そこにいる理由(4)
「その……今の話、忍には」
「しない方がいいだろう。別に俺は、巻き込まれたとかどうだとかそんなことはどうでもいい」
「……本当に、……ですか?」
「どういう意味だ?」
人一倍良識がある人が、この非日常な世界で生きていくには割と不条理だ。
司さんのような人は、オレと同じでできれば関わりたくない世界だっただろう。
「いえ、他に何かやりたいこととかあったのかなーとか」
適当にごまかす。
「やりたいことなんて、ほとんどの人間が2年前に一度壊されてるだろ。逆にこの時流だからこそできることも多くある。秋葉の仕事も、俺の仕事もそうだろう?」
確かにそうだ。
あまり仕事について深く考えたことがなかった。
というか考えたくないというのが正直なところだ。
しかし、司さんと話しているとそんな自分がちょっと恥ずかしくなってくる。
うん、オレは恥を知っている真っ当な人間だ。
……ここは自分に言い聞かせるしかない。
「その点で言えばそうだな、むしろ今はこれで良かったんだろうと思っている」
「えっ」
意外な一言だ。
自身で決めたとはいえ、武装警察……それも特殊部隊に配属されたんて、護所局でもそうとう辛い部署だと思うのに。
色々な意味で、だ。
「2年前にあったことがこの先ずっとないとは言い切れない。神魔の事件についてもそうだしな。その時になって無力感を覚えるのは、二度とごめんだ」
「……」
この人は。
おそらく2年前に、誰かを亡くしているんだろう。
生き残ってしまった人間のジレンマ。
これはしばしばマスコミなどでも取り上げられている。
あるいは、今でこそ普通に人々は街を往来しているが、通いなれた道で、いきなり大勢人が殺され、悲鳴の中、街が壊れていく。
そんな様を見てしまった人にも同じことが言えるかもしれない。
通りは賑やかでもトラウマを抱えてしまった人は、見えない場所にごまんといるのも現実だった。
「誰かを、何かを守れる方法を手に入れた、それは俺が2年前に持っていなかったものだ」
確かに。
この時代は現実的に、物理的に何かを守るための力が必要不可欠だ。
その存在が、神魔であり、人間の中では護所局という組織。
司さんのことだから、武力そのものを言っているわけではないのだろう。
だとしたら。
……オレには、
この立場で
何かできることがあるのだろうか。
* * *
司さんとはその後、他愛のない話をして別れた。
その三日後。
オレたちは仕事ですぐに再会することになる。
オレたち……オレと、司さんと、忍だ。
司さんは会議が長引いていて少し遅れてくると言っていた。
忍は時間を守る方なのですでに来ていて、ふたりで司さん待ちになっている。
「……」
なんとなくきまずい。
それはそうだ、昨日の今日、くらいの早さで司さんからあんな話を聞いた後、会うというのは…
三日後に会う予定を知っていたオレには、今日までの時間は相当長く感じた。
「どうしたの秋葉」
空気に聡い忍は、オレの様子を察知して聞いてきた。
「あ、いや。その……」
言い淀む。
こういうのは慣れてない。
忍はいつも通りなのがまたやりづらい。
それでもなんとか、言った。
「……ごめん」
「は?」
この三日間、考えていたこと。
オレは一度も忍に謝ったことがなかった。
本人が気にしていないから、オレも気にしなかった、程度の話だ。
けれどそれが司さんまで巻き込むことになって、司さんは気にかけていないのに、忍はそこまで話が飛んだことに責任を感じている。
それは、もとはと言えば、オレが持ち込んだ話で……
そんなことを考えて考えて、何度か同じところを回って、一度、謝らなければと思った。
……思って謝ってみたら、これか。
「……なんのこと?」
あぁ、まぁ忍にしてみればそんな感じなんだろう。
唐突だったし、司さんから何を聞いたとは話してないし。
……話せないし。
言葉に詰まってしまったが、なんとか選んでそれを続けようとしたその時。
「あ、司くん。おつかれさま」
司さんが来てしまった。
集合時間より、早い。
「遅れるって聞いてたけど、早かったね」
「連絡した後、急に話が進んで早く終わったんだ」
ある意味、タイミングが悪い。
「? どうした」
オレの顔色を心配してくれる司さん。
「いえ、何も……」
そして歩き出す。
「秋葉、さっきの話……」
「いや、忘れてくれる? お前、忘れてるみたいだし」
「何それ、私が何か忘れてる? ……気になる」
藪蛇だった。
「どうしたんだ一体」
「それが秋葉が急に謝って来るから、一体なんのことかと……」
「いいんだよそれは! 司さんには言わなくていいの!」
更につっこまれそうで、慌てて力技で抑え込むと思いっきり反抗される。
何それ、司さんが抑えた時とむちゃくちゃ態度違うんですけど。
あぁ、そうか。
霊装仕様な人から抑えらたら反抗しても無理。みたいなことか。
オレは思いっきりいらない自問ともいえない疑問に自答した。
「すごい気になる」
「……忍は『一度謝れば』根に持たないタイプだから、いいんじゃないのか。謝らなくても」
「司くん、それじゃ私が、謝らないといつまでも執拗に恨んでいるタイプに聞こえる。ちょっと言葉を選んでくれないかな」
反対にいる司さんと、忍の肩越しに目が合う。
ふっと小さく笑ってそう言った。
あぁ、謝らなくていいってことか。
理解したオレは
「なんでもない、間違いだった」
そういうことにした。
「何が間違いか、気になる」
「むしろ謝罪より、そう言うことの方がしつこいよな、お前は」
「しつこい言うな。半端に言うくらいなら言うな。食い下がるから」
「自覚があるなら、やめてくれ」
追撃の手は緩まない。
しかしやりあうより逃げる方が、オレには向いている。
今日は、最後までしらを切ることにする。
この時代、誰もが抱えるものがある。
それまでの時代もそうだったのかもしれない。
けれど、大きな世界の変換点を超えた今。
それらと向き合うことのできる人間が、こうして陽の光の下で2年前と変わらず歩いていられるのかもしれない。
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