3.地母神アシェラト(1)ー御岳隼人随行

司さんはしばらく、定番の外交先への護衛からはずれてもらうことになった。

というよりも、ダンタリオンの公館でお茶とか普通にそんなことしてる場合じゃなさそうなので、組織が落ち着くまでそっちに専念してもらった方がいいだろう。


特に指名はしなかったが、代わりにその日、随行者のリストに入っていた文字は……


「御岳隼人」


の文字だった。


「すみません、御岳さん第二部隊の隊長ですよね」

「うん。司も護衛についてたんだろ? 俺が護衛してもおかしくないんじゃないか?」

「いや、今特殊部隊忙しそうだし、そういう人、外して依頼出したはずなんですけど」

「大丈夫。俺のとこ、副官が有能だから」


……一番、羽を伸ばすどころかもうすでに羽が伸び切ってる人が来てしまった。


「それに近江……秋葉は、橘とも面識あるんだろ? 俺だけないっておかしくない?」

「……」


おかしくないと思います。

これはひょっとしたら、一部隊編成の時、わざと司さんはこの人をオレの護衛から除いていたんじゃないだろうか。


なんだか、いろんな意味で何かが起こる予感しかしない。

……いや、今日はダンタリオンのところではなく、普通に普通の良識あふれる神魔の大使のところへの訪問だ。


普通にしていれば何の問題もないはず。


「もう一人、情報部から……これもいつものメンバーなんだよな」

「えぇ、忍ですね。あいつ、名前で呼ばれる方が好きみたいだから、いきなりそっちでも大丈夫だと思いますよ」

「へぇ~名前で呼ばれるのが好きとかなんか、かわいいな」


大いなる誤解が生まれている悪寒。


「はい、お待たせしました。……今日は御岳さんですか」

「おっ、噂をすれば……忍ちゃん、よろしくな」


えっ、という顔になる。

この二人、ほぼ初対面。

いきなり知らない男に、下の名前でちゃん付けをされるのは……


オレの読み違いだった。すまないです、御岳さん。


好感度はいきなり下がった感がある顔をしている。

忍は、慣れた人に名前で呼ばれるのは好きだが、なれなれしい人間は嫌いだ。


「……よろしくお願いします……?」


ほら、表情がめちゃくちゃフラットになったぞ。

それなりに外交仕様だったのに、テンションがひとつ低くなったのを、オレは察した。


「今日は、アシェラト様のところだっけ」

「あぁ、ご機嫌伺い程度だから、そんなに危ないこともないと思うけど」


アシェラト様は、なんというかものすごく女性的な見た目をしていて、男性ファンも多い。

……失礼な言い方だが、人間にしたらモデル張りと言っても過言でないスタイルをしているので仕方ないだろう。

宗教的にはウガリット発、ということであまり耳にしない地方の女神だけれど旧約聖書にも出てくるというから力のある女神なのだということはわかる。


海を行く貴婦人。

名のごとく、海辺に暮らしている。


今でいうならば、天王洲アイル……品川区の臨海部だ。


「ところで……」


移動中にふと、腕を組んだまま御岳さんが話しかけてきた。天王洲アイルは駅もあるが、今日は車だ。


「……忍ちゃんって、司の妹じゃないよな?」

「……」


なんで橘さんと同じ間違いをするのだろうか。

その時と同じことをオレは言う。


「御岳さん……よく見てください。忍は護所局の制服着てますよ。なんで間違えるんですか」


そこは本当に疑問のようで忍も同じことが聞きたそうだ。


「いや……なんか聞いてた話と雰囲気が似てるなって」

「それ、司さんが話したんですか」

「いいや? 人伝て」


特殊部隊内で、何らかの伝言ゲームがされていたらしい。

見た目的にも、仕事的にも全く違うはずだが、一体何の情報が独り歩きをしているんだ。


「司くんが聞いたら怒りますよ」

「あぁ、あいつ妹すっごく大事にしてるからなー。……全然話そうとしないくらい」


……それは。


1.元々プライベートをべらべらしゃべる人ではない

2.話す必要がない

3.御岳さんだから話さなかった。


みたいな数々の要因が絡んでいるのはないだろうか。

橘さんは混乱に陥ったものの、ちゃんと森さんを妹だと認識していたぞ。


「あ、俺のことは隼人って呼んでくれ。俺も名前で呼ばれるのが好きなんだ」

「……も」

「ごめんな、オレが忍は名前で呼ばれる方が好き、みたいなこと言っちゃったから」


そういうことか、と忍はオレの方を視線だけで見てため息をついた。


「いいけどね。……でも隼人さんは司くんに苗字呼びされてますね」

「あいつ、基本的に名前呼びしないんだよ。同じ職場だから? なんか、下の名前で呼ばれてるやつ見るとちょっと悔しいよな」

「……オレたち悔しい対象になってるんですか」

「いや、別の部署だしそれはないけど」


下の名前で呼ばれたいの女子かわいい、みたいなことを言ってた割にこの人の方が名前推ししたがっているあたり……


男女関係ない価値観ではないかと思う。


まぁそんなことはどうでもいい。


「……御岳さん、今日行く場所の話なんですけど」


オレにはいきなり隼人さん呼びは無理なので、そのまま名字で呼んだ。

ちょっと沈黙が返ってきたが、たぶん、女子に呼ばれる方を好みそうなので問題ない。

話は続く。


「アシェラト様には会ったことあります?」

「いや、初めて。だから楽しみだなと思って手を挙げてみたんだけど」


指名じゃなくて自推かーーーーーー……


「アシェラト様は諸説あるんですが、豊穣の女神や地母神に近いヒトです。あと、時々男性をからかったりするから気を付けてください」

「……官能的快楽の女主人、だろ?」


それはバビロニアでの呼び名。

何でそんなことは知ってるんだ。


「いやー楽しみだな。たまにはこういう仕事もいいよな」


よくねーよ。

何楽しみにしてんだよ。


やっぱり浅井さんあたり指名しとけばよかったと思う瞬間。

そして、到着。


「地母神だけあって、庭がきれいなんだよねー」

「あら、ありがとう。戸越ちゃんは大地の恵みに敏いから好きだわ」

「アシェラト様、こんにちは」

「いらっしゃい、秋葉」


さすがの御岳さんもいきなりの女神登場にびっくりした様子。

アシェラト様は、スタイルがすごく良いが服らしい服を着ていないのがデフォルトだ。

全く着ていないわけではないが、街を歩くと注目を浴びてしまうので今は普通に服を着ていたりする。


「そちらは?」

「御岳隼人さんです。特殊部隊からついてもらっている護衛の……今日は司さんの代わりで」

「代わりじゃなくない? 固定ってわけじゃないんだよな?」

「そうでした。特殊部隊から来てもらった護衛の人です」


思わず反論されて言い直す。立場的に同列なのに代わりは確かに失礼だったかもしれない。


「はじめまして、御岳隼人です。第二部隊の隊長をしています」

「まぁ、それじゃあ司と一緒なのね。そんなに位の高い人を派遣してもらえるなんて光栄だわ」


急にきらーんと光でもまといそうな勢いで背筋を伸ばして自己紹介している。

時間が少し早かったが、迎えてくれてオレたちは応接室に入った。


肩にかけていたショールをはずす。

そこで御岳さんの一言。


「確かに、エロティックな雰囲気はビシバシ伝わってくる。日本の服を着ているのが残念なくらい」

「ちょっと……御岳さん……」

「そう? 神界にはオーダーデザインはあっても大量に服を扱うような店がないから、新鮮だわ」


そうでしょうとも。

魔界でも神界でもブティック商店街とかあったら、もう景観破壊どころの騒ぎじゃないでしょう。一気に俗っぽくなって終わる。


「でも、大地というのは本来はあるがままが自然なの。せめてここでは脱ぎましょうか?」

「えぇっ!!?」

「御岳さん! やめてください! 仕事です!」

「……からかわれてるね、二人とも」


さすがアシェラト様。さすが男性。と忍の冷静な声を背後に聞く。

思わず身を乗り出した御岳さんを制するのでオレは手いっぱいだ。

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