地母神アシェラト(4)ー魔界の友人

「秋葉と戸越ちゃんも、いつもと違って重い話で疲れたでしょう。もう一度お茶を用意させるからゆっくりしていってね」


神魔のヒトというのは、基本的にマイペースだ。

だから、自分の外交に充てられる時間が割と余裕があるのは幸いだった。


そして、三人そろって地母神自慢の季節感無用な庭を回る。

エシェルの大使館はひと気がないおかげで広大な庭はひたすら静かで、ある意味都会のオアシスだ。

ここはそれとは違う意味で、殺伐とした日常を忘れさせてくれる庭園……というか花園だった。


あちこちから、甘い花の香りがしてくる。


「すごい異世界感」

「そうですね、御岳さんとは縁がなさそうな空間ですよね。……というか、男一般縁がない空間ですよね」


どんなに寒風が吹きすさぶ季節でも、咲き乱れる花々。

のびのびと蔓葉を伸ばす緑。

柔らかな足元に広がる新緑の絨毯。


地母神の庭は、人工的な植物園より調和のとれた美しい庭園だ。


世間一般的に男は敢えてこういう空間には来ない。

それ以前に、現代風にしても日本とは思えない。


「植物趣味な人は男女関係なく喜ぶと思うけどね。あそこにも男の人いるみたいだけど、アシェラト様の知り合いですか?」


アシェラト様とは何度か面識はあるので、若干言葉はくだけている忍。

その視線の先にいるのは、屈強、と言ってもいいくらいがっしりした体の男だった。

……というか、頑張ってみても女性には間違えようもないくらいの大男だ。


オレはそのヒトを知っていた。


「忍、バティムさんと会ったことないんだっけか?」

「……人、ていうか神魔のヒトか」

「彼は魔界の公爵よ」


名前と体格から察したのかそういう忍にアシェラト様は応えて、そちらに歩みを向けた。


「……カミサマん家に魔界のヒトが来てるのは初めて見たなぁ」


御岳さんがものすごく軽い感じで「家」とか言っている。

アシェラト様の屋敷は庭園に比例して、大きい。


「休日に河川敷通ると、神魔対抗スポーツ合戦とかやってますけどね」

「グループ交流だよね」


などと言いながら、オレたちも続く。

アシェラト様が向かうその先で、バティムさんは膝をかがめて、花を愛でているようだ。


ここに来るときは、危険も何もないので司さんや忍と常時組んでいるわけではない。

バティムさんは植物が好きなのか、しばしばこの庭園で行き会っていた。


「バティムさんは在日ってわけじゃないんだけど、よく短期滞在で来てるんだよな」

「そっか。だからデータベースとかでも見たことないんだな」


ターミナルでは在日神魔の情報も管理しているが、観光の場合、数が多すぎるのと日替わりなので用がない限りは参照されないらしい。


「彼は薬草学に詳しくて、日本に来るとハーブ園を見に来てくれるのよ」


そんなこんなで、本人の元へ到着。

挨拶をするオレとアシェラト様。

気づいて立ち上がるバティム公爵。


「………………」


忍と御岳さんが黙している。

うん、遠目に後姿は明らかに使用人じゃない恰好……客人なわけだけど、エプロンしてるからな。

屈強な大男が。


「おや、そちらは? はじめましてな人たちだね」


にこにこにこ。

その体つきに似合わなそうなものすごい人のいい笑顔を向けられた日には、オレもフリーズしたわ。


「は……じめまして?」

「情報局の戸越です。こんにちは」


忍の方が適応は早かった。

御岳さんは、大の男(スケール的な意味で)のエプロン姿にどうしていいのかわからない模様。

……天使とか、事件とか、全然平気そうなのにさすがにこれはパンチが効いていたらしい。


「バティムさん、こちらは特殊部隊の御岳さん」

「うん、制服で分かるよ。地獄で公爵をしているバティムです。よろしく」


……しかも敬語キャラというわけでもないのに、初対面だからと敬語使ってきたりして、普通に愛想がいい感じなのが、更なる違和をもたらしてくれるんだ。このヒトは。


「よろしくお願いします……」

「アシェラト様のお客人のようですが……なぜエプロンを?」


オレが長らく聞けなかったことを、忍はすぐに質問する。

純然たる疑問だ。


「戸越ちゃん、言ったじゃない。ハーブ園を見に来てくれるって」

「それって、好きで見学に来るという意味じゃなくて世話をしに来てくれるっていう意味ですか」

「そうよ」


語尾にハートが付きそうな口調でアシェラト様。


「異教の神様の庭なんて、今まで見られなかったからね。日本に来たときはここに寄るのが楽しみで」


……観光の目的地が、すでに「日本」ではない感じに聞こえる。

そんなオレたちの心の声が聞こえたわけではないのだろうが、バティムさんはつづけた。


「日本も独自の植生がすごく興味深くて。今回は鉱石探しに来てみたんだけど」

「鉱石って、燃料以外の原石とかですか?」

「そこ、くいつくな」


早くも違和感を払拭した忍の目がちょっと楽しそうに輝くのをオレは見た。


「日本は山が多いのに、鉱山はほとんどないだろう? 結構希少なのがみつかったりするんだよね」

「あとで見せてください」


新たな親睦が生まれようとしている。

一方で「屈強な男」という時点で御岳さんのテンションは、低めだ。


「バティムさんって、石とか植物系の悪魔なん?」

「みたいですね。薬草学が得手で、アシェラト様情報だと見ての通りすごく愛想がいいヒトです」


こんなににこやかで話しやすいと、下手な人間より仲良くなれそうな気はする。

ダンタリオンにも聞いたことがあるんだが、バティムさんの愛想の良さは、魔界の中でも並ぶ者はいないといわれているらしい。


……どんな悪魔だよ。


何度聞いても、オレは思う。


「バティム、あなたも一緒にお茶にしましょう」


すっかり忍と意気投合したところで、アシェラト様がそう誘う。

オレたちは優雅な庭園の一角で、ティータイムをすることになる。


「それにしてもエプロンはビビったぜ……ていうか、いつはずすんだ?」

「さぁ? ライフワークなんですかね。観光って言っても山とか森とかそっちばっかり行ってるみたいだし」


もっとも人間だって、好んで山登りに行く人もそれなりにいるから観光がイコール文化や街とは限らないのも当然か。


しかし、このヒト。後ろ向くとヘビのしっぽがついているのでそれがずっとこっち見てる方がオレ的には怖い。


「日本の薬草は、何も山野にばかりあるわけではなく……」

「ドクダミとかスギナとか、あちこちありますもんね」

「日本の薬になるお花はかわいいわよね。ロウバイにカタクリ……」


なんかアウェイになってきた。

薬草談義が始まってしまった。

しかし、今日のオレは一人じゃない。


というか、一人じゃないからほっとかれてるんだろうが。


「カタクリってあれか? 片栗粉の」

「わかりません。……専門用語出てくる前に話を変えましょう」


そんなわけでオレと御岳さんは興味があるわけでもないのに、庭の花について話題を振ってみる。


アシェラト様は薬草学専門というわけでないので、すぐに戻ってきてくれた。

しかし。


「ヨモギも有名ですよね。シソ、ミツバ、山椒、ワサビあたりが和ハーブですか」

「それ普通に調味料!」

「……ハーブって海外でもふつうにスパイス扱いされてない?」


思わず耳に入ってきた単語に反応してしまったオレと御岳さん。


……。


確かにバジルやパセリなんかはそういわれるとハーブなのか。

ハーブって薬草のことなのか。


普段はあまり行きつかない当たり前の疑問に同時にたどり着く瞬間。


「これは教示のしがいがありそうだ」


バティムさんはそう、声をあげて笑う。



かくして。


なぜか、日本にある薬草なんかを教えてもらって、意外と身近なものが薬になることをオレと御岳さんは知ることになった。



でもな、犬の散歩道とかに生えてるそれ採って口に入れる気にはならないわ。



というのが、最終結論である。

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