1.忍のお願い
「秋葉さん、お願いがあるんですけど」
「お前さ、お願いはいいけどそれするとき敬語になるのやめてくれる?」
急に敬語になられると違和感というのもあるが、何をお願いされるのか、必要以上に身構えてしまう。
本人には至ってそんな気はなく、本当にお願いなので礼を払ってみましたくらいの言動なのだけれども。
……一方で、その場の空気でただそういうこともある。
「なんで」
「怖いから」
「……人がまじめにお願いすることがあるというのに、その言い草」
あ、まずい。これ本気のやつだ。
話の途中ではなく、切り出しがそれで、返すと渋い顔をする。
どことなく顔色も悪い気もするし、これ下手に茶化すとそのまま「やっぱりいい」って抱えこむやつだ。
でもそんな話をオレにしてくるとか一体どういう……
オレは聞くことにする。
「悪かったよ。そうじゃなくて、普通でいいっていう話」
「普通……」
普通というものが何なのか、考え始めてしまった様子。
「ていうか、お願いなんかオレからいつもしてんだろ、なんで一方通行みたいになってるわけ。オレ、そんなに人のお願い聞けない人間?」
「そうじゃないんだけど、慣れてなくてつい」
日頃のスペックが高いだけに、人として楽に生きるための割と重要なことが不器用な件について。
「それに、なんていうか、ちょっと私的には気が乗らないというか」
珍しい歯切れの悪さだ。
「いいから、話してみ?」
「本須賀葉月さんから、お誘いがかかったのですが、秋葉も一緒に来てもらえませんか」
「……………」
再び敬語。
オレはその意味を悟った。
「断ったら?」
「泣く」
泣くっていうか、本気で胃を悪くしそうな顔してんぞ。
「本須賀かー。それ、ふつうだったら即答で断りたいところだけど、お前ってたまに本須賀に街で会うとお茶とか誘われてたんだろ?」
「どこで聞いたの?」
「この間、護衛がまさかの本須賀だったんだよ。あいつが猫派じゃなくて犬派だとかどうでもいいことがわかったくらいだったけど、本人がそう話してた」
あの時の話だと、そんなに頓着しないで顔を合わせていたようだが……違ったのだろうか。
オレはもう二度とあの沈黙の空間には居合わせたくないと思い出しつつ、忍の顔を見ると若干困惑して見えた。
「実は無理してたんか?」
「いいえ」
だから敬語やめようよ。
「単に街で顔合わせて、なんか話したいとかそういうレベルの話だから別にそれは平気だったんだけど……」
「だけど?」
「『重要なお話があります』」
忍は受け取った手紙でも読み上げるかのように、そう言った。
「って、連絡があって……内容分からないんだけど、なんか」
「何それ怖い!」
「私も怖い。だから秋葉に一緒に来てほしいと思って」
「なんでオレなの!? もっと頼り甲斐……っていうか、反論くらいできる人選べよ!」
自分で言ってて何だが、あいつ相手にお役に立てる気がしません。
「それ、誰?」
「え」
逆に聞かれて考える。
司さん……は、謝罪したとはいえ、おそらく「重要なこと」となれば互いに警戒対象になりそうだからアウトだろう。
森さんは部外者だし、エシェル連れてくのおかしいし、ダンタリオンとか関連性皆無だし、ってか、同行していいよって返事してくれそうな人って言ったら……
「オレか」
いや、反論できる人間ってとこじゃなくて。
同席しても差し支えなさそうな人間と判断されそうという意味で。
長い考えるための沈黙で結論に至るまでの経緯は悟ったのか、忍はつっこんでこない。
「もちろん、一人で会ってもいいんだけど、なんか嫌な感じがするんだよね」
「嫌な感じか……特に根拠は?」
「ないんだけど。強いて言えば『重要なお話をするほどの間柄ではないこと』かな」
すると、本須賀が何か嗅ぎつけてきた恐れがある。
オレは、先日の同行時を思い出した。
詮索するくせがある、と言っていなかっただろうか。
しかもあれは無意識のようだった。
意図があるにせよないにせよ、今の忍には詮索されると困ることもあるわけで。
「確かに……お茶するっていうだけでも驚いたのに、いきなり重要な話って言われてもな」
「特にこっちが探り入れたいことはないし、というか聞きたいことは大体お茶するときに聞いてるし」
そういうとこ、お前凄いよな。
たぶん、ナチュラルに聞きたいことを聞いてるだけなんだろうが。
「例えば?」
「特殊部隊の内部事情とか」
「……それ知ってどーすんだ。司さんから聞けよ」
「視点が違うとまた違うこと知れるし、なんか葉月さんは人のことやたらと気にしてるみたいでどういう人がいるのかも教えてくれるよ」
やたらと気にするなら、あの態度は改めた方が……いや、改まったんだったか?
やっぱり現状が分からないので、何とも言えない。
前に会ったときは思ってたより軟化したようにも感じたけれど。
「あんまり興味ない評価まで教えてくれる」
「……あぁ……おつかれさま」
そこに至ってしまうと女子っぽい会話なんだろうな。
割と一方的な感じの。
「そんな時は、葉月さんの戦闘力とか霊装とかに話をふると、90度直角に折れるくらいの勢いで話が変わるから、まぁいいんだけど」
「極端だな。……で、重要な話ってなんのことなんだ?」
「詳しいことはわからない。内容は会った時に、って。どこで、っていうのも話を聞くと決めてからじゃないと教えられないって」
何企んでるんだあいつは~
全く読めない。会う場所も教えられないとか、そりゃ忍じゃなくても何だろうと不安になるわ。
忘れそうだが、ダンタリオンとか一応メンタリストだからこれ、一回相談した方がいいんだろうか。
しかしふつうに、人としての話だったらそこに相談するのは明らかに間違っている。
難しい問題だ。
「指輪のこととか何か勘づかれたんじゃないか?」
「一度聞かれてるし、そうかなとは思ったけど、違う気がする」
じゃあ忍が抱いている躊躇は何なのか。
「実は私、宮古さんにもよく捕まるんだけど」
「知ってる」
なんでこいつの周りにはそんなやつが寄っていくのだろうか。
いや、他の人間に相手にされないやつでもある意味平等に接する結果、こういうことになるんだろうが。
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