地母神アシェラト(3)ー危機共有

「あなたは多くの神魔の信頼を得ている。要石のこともおそらく外交部の誰よりも知ったことになるわ。結界やそれにかかわるものは、ほとんどすべてが術師の管轄だから」

「つまり外交部だけでなく、この先、他の動きをする可能性もあると?」


これは忍だ。が、それはすでに清明さんから言われていたような気もする。

もう前から他の案件で動いていたみたいな。

単に外交部の上層部通して通常業務と化していた、みたいな。


「そうね。知りすぎた、というと聞こえが悪いかしら」


悪いです。


当然、声にはできない。

それ、映画の中で登場人物が悪役から殺さる前に言われるようなセリフです。


「知りすぎたというほど知っていないような……清明さんのところに行けばもう少しわかるんでしょうか」

「お前はなんで自分からそっち行こうとするの!?」

「何かさ、こうなることはさすがに見越してはいないと思うんだけど、初めに話聞かされた時のことを考えると 逃げられない 気がしない?」

「……」


初めに話を聞かされた時……


つまり、どこぞの地下の、ちょっと怪しげな雰囲気のあの場所に呼び出された時だろう。

そうだな、その時からオレたちは他の一般職員とは違うことを知ってしまっていたんだな……


「でもオレはいざというときにはつなぎを取るだけの役だったような……」

「外交部から要石にまわる神魔のヒトたちに何人かついたんだろう?」


黙って聞いていた御岳さんが口を開いた。


「私のところにも、馴染みの人を指名して来てもらったわ」

「オレ、結局ダンタリオンに指名されて戦場の真っただ中に放置されてただけなんですけど」

「そういう役割の人も私は必要だと思うけれど」


いや、絶対あいつ、そういうつもりなかったと思う。

戦況が不利になったから、本当に、呼ばれた意味も分からないまま終わった。


今更ながら、そう思った。


「ふたつ目の石の破損。……私たちにはそれぞれできることとできないことがある」


この場合の私たち、というのは神魔と人間のことだろう。

霊的な守りはアシェラト様にはできても、人間でないとできないこともある。

確かあの日、他の外交員たちが何人か神魔のヒトと組んでいったのは、そういうことだ。


「だから、知っておいてもらう必要がある。2度目はないと思いたいけれど、そんなことがあった時に、何も知らないじゃリスクが増えるだけだもの」

「……この場合のリスクというのは」

「もちろんこの国の、という意味もあるけれど秋葉も戸越ちゃんも、知らなかったらできないはずのことを、知ることでできるようになるのかもしれない。人間というのはそうやって、自分の経験や知識からどうするか、考えるものではないの?」


ものすごく、純粋に聞かれてしまった。

諭されているわけではない。

ただの疑問だ。


「……それは得手不得手がありますが……忍はそれが得意だから、清明さんがしたみたいに出来ればオレに話がある時は、一緒に聞いてもらってください」

「……また危機共有者なのか私は」


そうだな。もう情報共有っていう域を超え始めてるよな。


でもオレ、一人じゃ無理だ。

これは何かあっても、おろおろして終わるのが目に見えている。

諦めて、頼るに限る。

清明さんだって、そう思ったから忍も一緒に呼んだんだろうし。


「否定できない」

「いいけどね」


素直に肯定すると、そもそも言うだけで気にしていないのかあっさりした返事が返ってくる。

いつもの通りだ。


「外交官であるあなたたちの持ち帰る情報は、一見、共有されているように見えるでしょう?」


ふと、アシェラト様が関係のなさそうな話をふってきた。


「けれど、集められるだけで実際活かされているのはその一部。すべてに目を通されるわけじゃない」

「……報告自体が苦手な人もいますしね」

「そうね、だからあなたたちが見聞きしたものは、みんなあなたたちの中にある。それも忘れないでほしいわ」


知識も情報も「知っていること」自体には意味がない。

どう使うか、どう活かすか。

それが問題で、組織に集積されていく膨大な情報は、ともすれば大事なものも埋もれていく。


一方で、今もオレたちしか知らないこともあるわけで。


……アシェラト様にそれが分かっているわけではないのだが、それを思えば、なんとなく言われていることはわかる気がした。


「これは私が提案したことだから、私から話したけれど他のヒトたちも反対はなかったから、何かあったら誰でもいいから頼るといいわ」

「何か……ありそうなんですか」

「何かわかったら、に変えた方がいいかしら」


要するに、一番伝手が多いオレに神魔側の情報も預けようということなのか?

……そんなにキャパが広くないんだけど……


オレは無意識に、記憶領域が多そうな連れを見る。


「……必要なものは必要な時に降ってくるから大丈夫だ」

「その何の根拠もない慰め、全然効果ないんだけど」


見透かされたような言葉だが、全幅で信じられるほどオレは楽天家ではない。


「そういうことなら、オレたちの持ってる情報も渡すようにしようか?」


と、これは御岳さん。


「いえ……オーバーフローするのでやめてください」

「隼人さん……そっちは人間の管轄だから勝手に情報流したら怒られますよ。和さんに」

「怒られるっていうか、殺されるな」


思い出したように自分の肩を抱いて震えあがるような表情になっている。

神魔のヒトたちより、御岳さん……というか、たぶん特殊部隊の人、みんなだと思うんだけど……は、和局長の方が怖いようだ。


……そうだな、怖かったら叩き斬ればいいとかいう相手じゃないもんな。


「部外者を捜査に巻き込んだら、たぶん司くんにも怒られるかと」

「オレ、別に司は怖くない」

「……隼人さんて、司くんに呆れられるか一撃必殺食らうタイプでしょ」

「一撃必殺食らってたら今ここにいない。司は避けること見越した間合いでついてくるからそこが嫌なんだけど」


なんか、関係性が見え始めてきた気がする。

御岳さんと司さんは同期だから、それなりに互いに理解しているんだろう。


御岳さんは全然何やっても凹みそうもないとか。

……御岳さんが司さんの何を理解しているのかは、謎だが。


「ふふ、先の闘いでは負傷者も出たけれど、とても呼吸(いき)があっている、というのはそんな感じなのかしらね」

「アシェラト様、それ司くんが聞いたら、記憶を抹消すると思います」

「いや、オレどんな扱い? 忍ちゃん、司に何か吹き込まれてない?」

「……そういわれると、ほとんど話聞いたことないですね」


吹き込まれてる方がまだましだよ。

人間、スルーされるのが一番つらいというのはこういうことだろう。

御岳さんは、ものすごく複雑そうな顔をしている。


「大丈夫。私は司とあなたのことを言ったのではなくて、最初の世代の人達のことを言ったのだから」


……アシェラト様、フォローになってません。


「さ、元気を出して。私と少し庭でも歩いてみる?」

「ぜひ!」


エロティシズムにやられてるぞ、この人。

とくに女好きっぽいわけではないけど、ボロ市で見かけたあの奔放さを思い出す。


……風の向くまま気の向くまま、好きなことやってるだけだこの人……

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