊さないための「ルール」だ。

魔界の中にも当然ルールはあり、高位の者ほど、これらを破らないという。

それは、現在の大使たちを見ていればわかることだった。


「では契約、と言い換えればよろしいでしょうか。誓約でも構いませんが」


ほとんど表情を変えず、静かに言った司さんの言葉、いやその態度自身にか、モラクス侯の顔からもぴたりと表情が消えた。


『貴様……魔界の貴族に対する礼というものを知らないと見える』


ゆらりと立ち上がる。

優に倍はあるだろうか。近くで見るとのしかかられるだけでつぶれる風体だ。


声音が、明らかに変わっていた。

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