背反択一編

序章ー悪魔ふたり

これはまだ、少し先の話。

魔界の大使館こと、ダンタリオンの邸宅。その一室で悪魔ふたりが会話をしていた。


「純粋だからこそ、強く確執が深い」


一体誰のことなのか。もはや事は起こり、収束していた。

その先の未来。


「あの子のねじ曲がった奥底にあるのは、深く濃い虚ろだ。闇ですらない」


静かにそう言ったのは、アスタロトだった。伏せた瞳のその視線の先には、乱雑に書類が広げられたマホガニーの大きな執務机がある。


「闇はオレたちの専売特許だろ。一緒にしてほしくないな」


それらを確認中だったダンタリオンは、書類を脇に寄せるとその上に肘を置いて、組んだ両手の上に、自分のあごを乗せた。


「珍しく意見が合うね、同感だ」


大分陽気は暖かくなってきたが、日差しは明るくはない。むしろ暗めの部屋で、向き合うのは悪魔ふたり。


「もっともボクらのような上位魔が好むのは、むしろ善悪問わず純度が高く、純粋なもの……愛で方はそれぞれだけどね」


アスタロトの声は、ひたすらに静かだ。


「気持ちの悪いことを言うな。お前は何か愛でたことがあるのか。眷属も作らない、魔界にも持ちからえらない、むしろ人間界何千年ふらふらしてんだよ」

「ボクは何かを檻に入れて鑑賞する趣味はないし、手間のかかるものは持ちたくない。君だってそうだろう。好き勝手にやるだけだ」

「まぁそうだな。拷問とか趣味じゃないしな」

「………………言っておくけどボクもそういうのは全く好ましいと思わないからね」


愛で方の問題だろう。ダンタリオンが悪魔らしい問題発言をしている。


「なんだ? ひっかかるところでもあったのか? 愛で方はそれぞれなんだろ。そいう輩もいるってことだ」

「……まったく、ボクらは人間そっくりだね。時々呆れるくらいに」

「人間は平気で同族の首ちぎったりしねーよ」

「するだろ。安定した文明的な社会下ではなりを潜めるけれど。戦争に発展すればわかりやすい」


それは原始的な本能であり、闘争の仕方でもある。

それが、現代の科学力によって範囲を世界レベルにまで拡大する。

直接手を下さなくとも、遠い地にいる数万の同族の首を引きちぎることができるのだ。


世界は、ある意味かつてないほどに、狭くなっている。


「オレたちほど良心の呵責なく殺し合いにはならないだろ」

「悪魔が良心とか」

「襲ってきたやつを笑って吊り上げるような余裕は持ってないっていってんの。それができる人間は、気が狂っている」

「ボクらはそれを正気でやるからね」

「決定的な違いだな」

「生きる世界が違うんだ、違って当然だろう」


そう言ってアスタロトは前言を撤回した。

自分たちが人間に似ているのではなく、人間が多様な悪魔たちが持つその一面を、多分に持っているのだ、と。


「にしても、純度が高く透明なもの、か。結局天界の奴らと同じじゃねーか」

「違うね。彼らは単純に純度が高いものを好む。ボクはそれじゃつまらない。そこに緻密さや複雑さが加わってこそ、面白いと思うわけで」


高位の悪魔は自分なりのルールやこだわりを持っている。故にアスタロトの答えは早かった。


「あー確かにな。ただの玉より、複雑に入り組んだ文様が描かれているようなもんの方が興味はひかれるわな」

「そういう生き物なんだよ。そんな意味では、秋葉はボクらより天使に好かれるかもね」

「………………それ、あいつに言ってやったら? 断固拒否すると思うぞ」


アスタロトが「それ」を知っているのかどうかをダンタリオンは知らない。

実際、エシェル・シエークルという「人間」は、確かに秋葉を始めとした馴染みの人間たちと懇意になっているようだ。

それが今の話と繋がるのかどうかは疑問なところであるが。


ともあれ、他の誰かたちよりは複雑ではないと言われていることには間違いない。単純と言っていいか?


「じゃあ君が好いているといったら? 断固拒否られる未来がボクには見える。時間見なんて使う必要性もないくらい確実に」

「……気持ち悪いこと言うなよ。せいぜいがお前も『お気に入り』程度だろう」

「ボクの場合は『お気に入り』か。悪くないね。人形(ドール)なんていいかもしれない。……動くやつ」

「ホラーかよ」


「ニンゲン」がいる時とは、全く雰囲気を異にする会話が続いている。


「言ったろう? ボクはつまらない物事に興味はない」

「悪魔だったら大体そうだろ」

「日本には蓼食う虫も好き好きって言葉があってね」

「どういう意味だよ」

「説明してほしいのかい?」


皆まで言わないのはいつものことだ。わかるので、代わりにため息をつくダンタリオン。


「そういう意味じゃない。まぁ、お前にとっても現状、嫌われるより気に入られる方がメリットだろ。せいぜい手を貸してやれよ」

「気が向いたらね」

「魔界に帰る気ゼロって感じだな、相変わらず。……そろそろパスの期限切れるんじゃないのか?」

「分かってるなら早くサインしてくれないか。もともとそのためにここに来たって、最初言ったよね? これ以上ボクの時間を割かないでほしいんだけど」


そう、ダンタリオンの執務用の机の上にはすでに、そのための書類が置かれて久しい。

申請と、許可を兼ねたその用紙。


「どっちが話しかけてきたんだよ」

「君がサインすれば終わる話だ」

「はいはい。……滞在延長許可、な」


ダンタリオンはようやく書類にペンを滑らせる。


アスタロトはそれを自分から手に取ると、ちらと確認してから背中を向け、ひらひらとそれを肩越しに振ってみせる。


「君の言う通り、機会があったらもう少しだけ手を貸してあげるよ」

「それは『面白いから』じゃないのか?」


カチャ


背を向けたままドアノブを回し、部屋を出ていく。

姿を消すその直前に一度だけ、アスタロトは顔だけで振り返ってにこりと微笑んだ。


「さぁね」


パタンと扉が閉まって、再び静けさが訪れる。

残ったダンタリオンはただ、小さくため息をついただけだった。

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