地母神アシェラト(2)ー要石の破損の理由
「あらあら、司はこんなに簡単に食いついてこないのに。特殊部隊がそんなことで大丈夫?」
ふふ、と笑って流すアシェラト様。
……大丈夫じゃないのはたぶん、この人だけだと思いたい。
「……そういえば司はこういう時はどうして……?」
「顔見知りの場合は席を勧められれば同席するし、そうでない場合は後ろで控えててくれるかな。護衛なので」
「……」
その気はないのだが、倒置法にしたことで何か思うところがあった模様。
ちゃっかり一緒に並んで座っていた御岳さんは沈黙する。
「アシェラト様は私たちよく知ってるし、今かわいがられたことでプラマイゼロなのでは」
からかわれたとはさすがに言えないので、かわいがられたという忍。
多分、アシェラト様的にはそんな感じで合ってるだろう。
「構わないわ。ただ、今日は大事なお話があるの。一緒に来る人によっては外してもらおうと思ったのだけれど……御岳さんは第二部隊の隊長さんだというから、大丈夫かしら」
執事がお茶を入れてそれぞれの前にティーカップを並べる。
甘い?酸っぱい?
柔らかな芳香が部屋に広がった。
「……これ、ハイビスカスですか?」
「ローズヒップにカモミールも入っているの。女性にはよい配合よ」
「……外交に来ると、こういうものがでるんだな」
「むしろコーヒーなんてものの方が珍しいですよ御岳さん」
そういいながらいただきますと、カップを傾ける。
異教の神様方は、自然をそのままカミサマにしたような存在なので、出てくるものもごく自然なハーブなどの方が多い。
すっかり、とは言わないがまぁ慣れた。
ちなみにバリとか南国系の神様のところに行くと本場のトロピカルジュースを振舞ってもらえる。
「それで、大事なお話っていうのは? ……とりあえず、とっかかりだけ聞いて秋葉以外は退室して待っているかどうか決めましょうか」
「戸越ちゃんはもう知ってることを知ってるから、いてもらっていいわよ。そうね、御岳クン、要石って知ってる?」
「!」
それがどれだけ重要なものか知っている人だけに話せるということか。
「知ってるわよね。それが壊れちゃって、結界に穴ができたんだもの。部隊長クラスになると、話は伝わっているでしょう?」
「えぇ、壊れるはずのないものが壊れた。ある意味、警察の管轄でもありますから」
口調が少し変わった。
仕事モードに切り替わったのか、御岳さんは先ほどまでのコロコロと変わる表情が嘘のように、真面目な顔になっている。
「不自然な破損。詳細は調査中ですが」
「待って、御岳さん。それって自然破損じゃなくて人為的な可能性があるってことですか」
思わずオレは聞く。
アシェラト様もそれを話そうとは思っていたのだろうが……それより早い。初耳だった。
「え、……ひょっとして、知らなかった?」
…………。
しばし流れる沈黙。
それをさりげに破ったのは忍だ。
「隼人さん、うかつですね。司くんは私たちの前でもそんな簡単にトップシークレットを口にしたりしないですよ」
「マジ!? 知らなかったの!!?」
こっくり頷く忍。
驚愕の顔を向けられてオレも倣って頷いた。
「マジかーー! 始末書もんだろこれ!」
やられたーとばかりに、頭を抱えるが、オレたち何もしてません。
「始末書よりも前に、アシェラト様はそのことを秋葉と私に話そうとしていたのでは」
「そうよ」
あっさり。
御岳さんの処遇は特に何も下されずに済むようだ。
そういえば、御岳さんの方から話しちゃったけど、そもそもそれを知らない人は除外しようというところから始まった話なわけで。
「その話を秋葉にしようと思ったの。戸越ちゃんはもう察しているようだけど」
「元々急にひとつだけ壊れるのはおかしいと思ってましたから」
「というと?」
話が戻る。
どうやら特殊部隊の上層部にはすでに知れていることのようだ。
御岳さんもやらかしたわけではないと理解して、状況を見守る。
自分は話の対象ではなく、あくまで護衛であることを思い出したようだ。
「今、隼人さんの言った通り。可能性として人為的に工作された恐れがある。特殊部隊が動いてるってことは事件性があるってことでしょう? だからそれを聞いた時点で、まぁそうかなと」
「……すごい大変な事態だと思うんだけど、なんでそんなに冷静なわけ」
「とりあえず、結界はふさがったし、現状は空からの直接的な危険はない。あとは警察と……多分、術師の領分で、さすがにそこまで手は出せない」
適切な人たちがすでに動いてるっていうことか。
ここまでの説明はあくまで推測に過ぎなかったけれど、会話がいったん止まると、黙って見ていたアシェラト様は微笑みを浮かべて、いい子いい子と忍の頭を撫でた。
………………。
そんなことできるのホントに神魔のヒトくらいだよな。
偉い偉いじゃなくていい子なのか。
もうなんか、褒める基準もよくわからない。
ともかく、忍も突然のことに動きが止まってしまっている。
「下話としてはそういうことなの。これで全員前提は共有できたと思うのだけれど」
「あ、はい。わかりました」
何事もなく話を続けるアシェラト様。
「あの日、結界が壊れた日。私は要石の修復役についていたわ。要石というのはいくつもあるけど、私が担当をしたのは壊れかけた石の修復」
「……清明さんの話では、結界が壊れる少し前は、そのうちの一つに傷がついていた、くらいの話だったはずですが」
「それが壊れて結界が崩れたのが、初めの襲撃。秋葉も戸越ちゃんも、閉鎖領域にいたのでしょう?」
空間、区域、領域、微妙に言葉の使われ方は違うようだが、どれも同じものを指す頃くらいはわかる。
戦闘の現場になった、あの場所のことだ。
「あの時は、あなたたち……防衛組が優勢だったそうね」
そういって、御岳さんを見る。
御岳さんは黙ってアシェラト様の確認に頷いた。
「でも、直後に形勢が逆転した。違う?」
「そうです。いきなり天使の数が増えて、上層のヒトたちも抑えられなくなり……見慣れない個体も入ってきました」
今度は、言葉をもって答える。
そういえば、人の姿に似た以外の「天使」がまぎれていた。
あれはなんだったのか。
「他の神魔が無傷の石についたのは、それ以上壊れることを防ぐためでもある。でも私がそこへ着いた時には、私の担当するその場所……そこにある石は、すでにひびが入って割れ欠けていた」
「……それは、清明さんの言っていた石とは違う石、ということですよね」
「えぇ。そして、ふたつめの要石が私たちの前で割れた」
それが何を示すのかは、もう見てきたことだった。
結界が修復するどころかさらに壊れて、結果、天使が大挙。
形勢が逆転された、というのが事実らしかった。
「すぐに修復作業には入れたけれど、やっぱりおかしいのよ。あの石は霊的に守られている。そんなに簡単に自然に壊れるものでもない。まして、同時期に壊れるなんて言うことは……ないと思うわ」
地母神、だからだろうか。それがわかるのは。
それでも人間の術師が置いたものだから、おそらくそちらの方が詳しいんだろう。
人間が人間に話せない事情でもあるのか。
オレたちは話の続きを待つ。
「調査の方は、特殊部隊の人と清明たちがしてる。壊れた原因は近々わかると思う。けれど、犯人がいるのであれば……注意はした方がいいわね」
「……アシェラト様」
「なぁに?」
ふと、疑問を生じオレは聞き返す。
「それをどうしてオレたちに?」
このヒトも実は結構馴染みの一人であるので、言葉遣いは気負わない。
そもそも大使クラスの神魔は人間の些細な言葉遣いの違いをいちいち取りざたするようなこともなかった。
「……あなたと戸越ちゃんは、二度、閉鎖領域の中でそれを見た人たち。戸越ちゃんは仕事もあったわけだけど、秋葉は外交員で唯一、ということになるの。この意味が分かる?」
……。
すみません、全然わかりません。
沈黙をどうとったのかアシェラト様はつづけた。
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