2.いつもの仕事で
「……あいつ、動き出すと早いですよね」
「半ば趣味と性格だからな」
やりだすと徹底的にやるタイプだ。
ただし、趣味に関しては、ものすごいスタートダッシュだが、自分が満足するとそこでいきなり終了になるタイプでもある。
「オレの力は必要か?」
「いまのところは」
不要らしい。
「だが、あのいい方だともう動物虐待は通り過ぎてるんだろ? あとで必要になるかもしれないな」
「できれば必要ないうちに片づけたいですが」
いい加減、ただの日本好きではなく能力的に情報ツウなことはわかってきたので、利用できる時は利用するのもお互い様と思っているのか、ダンタリオンは機嫌良さそうに協力的な笑いを放っている。
「通り過ぎてるって」
「ツカサは虐待を通過して、と言っただろ? もう人間がターゲットになり始めてるってとこか」
忍がそこに反応したから聞き流したが、確かにエスカレートしているとは言っていた。
もちろん、忍はそこは承知しているだろうが……
「それって……大丈夫なんですか」
オレは思わず聞いた。
何が? という感じで見返してくる司さんにオレは生ぬるい笑みを返す。
「あいつって、割と実地も調べる方ですよね」
「…………」
司さんにしてみると。
情報局の情報を、片っ端から当たって推論をいくつか出してもらえればいいといったところなのだろうが。
その可能性は失念していた模様。
「あー、通り魔的にやられる可能性があるなぁ。ツカサ、お前の不用意な一言で、罪もない民間人が……」
「すごい語弊がある感じだけど、嫌な攻め方やめろ!」
「それはあとでよく話す。場合によっては派遣申請を出して、合流してもらうことになるからな」
この短時間の間に、随分話が進んでいたようだ。
あまり情報が多岐にわたるとまとめる人間と、結論を出す人間が役割分担をしないとならないのは確か。
そして、忍はまとめた上で、数々の推論を出すのが得意だ。
「ま、お前とシノブなら大丈夫だろ」
「なんでオレを見るんだよ」
「ツカサ、その事件本部のマスコットとかいらないの?」
「だから、なんでオレを見るんだよ」
事件でマスコットとか意味がわからない。
要するに、オレも巻き込んでほしいようだが、今回は完全に「事件」なので管轄外なのは明らかだった。
* * *
江東区は、観光スポットとしても有名なお台場や、市場の移転で有名になった豊洲など、何かと内外に知られる街だ。
かつては夢の島と呼ばれた埋立地も存在し、今はすっかりどこもきれいな憩いのベイエリアとなっている。
路線もそうだが、沿岸は割と新しい街でもあるので、そういった小奇麗さが好きな神魔たちが館を好んで建てる場所でもある。
「さすがに水の神様だ……やっぱり水辺が好きなんだな」
「水の神様っていうと海というか、湖沼なイメージもあるけどね」
今日は、アパーム様という、インド出身の神様のところへ行ってきた。
最近、この臨海エリアで何か荒れているということ。
どうやら在日する神魔のヒトたちも何か勘づき始めているらしい。
事件は外交の管轄ではないけれど、先方からそんな危惧を受けて呼ばれてのそんな情報提供だ。
今日は司さんもおらず、しかし、忍の方は話を振ってみるとここぞとばかりに、珍しくあちらから手を挙げてきた。
「アパーム・ナパート様、といいましたか。見事な御殿でしたね」
「お台場であるのをいいことに、若干景観的にはインド入ってたよね」
と内湾から風に乗る潮の香りを嗅ぎながら、軽く話す。
アパーム様は水がきれいだと、日本を気に入っていて割と在日歴は長い。
しかし、今日、特殊部隊から同行してくれた浅井(あさい)さんは、初めての公館護衛任務だったらしく、嬉しそうというか……
感無量という感じで、なんだか少し、笑顔の頬が上気しているようだ。
きちんとしていて、礼儀正しそうな人だ。
この人は、司さんと同期……つまり、特殊部隊の「初代」メンバーであるらしいが、司さんのようななんとなしの隙のなさはなく、かといって初期に同行していた他の面子より落ち着いている。
それもそのはず、初見で穏やかな感じはしたがこの人は特殊部隊の、司さんの副官だった。
「浅井さんは、立場上こういうところに来てもいいと思うんですけど、そうでもないんですか?」
「えぇ、巡回もしますが内勤が多いかもしれませんね。司さんが出る機会が多いので」
………………。
「二人して抜けていると緊急時に手が回らなくなるので、なるべくシフト調整はしていますが」
オレが最近、司さんを専属のごとく指名入れる余波がこんなところにも来ていた。
何か、すみません。
「でも、今日は副長自ら来てくれたっていうのは……やっぱり、最近の事件のせいですか」
「えぇ、司さんが自分は行けないから着いて行ってやってくれと。……隊長はずいぶん、お二人とご懇意のようですね」
「付き合い長くなってきたからなぁ」
しみじみとオレ。
人当たりが良さそうだが、副官を務めるということは腕はそれなりに上だろう。
あと、司さんの一番近くで働いている人が
本当にまともそうな人で良かった。
とオレはかみしめている。
「浅井さんは今日は、一日の予定で?」
忍が聞いた。
「神魔の公館訪問は時間が図れないので、大体そういう扱いですね」
人間側からこの時間で区切れよ、とはいいがたい立場である。
最も、礼を払って話せばわかるヒトの方が多いのも実情だが。
「普段は、中心部の巡回でしたよね。海浜なんてあんまりこないでしょう」
機嫌が良さそうな忍。
さぼりの予感がする。
「巡回は気を配りますから、こうやって歩くのもたまにはいいものですね」
「もうすぐ夕暮れだし、じゃあ少し寄り道していきませんか」
「寄り道?」
と首をかしげる浅井さん。
生粋の日本人、といった黒いストレートの髪が涼しくなってきた風に揺れている。
「食事でもしてく?」
「公園行きたい、公園」
「お前は何歳だよ」
といいつつも、通りすがりなので小さな公園を散歩がてら歩く。
ちょうど夕日が落ちる頃で、街灯もぽつぽつとつき始めた。
「公園っていっても、プレイゾーンとこういう場所は別。秋葉、何か遊具のある公園と勘違いしたでしょ」
そう言われつつたどり着いたのは、丘の上にある湾沿いの緑地公園の先。
夕日の沈みかける景色の開けた場所だった。
ライトアップの始まったレインボーブリッジが一望できるベンチに、腰を掛ける。
「新しく整備された場所には、こうやって自然を生かした公園も多いですよね」
と浅井さん。
淡い残光が瞳を細めて見る横顔を、夜の時間へ向かいながらも照らしている。
「屋上の緑地化とか、ベランダガーデンとか。都市と自然の共存も進んで、行きついた先が神魔との共存て言うのはね」
笑いごとにしている。
実際、忍にとってはその延長くらいの現象なんだろう。
何せ、異教の神様方は、大体、自然の化身のような存在が多いからして。
「確かにこうやって、緩む時間も必要だよなぁ」
「秋葉は割と緩みっぱなしでは」
「あのな、オレだって人並みに仕事する時は緊張しますー ……外交終わったら即、息つくけど」
自ら告白すると、それが正解だと言われた。
言った忍と、浅井さんを見ると軽く笑っていた。
浅井さんは仕事上警戒を怠らないようにしないとだし、忍は割と常に気を張っているから、こういう時間も大事だと、逆に知っているんだろう。
なんとなく納得してしまった。
そんなふうに、三人して暮れていく夜景を眺めていた、その時だった。
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