そこにいる理由(3)
「別にベッドに伏しているわけでもない。ロビーで会って、少しはほっとしたようだったが、あいつが俺の怪我を見て次に言ったのは『怪我をさせた』という言葉だった」
「……させた?」
違和感を覚えてそこを復唱する。
「実際は、普通に神魔関係の事件で負った。別に忍が怪我をさせたわけじゃない。何も関わっていない」
でもさせた、っていうのは……
考えている間にも話が続く。
「それで、謝るんだ。『ごめん』と」
「忍が、ですか?」
「あぁ。ただ静かにな。お前は関係ないだろうと言っても気にしなくていいと言っても、ただ謝るだけで……自分を責めていた」
「……」
想像はつかなかった。
どちらかというと、いつも飄々としていてあまりミスらしいミスもしないので、そんなに本気で謝らなければならないこと自体、普段は発生しない。
でも自分を責めるっていうのは……
「それくらい俺のことを『巻き込んだ』と思っているということだ」
「!」
「森も同じだな。二人して別々に軽率だったと言ってきて……言うことまで似てるのかと思ったものだけど、あれが最初だったからよく覚えている」
最初。
ということはそのあとも何かあったのだろうか。
オレは忍に対してそんな風に思ったことはないし、謝ったこともない。
色々と申し訳ない気持ちになって、それ以上は聞けなかった。
それを察して、司さんとしては可能な限り、だろう。話してくれた。
「忍にとっては悪くないだとか気にするなとかは、気休めにもならないのはわかった」
司さんが自分のことを話すのも、こんなふうに多く話し続けるのも、それ自体が珍しいことだ。
オレにとっても大事なことだから、だろう。
「だからお願いではなく、そんな顔をするな、謝るな、と俺は言った」
あの忍にそんな風に言える人間はそういない。
だがそれは性格を見越してかけた言葉で、決して横柄なものではないことはオレにだって分かる。
「俺は、自分の意志でここにいる。怪我をするのが嫌なら、やめてしまえばいい。そんなことはいつでもできる。この先もそうするし、そうしている間は自分で選んでそこにいる、と言ってやった」
男前すぎる。
でも、この人は元々家族を危険から遠ざけるためにそれを選ぶような人だから、それくらいのことは言えるんだろう。
そして、それくらいの覚悟がなければ、今の仕事なんて就けもしない場所だったはずだ。
「それで……忍は納得、したんですか?」
「こちらの気持ちを汲めない人間じゃない。謝っている人間に謝るなと言われたら、それはしない。しばらくは相当神経質になっていたようだが、怪我をする度に慣れていったな、森もだが」
慣れた、というよりそう見せることができるようになった、というのが正しいのか。
ため息をはらませながらぽつりと司さんが呟くように言う。
「もちろん場数が増えれば怪我も減るし、社会的にも安定してきてそういうこともあまりなくなったからある意味、一番きつい時ではあったんだとは思う」
そういわれると、わかる。
この人は、初めから天賦の才能があったわけではないのだろう。
オレたちと同じ「人間」だ。
けれどミスや怪我を経験として受け入れて、同じことがないように、繰り返さないように学び取る。
だから、ここまで進んでこられたんだと素直に思う。
それから少し、口調が変わった。
思い出したのか、ため息の調子も何か違うものになった。
「大体、期間が突貫だった分、今の仕事よりも訓練の方がきつかったぞ。俺は元々武術の類をやっていたわけじゃないし、同期の新人はばたばたと倒れて行った」
すみません、そこに追いやったの、結果的にオレです。
司さんにその気がなくても、ぐさりと何かが突き刺さってきそうな話だ。
何度でも繰り返して謝りたくなるが、それこそその度に返却されそうなので黙っておく。
これがオレに課せられる罰なんだ。
甘んじて受けるほかはない。
「だから」
司さんは日差しの強くなってきた外をガラス越しに見てからグラスを口に運ぶ。
カラ…、と氷の揺れる音がした。
「この話はこれでおしまいだ」
そんな唐突に切られても。
いや、オレから言えることはないんだけど。
「なんか……すみません」
そもそも過去の話なんてさせること自体にも罪悪感のようなものを覚える。
何に対して謝っているのか、自分でもわからない。
とん、とグラスを置いてオレを見る司さん。
「……」
ああぁぁぁぁ、すみません! 黙って見ないでください!
オレは眼前を覆いながら逃亡したい気分になる。
しかしここで謝ったら更に司さんのため息を増やす羽目になるであろう。
口で謝るのはやめた。
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