悪意漂流編

1.少年の拾い物

きれいな小瓶が、その浜に流れ着いた。

きちんと栓もされていて、投げ捨てられたゴミにも見えなかった。

今どき、手紙でも入れて流すロマンティストな人がいるのだろうか。



少年は、何気にそれを開けた。



* * *



「最近……妙な事件が続いているんですが、公爵、何かしていませんか」


珍しく。

司さんからダンタリオンに声をかけた。

内容は仕事がらみなんだが……


「何かしてるってなんだ。何か知らないかの間違いじゃないのか」


そこはもう信頼を失って久しいところなのでお前が悪い。

司さんの態度もある意味、容赦なくなってきている今日この頃。


「失礼。何か知っていませんか、でした」

「そこで『っ』を間違えて言いそびれるとかふつうにないからな」


むしろその間違え方は難しいだろ。

雨の日が続く昨今、今日は少し晴れ間も出ているがまた雲が出てきて風は涼しめだ。

司さんの表情も、どこか涼しい。


あまり、相手にしている風もないのが少し気になった。


「司くん忙しいなら、先に戻った方がいいのでは」

「うん、ここにいても時間が無駄に過ぎていくだけだから」


空気を読んだのか、忍に続いてオレも同意する。

あ、こいつら! と非難の一端が上がるが、最近、ここへ来るとほぼ茶飲み状態なので、暇な時はいいが忙しい時は、全員結託して帰る選択をした方がいい時もある。


いつまでも振り回されているオレたちではない。


「大体、妙な事件ってなんだ? お前が聞くくらいだから神魔がらみではあるんだろうが」


ちらと見て、司さんは隠してもしょうがないと思ったのだろう。

少し、間があってから、それに応えた。


「えぇ。事件としては小物で最初は万引き、窃盗の類から一般警察が管轄していたんですが、どうも違うようだとこちらに回ってきた案件があって」

「違うようだ、って何か関連性があるの?」


と、これは忍から。

疑問は好奇から来ているのか、話の延長なのかは定かではない。


「犯罪が爆増した地域があって、そのどれもこれもが全く関係ない軽犯罪なのが逆におかしいと」

「つまり、人間の同一犯にしては一貫性がなさすぎるってことだな?」


頷いて肯定する。


「それくらいの案件だと、司くんが出るほどじゃない気もするけど、何か引っかかってる感じだね」

「あぁ。実は犯罪の重さが上がってきている気もする」

「しっかしなぁ、もし悪魔ならそんなせこい真似はしないと思うぞ」


力があるが故に、万引きから始まる軽犯罪とか、まず確かに考えられない。


「……ベリト様の例がある」


忍が表情を変えずに、というか嫌な可能性をみつけてしまったとばかりに低く言った。


「まさか、日本で人間社会の犯罪を体験してみようツアーなんてものは……」

「「「さすがにないだろ」」」


残る全員がハモって否定した。

これにはオレ以外のふたりにはきちんと根拠があるようで、すぐにダンタリオンから反論があった。


「何のための誓約だよ。そういうのもきっちりダメって書いてあるの。あとそんなことをする小物はオレの管轄じゃない」

「それは小物案件は、大使としても放棄すると言っているだけでは」

「忍にそう言われるとありそうで怖いんだが、確かにさっきの公爵の発言には一理あるように思う」



この国に来られるような、高位神魔はそんなせこいまねはしない。

これは経験と、もうすでに出来上がっている制度上から来る判断だ。


体験以外の誰得だよということになる。


「そうですね、病気でもない万引きなんて、高校くらいの奴が度胸試しでするとか、そういうイメージですよね」

「万引きも犯罪です」

「そこは真面目に返さなくていいから」

「なんだとー? 本屋さんは薄利多売なんだよ、一冊万引きされたら何冊売らないと元が取れないと思ってるんだ!」


さすが、情報部だけあって本にはひとしきり愛着も注いでいるらしい。


「ただでさえ、電子化で本屋さん大変なのに、万引きでトドメとかない」

「転売目的で後を絶たない犯罪ではあるが、とりあえず、問題はそこじゃない」

「神魔がそんなことしても意味ないもんね」


司さんに言われて、確信犯的な忍は話題をちゃんと元に戻している。

そもそもこの国に来る神魔というのは、お金に困らない。

金持ちが来る、というよりも彼らの持つ資源……


つまり、金だの宝石だのの他も、人間にとって珍しいものは大体高価にさばけるので、そもそも金目的の犯罪をする必要自体がないという事情がある。


むしろ、今まで輸入に頼っていたものは神魔の方々が提供してくれているので、逆に盗っていくというのは、言われてみればおかしな話だ。


「聞いてると、やっぱりなんだか普通に人間っぽいね?」

「……忍」


司さんが、何か少し考えこんでいたようだったが、ふいに真顔で忍を呼んだ。


「行為がエスカレートしているんだ。動物虐待を通過して」

「……何ーー!?」


本日二度目。

忍は、本の中身というより、本そのものが好きな気がするが、動物は更にそれに勝る。


というか、人間が忍の中ではおそらくアニマルな存在に埋没しているか、それ以下という扱いだということは、この付き合いになってから知った。

……人間を見下げているというより、動物が上位に来ているという感じなのが救いだが。


「何されたの!? 被害者は猫!? 鳥!!?」

「お前、そのテンションはいつにない」

「人間が殺されたら警察は動くけど、動物が傷つけられても警察は動かない」


うん、神魔に対してじゃなく、大抵の存在にボーダレスだな、お前は。


「ペットなら器物破損だから一般警察が動くが」

「それがおかしいよね。器物って何。命に対して器物って」

「へぇ~ シノブは人間が殺されるより動物が殺される方が嫌なタイプなのか」

「人間については言及していません」


きっぱりと振り返って断る。

むしろその様が、今、人間どーでもいいから、みたいになっている。


「司くん、続き」

「猫も鳥もやられているぞ。野良かペットかはわからないが。次あたり学校で集団飼育されている小動物に行くんじゃないか」

「その犯罪の起こっているエリアは」

「江東区」


釣れた。

忍が釣れた。


司さんが、まさかの釣りに出た。


ちょっとない光景なので、思わずオレは聞く。

ここは小声になるべきだろうか。心持ち、潜めながら。


「司さん……いいんですか」


オレから見てもわかるくらいだから、ダンタリオンはもちろん、忍自身も気づいてはいるだろう。

そして、事実としか言いようのない答えが返ってきた。


「大丈夫だ。本人も承知の上だろうし、俺たちには小物過ぎて追いきれない案件で」


今のは立派な、やりとりだったらしい。


「どうしようかと思っていたところだ」

「………………確かに細かすぎる作業って、ちょっと嫌になりますよね」


事件は現場で起こっている。

そして、割と大物を相手にすることを想定されている特殊部隊は、ちまちまとした犯罪をしらみつぶしにするには、向いていない。


「そういえばお前はペットとか、あんま興味ないの?」


大抵の在日神魔はペットを有しているが、ここでは見たことがない。

言ってから、緑の色づく広い庭を、思わず窓の外から一望して探してしまう。


「ないな。動物なんて、悪魔には生贄でささげられる筆頭だし、……留守の間、世話できないだろ?」

「つっこみどころ多すぎて、どこから突っ込んだからいいのかわからないんだけど」


生贄とか言いながら世話を気にしているところか、

結局、あちこちで遊び放題というところなのか、


留守中くらい、世話なんて執事とかにさせればいいだろ


というそもそも論なのか。


その間に許すまじ動物虐待、みたいな感じになっている忍は調査協力を司さんと組んでいる。


「……そうと決まったら、私は帰る」

「え、もう?」

「情報収集に入るから」


本来は外交の仕事は一緒に来た人間は、揃ってその場を出ることにいなっている。

が、ダンタリオンのところは今更なのでさっさと出ていく後ろ姿をその日、オレはただ、見送った。

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