ある少年の夏日記(2)

「ぽちとみつまめに何するんだよ!!」


小学生が割って入って来た。

低学年、まだ1年か2年か。

小さい子だ。


「……ぽちとみつまめ……」


秋葉はその名前を、どこか遠い目で復唱する。


「すみませんっ!! 神魔の方なんて知らなくて……ぽちなんてつけちゃって!」


母親が謝りながら、こどもをひきずって下げている。


うん、まぁなじみのない人はどこで線引きしたらいいのかわからないかもな。



秋葉は、犬の首輪をつけたままの神と魔のヒトたちを改めて眺める。


一人はセドという名前の神様。

エジプト出身の、先導者の役があったらしい神様で、そのまま犬とも狼ともつかない姿をしていた。


これはわかる。

ふつうに四つ足歩行だし。

不知火ほど大きくないので、失礼ながら、見た目ふつうに犬だ。


しかし、もう一人は魔界の侯爵。

ナベリウス侯は三つ頭で、二足歩行。服装も貴族のような格好をしている。



なぜこれを犬と間違えたのか。



確かに頭はみたまま地獄の番犬と名される有名なケルベロスなのだけれど。


「侯爵……セド神、なぜこんなところにいらっしゃったんですか」

「すまん。一宿一飯の恩というか、何かできることはないかと……幸い、ワタシはこの国の『犬』と同じ姿をしているようだし」


犬小屋は、大きさ的には問題がなかったらしい。


「私は……路銀を落としてしまい。助けてもらったのだが、先客がいたのでこれが普通だと思っていた次第」


次第じゃねーよ。

ふつうにおかしいだろ。

ほぼ野ざらしで、しかも犬扱いされてたとかドッグフードとか出されてたんじゃないの?


秋葉は、思ったが無論、口には出さなかった。

首輪もしてるが、縄にもつながれている。


外交官の立場としては、嫌な汗をかきそうな光景だ。


「手数をかけて済まぬ。そちらの坊(ぼん)も、世話になった」

「みつまめ……!」


いや、それナベリウスっていう貴族だから。

犬なの、頭だけだから。

ぽちはともかく、みつまめってどういうネーミングなの。



秋葉は「み」っ「つ」のあた「ま」が元であるということには気づかない。

あとは連想ゲームの要領で、語呂がほどよい、みつまめになったのは、少年以外は知らない真実である。


「こちらこそ、迎えが遅くなって申し訳ありません。さすがに民家で飼われてい……一般市民のお宅にいらっしゃるとは思いもせず」


同行していた、黒服の警察が口を滑らせかけた。

白い服の特殊部隊もいる。

彼らはここ数日の間、行方不明の疑義が出た、ふたりを保護するために奔走していた。


……こと、セド神においては同行者やエジプトの大使館がないので行き倒れていること自体が、発覚しなかったので、こうなった。


「ぽちもみつまめも……行っちゃうの?」


ようやくなんとなく、飼い主が迎えに来た、程度には理解したらしい少年が呟いた。

母親にはこらっ! と叱られているが、無論、意味が分かるはずもない。


「家にも上げてもらったし、なかなか貴重な体験ができた。感謝する」

「そんな……こちらこそ、大変な無礼を……!」

「我々も素性を言わなかったのだ。しかし、少しでも恩を返せただろうか」

「そんなのいらないよ! ずっと一緒にいてよ!」


ナベリウスは二足歩行になると、少年よりもずっと大きい。

あたまをぽんぽんと叩くと、こう言った。


「我々はとおい国のヒトなのだよ。帰らないと」

「……お兄ちゃんが飼い主のヒトなの?」


秋葉を知る、同行していた外交官の一人がそれを聞いて、ぶふっと吹き出した。


「いや、飼い主っていうか……うん、まぁ元の家に戻してあげるヒト」

「そうなんだ……」


しゅん、とうつむく少年の足元にセド神が寄って、手を鼻先で押し上げる。

ふつうに二足歩行はできないから、手足の稼働領域も、犬である。


「世話になった。また来たら寄る」

「本当!?」

「こんどはみやげを持ってきてやろう」


なんだか、酷い扱いだったと思うが、友情というか親愛というか、経緯がよくわからない人間から見て、よくわからない関係が生まれている模様。


笑顔になった少年をナベリウスはじっと見ていたが……


「私は来られるか確約ができないが、ぽすたーとやらは見る人間が見れば価値がわかるだろう」

「えっ、ナベリウス様 ポスター描いたんですか」

「うむ。ふたりでなつやすみとやらの最終日に宿題を手伝ってな」


何してるんだ、この神様と魔界の貴族ーーーーー……


全員が、高くなってきた太陽の下。

はじまった炎天下の中で、白くなっている。


「ぽすたーは私が描いた」

「残念ですけど、宿題は他の人がやったことがわかったら怒られるし、ポスターなんてすぐに、バレますよ」

「なんと!!」


なんと!ではない。


しかし、神魔が人間の小学生事情までわかるわけはない。

秋葉たちにとっても、夏休みの宿題は、割ととおい思い出だし、二度とやるだろうものでもなかった。


「……この坊が叱られずに済む方法はあるだろうか」

「事情を説明しておくので、大丈夫だと思います」


全員、なまぬるい笑みを浮かべているか遠い目をしていた。


「では、ぽすたーの引き取り手もすまぬが探してくれるか」

「いやだよ! せっかくみつまめが描いてくれたんだからとっておく!」


みつまめやめろ。


ケルベロスのごとく地獄の番犬テイストな侯爵に、とんでもないかわいらしい名前をつけたものである。


違和感しか感じない中、ナベリウス侯は少年をなだめる。


「魔界に……家に帰ったら、カードを送ってやろう。それをとっておけ」

「本当に?」

「うむ。帰るのはまだ先だが、ぽすたーよりメッセージも入っている方がよかろう?」

「わかった! 楽しみにしてる!」


そして少年はようやく笑顔でくるりと、秋葉たちの方を振り返った。


「お兄ちゃんたち。ぽちとみつまめのこと、よろしくね!」

「……うん、任せて」


言葉と裏腹に、よっしゃ任せろという雰囲気はさすがに出せない。

母親は、ずっと謝りっぱなしだ。


この謝りっぷりだと、割と冷遇したかドッグフードを出したんだろう。

それに関しては、手遅れである。


「じゃあ学校教えてくれる? それからポスターは預かっていくから、自分で描きなさいって言われるかも。心の準備しておいてね」


えー、ところころと表情を変えながら、通学時間が迫っていることに気づいた少年。


あっ!遅刻する!!と大きな独り言を言ってから、家の方へ走って戻る。


「ぽち! みつまめ! 絶対だよ。約束だからね!」

「わかったわかった。行ってこい」


先ほどまで渋っていたのはどこへいったのか、勝手口から少年は家の中へ消えた。


ここにいると母親がひたすら頭を下げ続けそうなので、早々に引き上げることにする。

そして、この前代未聞の珍事は、幕を下ろした。



……ホームステイ、という新たなジャンルの流行をにおわせながら。




それから、ナベリウス侯の描いたポスターは、しかるべき人間の手に渡り、その母子のもとには、後日、莫大な謝礼金が届くことになる。




ナベリウス侯は、美術を司る悪魔だった。

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