EX.始めの接触者×2(5)
ダンタリオンは相変わらず、悪魔らしい巨大な姿で腰を折ってそれを見下ろしている。
「お前ら……」
びくっ、と三人の肩が跳ねた。
「オレはな、こいつと初めて会った時もこの姿だった。周りは壊れかけたビルに瓦礫だらけ、曇天、天使狩りの真っ最中。人間とは何人も遭遇したが大体お前らと同じ反応だ。……わかるか?」
わかんねーよ。何が言いたい。
しかし、三人は気圧されたように、はいぃ!と声をそろえて答えている。
「オレは神魔としての初めの接触者。相手の人間を別に選んだわけじゃない。が、何人も遭遇しながら話を聞いたのはこいつだけだった。その意味は?」
「……」
恐縮しすぎて話にならない様子。
「意味も何もお前が話しかけてきたんだろうが! 天使の腕とか投げつけてくるし、最悪だろ」
「……その最悪の状況でお前、よくオレの話聞いたな」
にやり、と大きなしわがれたような口角に、巨躯の悪魔は笑みを浮かべた。
「聞く以外の選択肢がなかったの! そのあとはなおざりだし、別にオレだって好きで初めの接触者とかになったわけじゃないんだぞ」
「選択肢はあっただろう。例えばこいつらのように、逃げる、悲鳴を上げる、助けを乞うetc」
「いや、そんなことしても殺されるのがオチだし、あの時は無駄なことしようと思わなかっただけで」
考え込むオレ。思い出すが、やっぱり他に選択肢はなかったように思う。
人間一度冷静になると改めて悲鳴とかあげるの演技力いるし。無理だよな。
ふと、視線を感じてそちらをみる、と正座をした三人が一様にオレを見ていた。
「……」
なんだろうか。
「秋葉ーブラシ壊れた」
「これ使えば?」
お願いされていたグルーミング用のブラシを忍に渡す。
というかお前はまだブラッシングしていたのか。
そんなオレの背後から相変わらず視線。
「えっと……何か?」
三人揃ってぶるぶると顔を振った。
くっくっくと、ダンタリオンが笑いを漏らしている。
「つまりはお前らは、オレの姿を見て逃げた。接触者にすらなり得ない。いいか、人間側の接触者を愚弄するのはそれらを探し求めた我が行為を愚弄するも同じこと。己が身をわきまえるがいい」
「もっ……申し訳ありません!!!」
ものすごい気迫を一瞬ゴッと吹いた風が……演出だろう。中庭の草原を渡っていった。
いつのまにか、空は晴れて日向が気持ちいい。
目の前の三人はそれどころではないようだが。
「お前、いつまでその姿でいんの?」
「こいつらが反省するまでだな。こんなにひいひい言って悲鳴を上げるやつらが接触者をバカにするとか、三年前に戻って自分がやってみろということだ。当然、天使がいつ来るのかわからない状態からスタートだ」
「申し訳ありません! 自分らには無理です!」
「ほら見ろ、認めたぞ」
あーあの時は、もう日本終わりだと思ってたからな。
天使に会ったら終わり、なんかよくわからない悪魔みたいなのにあったら終わり、そういう気持ちでないと外出できない時期だったし。
懐かしい。
懐かしいと思えるくらい、平和だ。
「もういいだろ? 別にオレ、特別なことしてないし。諦めがよかっただけだし」
それを聞いたダンタリオン。
しばし沈黙をしていたが……
「まだたったの三年弱だぞ。こういう平和ボケしたやつらが足の引っ張り合いするのが一番腹立つんだよ。あと、お前ののど元過ぎれば具合に呆れた」
ようやく、もとのヒト型に戻った。
「……喉元はともかく、腹にたまってたものは全部なくなった感じだからオレはもういい」
「お前のためにやったんじゃねーの」
「はいはい」
今日は呼ばれてるのは三人であって、オレは魔獣の世話を頼まれたのでそっちに行くことにする。
さっきので本当に襲う気はないのはわかったし、だが、忍ひとりでは今、まさに潰されそうな状態に陥っている。
「重い……肋骨折れる」
「牛に踏まれたらどかすまで動くなってお前から聞いたことあるけど、どうしたら!?」
「どいてくれる前に肺がつぶれる」
とりあえず、気を引いてみることにする。
執事の人がそっと、猫じゃらしのようなおもちゃをくれた。
いや、これオレ、猫パンチされたらおもちゃごと吹っ飛ぶから。
せめて魔獣用の大きさで頼みたい。
「わかったか、ガキども。オレらの側にも、人間側にも時機や相性、めぐり合わせがある。あいつは実際、お前らが今対面した『悪魔』を相手に話をした人間だ。お前らにはそれができなかった。下らないひがみ根性で突っかかるうような性格は、外交官失格だぞ」
「わかりました……」
「すみません……」
言われた通り魔獣の相手をしているオレたちの後ろで何やら、ダンタリオンがえらそうに説教をしているようだ。
ヒト型になったせいか、三人の態度から恐怖は消えていた。
目で見える効果ってすごいんだな。
「わかったら、向こうの庭園の草むしりをしてから、休んで帰れ。茶くらい出してやる」
「はい……」
「ありがとうございます」
なんか、三人ともいろんな意味で泣きそうなんですけど。
「茶を出してやるとか、けっこう気を使ってやってるんだな。オレにもそれくらいおもいやれよ」
「いつも茶は出してるだろ。それに馬鹿言うな。あのままただ返したらオレが悪人みたいじゃねーか」
印象操作かよ。
「今日の公爵は、先生みたいだねぇ。……廊下に立ってなさい、って言ってほしかった」
「今時廊下に立たせる先生とかいるの? 授業受ける権利侵害されたとか言って訴えられそうじゃね?」
「ありうる」
そんな話をしながら、オレたちは素直に従者のヒトに連れられて庭園の方に行った三人の背中を見て、エントランスに向かう。
「あ、この子は?」
「よく見てみ」
言われて振り返る。と、魔獣の姿はなかった。
代わりにあったのは
「みにゃ~」
鈴をつけた小さな黒猫の姿だった。
「あっ、これ」
「幻術で大型化してたのか!?」
「そういうこと」
…幻術なのに、ブラシがぶち壊れたのは一体……
ささやかな。
忍の疑問を遺して、くだらない肩書で嫌がらせを受けることは以来、なくなった。
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