閑話休題
ダンタリオン公爵の-割と-まじめな話(前編)
「オレ思うんだけどさ」
呼び出しどころか、ちょっと顔出しに立ち寄ろう。
みたいな感覚で忍に提案され、なぜかダンタリオンの公邸に来ている。
顔出しに=お茶しにであることは言うまでもないだろう。
急な来客となるのは初めてだ。
こちらからルールを破ると、貸しになりかねないのでオレとしては避けたい。
が、ダンタリオンはなぜか忍にはその辺りは寛容だった。
「なんで神魔の観光って、圧倒的に魔界からが多いんだ?」
さっそく執事らしきヒトが出してくれたお茶を飲みながら、素朴な疑問。
街には異形の人たちが行き来している。
あふれているほどではないが、なんとなくすれ違うと今の悪魔だよなーとか、神様系だよなーとかわかるようになってきた。
主に見た目の話だけど。
「秋葉、統計上では、特に悪魔のヒトが多いわけでもないよ」
なぜか窓際のガラスの円テーブルで、司さんとリバーシ(オセロ)をしている忍が黒と白のチップを指先に遊ばせながら言った。
「そうなの? でもなんだかんだ言って、事件がらみになるのは魔界のヒトが多いよな」
「それは魔界出身だからじゃないのか」
あ、納得。
同じように卓上を見たまま司さんに言われて、改めて彼らが「悪魔」であることを思い出す。
「甘いな、ツカサ」
無意味に自信たっぷりな様子で、ティーカップを持ち上げたのはダンタリオンだった。
今日もお茶は魔界産ではなく、普通にアッサム地方の紅茶だという。
……このご時世に、海の向こうの茶畑から誰が調達してくるのだろうか。
「観光に来ているのは、神魔といっても下っ端の類が多い。大物になれば護所局にも事前情報が行くだろう?」
「……つまり、オレが絡む頻度が高いのが大物だからそう見えてるってこと?」
「それもある」
ふふん、ともったいぶっているが所詮今日は、休憩に寄っているだけだ。
素朴な疑問であって、それほど重要な問題ではない。
故に、オレは気にせずに喫茶店程度に思って、くつろぐ。
「実際、ツカサは特殊部隊の案件を見ているから、小さな事件は神も魔も関係ないケースが多いのもわかるだろ」
「まぁ、そうだな」
短く肯定。さりげにノー敬語。
「じゃあなんで、オレに絡むのはなんで魔界系のヒトが多いんだ……」
はた。
「そういえば、そもそもベリト様だって、お前が押し付けてきたんだよな!? はじめて司さんに会った時も、お前が大阪とか行ってなくちゃ即解決だった! 地下賭場の時もだ!」
それもまた事実。
「……すべてにお前が一枚絡んでいる」
「人のせいにするな」
一理あるが、百理はなかった模様。
「そもそもお前は、神魔の勢力図をよくわかっていないだろう」
「他国の宗教まで調べつくしてるほど暇じゃねーんだよ。…………」
言ってから他国の宗教図を調べていそうな忍を見るが、特に反応はない。
失言にはならなかったようだ。
リバーシで遊ぶ方に集中している模様。
この部屋にはチェスがいつも置いてある。
洋風なインテリアとしてもよくマッチしている。
今日はすっかり休憩モードの忍が、前々からそれに目をつけていたらしく、司さんに遊んでくれと言い出したものの、互いにチェスはルールがよくわからないという話になり、その場でリバーシが提供されたのが経緯。
……貴族そうな遊びをたしなむようで、庶民的なアイテムも常備してある謎。
「よし、親切なオレが馬鹿でもわかるように図解してやろう」
「……親切だったら、馬鹿でもわかるは省略するところだからな?」
ダンタリオンはいかにもなインクペンを取って、さらさらと紙に何やら書きだす。
ふつうに書きやすいからとPIL〇Tとか使われたらどうしようかと思うが、この辺りは、自分の手になじんだものが置かれているようだ。
「こんなもんだな」
自動翻訳機能の付いた、魔界の公爵が書いたのはきっちり日本語で書かれた宗教の関係図だった。
「ざっくりだが、体系は極東、インド系、アブラハム系、仏教に大別される」
真ん中に「宗教」という文字があってそこから、周りに線が引っ張られている。
その内、いくつかは長方形で囲んであった。
「極東系っていうのは、つまりお前ら日本や東アジア圏内だ」
「儒教とか道教とか……仏教じゃないんだな」
どうしても仏教は大陸から渡ってきたイメージがあるので、お隣さんは仏教、みたいなイメージがある。
が、それも元はインドだということくらい知っているので、土着としてはそうなるようだ。
忍と司さんも見に来た。
「仏教は三大勢力だから、敢えて別にしてある。三大っていうのがこの四角で囲ったやつな」
仏教、ヒンドゥー教、アブラハム系、というのがそれだった。
「この三つで世界の六割の信仰が占められていた」
「六割ってでかいよな。アブラハム系って単語はあんまり聞いたことがないけど……」
「下を見ればわかるだろ?」
更にそこには三つの宗教の名前が書いてあった。
言わずもがな、それ自体は超がつくほど有名だ。
「同じ唯一神を信奉する宗教だね」
「……天使云々以前に、人間の宗教戦争って大体これがらみで起きてなかった?」
「そこが人間の馬鹿なところだな。結局、年中身内で戦争やってたってことだ」
天使が襲来してからその名前はみんな口にしたがらないので、明言は避ける。
「同じ神様なら教えも同じはずなんだけどねぇ」
と忍はちょっと呆れ気味。
「宗教ってのは、本来人の支えになるものなんだろ? それが戦争巻き起こすんだから、皮肉なもんだな」
「その割に楽しそうだぞ、お前」
「あいつらの内輪もめなんて、オレたちには関係ない話だからな」
司さんは同意できる部分があるのか黙って眺めている。
が、左下に書かれたところへ視線を置いた。
「この『失われた神話群』というのは?」
「簡単に言えば、信奉する文明がなくなったとか、部族が絶滅寸前とかで神魔の現出は難しい類だな」
「……人がいなくなると、神魔もいなくなるんだな」
あまり考えたことがなかった。
信仰あってこそのものなのだろうが、それでは神が人を作ったという宗教においては矛盾を生じることにもなる。
多分、考えてもわからない問題だ。
「ある意味、信仰心はエサみたいなもんだからな。だが、あいつらはここ数千年で勢力を一気に拡大するために、取り込みが過ぎて、その中で生きているものも多い」
「?」
「クリスマスとかそうじゃなかったっけ?」
「あー……それって」
それは神の子の生まれた日。
独自のイベント化が得意な日本人には定着して久しかったが、そんな理由もあって『あの日』以来、さすがにクリスマスというイベントは消えた。
本来はその生誕を祝う謂れがあることを、割と多くの人が知っていたからだ。
が。
「知ってるか。神の子ってやつの生まれた日は、どこにも記載されていない」
「……でもクリスマスの起源ってそれを祝う日だったよな?」
「『祝う日』なだけで、誕生日じゃないんだよ。それは私も知ってる」
忍がいつものテーブル席に戻る。
そして、続けた。
「クリスマスは元々、異教の冬至のおまつり。改宗をスムーズにさせるために『太陽の生まれる日』と神の子の誕生をかけ合わせて取り込んだ、って聞いたことがある」
「聞いたんじゃなくて『読んだ』んだろ」
おいそれと人と話すには、なかなか機会のない話だ。
知的好奇心からたどり着いたものだろう。
ダンタリオンは頬づえをついて、面白そうに口の端に笑みを浮かべている。
「まぁ……そうかな。もとをただせば、異教の存在があって、成り立ったものだから、息づいていると言えば確かに公爵の言う通り」
「オレたちの圏内だけとは限らないけどな。そんなものは神魔の歴史にはゴロゴロしている」
取り込まれて上書き、というのはともかく、他国に来て形を変えるものは数多くある。
ふと、街を歩いていて、忍から思いついたように呟かれたことを思い出した。
「日本の寺はなぜあの形なのだろう」
ごく最近のことだ。
そんな素朴な疑問に、オレは答えられなかった。
仏教というなら、本来はインドの寺院が本家のはずだが、あんなに形の違うのに、疑問にすら思わなかった。
それが変えた側の「普通」なんだろう。
「ま、あいつらに関してはいずれ、身の内から崩れる時が来るんだろうさ」
ダンタリオンにしては珍しく。
そういった顔が、どこか遠くを見ているように見えた。
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