ダンタリオン公爵の-割と-真面目な話(後編)

それも数瞬だ。


「私、結構こっちの『失われた神話群』の方に興味あったんだけどなぁ」

「例えば?」


忍が手書きの紙を見ながら言ったので、問い返すダンタリオン。


「北欧神話とかアステカ系の神様にはちょっと会ってみたかったかも」

「そう言われると、北欧神話はさりげなく名前としては浸透しているな」


と、これは司さん。

ゲームだの、漫画だの数多くの作品に取り入れられているから、何かしら目にしない人の方が、むしろ珍しいのではと思う。


「北欧神話だったらオレも名前くらいは知ってるぞ。ロキとかオーディンだろ?」

「もうアプリとかゲームの類で定番だもんね。私はフェンリルをもふもふしたかったですが」

「…………………………シノブ、フェンリルのでかさ知ってて言ってるんだよな?」


狼系の神魔であることしか、オレは知らない。


「でも信奉している人がいくらかでもいれば、存在自体が消えたわけじゃなんだろ?」


それは宗教として当然の疑問だった。

しかし、北欧神話に限ってはそうでもないらしい。


「北欧神話は唯一、神々の世界の終焉まで予見されている神話だ。神々の黄昏(ラグナロク)が起こったところまで伝えられているから、まぁ、可能性は低いと思うぞ」

「ラグナロクって……」

「あ、お前ー」


にや。

とダンタリオンの顔前面に、嫌な笑みが浮かんだ


馬鹿にされる予感。


「まさか、武器だとか思ってないだろうな。ゲーマーでもないくせにラグナロクが最強の剣だとか」

「お前こそなんでそんなことまで知ってんだよ」

「だから人間の伝聞なんて当てにならないんだよ。バハムートが竜王とか思ってんじゃねーの? あれはな、魚だぞ」

「!」


日本全国の、ゲームユーザーが仰天しそうな事実だ。


「なぜかバハムートは日本じゃ、西洋風のドラゴンで描かれるからな。ドラゴン的に言ったら、後世のリヴァイアサンの方がずっとそれっぽい」


リヴァイアサンはどうやら、イメージに近いようだ。

巨大な蛇竜というか、海の悪魔であると説明される。



「公爵質問ー。リヴァイアサンは見られますか」

「それ、人間界に出てくる時は世界の終わりだって言われてるから、さすがにオレは来てほしくないぞ?」


日本が沈没するだろ。


というか、東京は湾岸だからまっさきにやられる場所の候補だ。

さしものダンタリオンも巨大生物を相手にはしたくない様子。


「そういう意味では北欧系はでかいのが多いからな。巨人族が神族と対立している時点でもう、大地が割かれる大戦争の予感だろ」

「名前はよく聞くけど、肝心の神話自体知らないやつの方が多いと思うぞ」

「私も全部は読んでないなぁ……世界樹(ユグドラシル)を中心にした世界観は好きなんだけど」


また、ありがちな単語が出てきた。

しかし、まだ文学的な(?)話の段階だ。

一木のような中二病患者がいなくてよかった。


絶対に、収拾がつかなくなる。


「物語性が強いからな。そういう意味で、ギリシャ、ローマ神話は創作性が高い」


そうなのか。


オレは欄外にはじかれているそのふたつの神話の名を見た。


「ギリシャって哲学者多かっただろ? なんでかっていうと、神様があまりにもだらしなかったから、人間が自分で人生について、世界の真理について考えだしたって話」

「何それ、オレ、ギリシャ神話よく知らないけど、そんな感じなの?」

「私が知ってるのは全能の神ゼウスは両刀使いでよく、美少年とかも攫って、奥さんのヘラはものすごい嫉妬する女神とか」

「人間性ありすぎて怖いだろ!」


むしろ、負の側面しか見えてこない。


司さんがこれらの話をどこまで、知っているのか。

あるいはすでに聞き流しているのか、全く表情からうかがい知ることはできない。


……が、忍がこれなので、多分、森さんがそれなりにこんな。

イコール司さんも知らないことはない、みたいな構図は最近、見えてきている。


「北欧神話が終焉に向かうシビアなイメージに対して、ギリシャ神話は享楽的な感じがする」


確かに神殿跡とか見ても、にぎやかで華やかだったんだろうな~みたいな、雰囲気は伝わってくる。

北限の極寒の地と、地中海に近い温暖な地。

気候や生活環境も関係しているのかもしれない。


「お国柄は出るんだよ。で、だ」


ダンタリオンが仕切りなおした。

もう一度、これ見ろ、と書いた紙を示される。


「見ての通り、世界の六割が実質たった3つの宗教で占められる。仏教は、とっくに日本に馴染んで神魔の類は姿を現さないだろ?」


その辺りがふつうの日本人には曖昧なのだが、日本に強く根付いている神様たちは姿を現していないということはわかる。


「そうすると結局、頻繁に姿を見せるのは、オレのとことインド系になるの。わかった?」

「また、ターゲットをオレに絞る……」


しかし、大分遠回りをしたが初めの質問に答えてくれていたのだということは分かった。


 故に、オレは悪くない。


と。


「特に世界中で好き放題やってるのは、魔界の対抗勢力だからな。当然、魔界の注目も、最後のリゾート地であるこの国に、集まるわけで」

「わかった。それ以上は頭が痛くなりそうだからやめてくれ」


つまり、神様もたくさん来てるけど、潜在的にはオレが思っているより更に、魔界からの来訪者が多いということで。


「というか、リゾート地っていうのまずやめろ」


逆に、観光目的なら仕事は増えないので、そう考えればいいのか。


観光で来る神も悪魔も、みんな割と良心的だ。

大分前にも思った気がするが、みんなでこの資源を守りましょうみたいな意識なんだろう。



「勢力として大きいと言っても、所詮つぎはぎだからな。シノブの言うように、悪魔の中には異教も息づいてるわけで」

「で?」

「だから一括りにしないで、見てみろってことだよ」


もう割と良しにつけ悪しきにつけ、そういった存在を見てしまったオレとしては……



どこで、括ったらいいのかすでにわからない。



「ほら、サイン入れてくれてやるから、勉強しろ」

「いらねーよ」



とりあえず、細かいことは忘れた。


人には向き不向き、そして役割のようなものがある。


そういう細かいことは、忍が覚えているだろうから大丈夫だ。




オレは、休憩に立ち寄ったことを思い出して、頭の中をリセットすることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る