3.悪魔たちの遊戯ーダンタリオン死す

ちょっと待て。

どうしてこんなことになった?


なぜオレが、こんなところにいる。

……どう考えても棺だよな?

周りにゴージャスな生花が見えるし、思いっきり花粉のにおいするし。


なんで、オレが花の香りに包まれて、棺に入ってる?


……なぜ……


「さぁ、ダンタリオン公爵との最後のお別れを」


いつもと変わらない平坦なテンションの、最近妙に聞きなれた声がした。




* * *




アスタロトはウァサーゴの一件以来、魔界の大使館に居残っている。

元々、日本にくることが増えていた彼だが、興味深いものが増えたとばかりの滞在だ。


「何度言えばいいんだ? 資金は潤沢にあるんだから高級ホテルでも泊まり歩けばいいだろうに」

「それは大分やりつくしたから飽きちゃったよ。それにここにいると結構面白いこともあるし」

「人ん家、観光拠点にするのやめてくんない?」


魔界の公爵同士の会話は、日常、こんな感じだ。


時々やってくる人間の外交官を相手にしてみたり、彼らを通じて人間の持つ情報を仕入れたり。


「そのための情報源としては、申し分ないんだよね」


余計なことに気づきやがった。


現在、館の主であるダンタリオンは内心、毒づく。

アスタロトは、爵位としてはダンタリオンと同じ公爵だ。

が、悪魔としての格については、以下略な感じで、うかつにからかえる相手ではない。


というか、性格と相性の問題。

一見気安いが、侮れない相手だ。


まぁここは日本だから、基本的に同界同士のごたごたもご法度だけどな。


会話を続ける。


「人間ごっこがしたいなら、庶民の中に入って自分で探すのもオツだろ」

「それはボクの趣向とはちょっと違うんだよねぇ。かといってツアーに乗る気はなし」

「主催側に回ってみたら?」

「あぁ、それは面白そうかも?」


いまいち、思考が読み切れないので、そこは苦手と言えば苦手だ。

かといって屈服するほど苦手かと言えばそういうわけでもないのだが。

心理的に優位に立つのが難しい相手というなら不得手、というべきか。


「そういえば、この間、下町に本当に地域の店、みたいな感じの小さい駄菓子屋見つけたんだけど」

「……庶民の中に入るのは趣向が違うんじゃなかったのか?」

「庶民というか、あそこは異世界だよね」


駄菓子屋は、集客地ではテナントとしてよくみかける。

例えば、お台場パレットタウンの中や、スカイツリーのお膝元、東京ソラマチなど。


それらは「狙って作られた」店だけにあまり面白くないんだろう。

本当の駄菓子屋は学校帰りのガキどもが、小銭を握ってワンコのように騒ぎまくるような場所だ。


……本当のというか、本来のというか。


今の時代では、割と希少だ。


「確かにレアと言えばレアなスポットだろうけどな……」

「そこで面白いものを見つけてね。これ、知ってるかい?」

「……」


缶ジュースをそのまま模した小さなプラスティックケースの中は見えない。

が、割とメジャーな「懐かしの駄菓子」に分類されるだろうそれをダンタリオンは知っている。


「知ってるも何も、けっこうあちこちで見かけるだろ?」

「そうかい? 種類が随分あったから土産にと思ったんだけど」



  そう、この時におかしいと思っていればよかったんだ。


  【あちこちでみかける定番な駄菓子】


  それをあいつがまだ知らないわけは、なかった。




中には小さなラムネが入っている。

有名な缶ジュースを模した色とりどりのそれらが、目の前に広げるように無造作に転がされた。


ダンタリオンはそれをひとつ、空けて無造作に口に入れる。

錠剤のような小粒なラムネは、だが全てで一口だ。


……錠剤のようなラムネ。


ではなかった。



それは本当に、錠剤だった。




* * *



(あの時の、アレか!!)


記憶をたどっていたダンタリオンは比較的容易にその結論にたどり着いた。

その後の記憶が全くないのだ。


体は動かない。

しかし、感覚は全て生きている。


目をつぶって、横たわり手は胸の下あたりで組まされている。


にもかかわらず視覚ですら、非物理的に保たれていた。


(くっそー! やられた)


そして、即座に先ほど聞こえた声の意味を理解する。


これは、彼の葬儀だった。



「ダンタリオン様、お世話になりました……」

「まさか、魔界の公爵でもぽっくり逝ってしまうなんて……」


(逝ってねー! 逝くわけないだろ、なんだぽっくりって!)


護所局の人間が、黒の喪服姿で周りに集まっているのが「視」える。

うぅ、っとハンカチで口元を押さえているが、それ、演出だろう。


オレはお前らに泣いて悼まれるほど、関わっていない。


珍しく、人間に対して腹立つ部分を見出しながら。


役人のおっさんどもは興味はない。

というか


(どういうつもりだ、アスタロト!)


心の中で罵声にも似た声を上げると、気付いたようにアスタロトが顔を寄せてくる。


「ダンタリオン、安心してくれ。同郷のよしみでボクが喪主を務めるから」


(……お前、聞こえてるだろ。絶対)


さも死者に、安らぎをもたらすような声音でそういうアスタロトに、周りが一層、うぅっと哀しみの嗚咽を漏らしている。


騙されてるな、完全に。

こいつは、悪魔だ。


(もういっぺん聞くぞ。ど・う・い・う・つ・も・り・だ)


はたして彼は……


それには答えなかった。


(あっ、この野郎スルーしやがった! くそっ何度でも言ってやるぞ。

 どういうつもりだどういうつもりだどういうつもりだ)


呪詛のように思念波をぶつけ続けるが、アスタロトはどこ吹く風だ。

それどころか


「しかし、魔界の大使が急逝したとなると……次は一体どなたが……」

「安心してください。ボクが務めますよ。元々総意で大使を頼んでたわけじゃないですしね」


(人が死んだばっかで後釜の話とかどういうことだ!!)


不謹慎にもほどがある。


アスタロトの返答は、冗談とも本気ともつかなかった。

もともと、本気と冗談の境目が曖昧な話し方をする悪魔(やつ)だ。


(どいつもこいつも……こういう時に本性が出るんだぞ、こいつら全員査定してやる!)


開き直って、人間観察を決め込むダンタリオン。


「ちなみに現在地は大使館ですが、ボクが火葬場まで直行のルートを開きますので」

「魔界の方のお力というのは、あらゆる意味で偉大ですね」


(!!)


しかし査定の暇があるのか、まずもって謎だった。


「アスタロトさん……! ダンタリオンが死んだって本当ですか!」


(この声は……)


遠くから駆けつけるように、聞こえてきた声にダンタリオンは耳を傾ける。

ここからはまだ見えないが、それは秋葉だった。

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