本須賀葉月の謝罪(2)ーカミオロシは誰なのか
「あんまり時間がないんだけど」
「必要なことだけで結構です」
頼んでおいてそれとは、相変わらず失礼なものいいだな。
さすがにちょっとむっとする。
むっとしたところで、言葉だけでも行動に出たら反撃されるのは目に見えている。逃げられないならさっさと用を済ませるのが正解だ。
と、思うのはそういう思考回路の忍が一緒だからで、普通の人だったら適当に理由つけて立ち去るだろう。
時間がないという適当な理由を躱されたので、躱しきれるか謎だが。
「何ですか」
忍が聞いた。
本須賀は、ちょっとだけ視線を下げて何やら考えるそぶりを見せたが、第一声を決めたのか、顔を上げた。
「白上森さん……白上隊長の、妹さんのことです」
森さんのこと。
どうしてオレや忍がそんなことを聞かれるのかはわからなかった。
スサノオの件なら、特殊部隊の間で何かしらの情報は共有されているはずだ。
それはたぶん、オレが知っていることより深いと思う。
森さんのことだと言われて、忍は難しそうな顔をする。
忍が持っている情報は、もしかしたら司さんと同じレベルくらいになるのかもしれない。
だとしても、それはおそらく森さん自身から聞いたことだろうから、簡単に話していいことではない。
そんなことはオレにだってわかった。
そして黙した忍を前に、「時間がない」という建前を看破済みの本須賀はすぐ近くの、チェーンカフェにオレたちを誘う。
……気が進まない。
だが、彼女はそこでオレたちにコーヒーを振舞ってくれた。
……忍がコーヒーを飲まない人間だと知らないゆえの残念な選択だ。
「いただきます」
むしろ文句も言わずにそれを飲む忍がえらいとオレは時々思う。
神魔のヒトたちはもっとお茶系の何かが多いが、なぜか日本人はコーヒー大好きだ。
どこかのオフィスに寄れば大体、有無を言わさずコーヒーが出てくる。
そういう思いをすると、客が来ると必ず選択肢を持たせるという思いやりができるようになるっぽい。
「でもなんで私に白上さんのことを?」
窓際のカウンター席に座る。オレは忍を挟んで本須賀と反対側。
多分、無言でコーヒーを味わって終わるだろう。
話はきちんと聞くことにする。
「あの時、彼女と一緒に来ましたよね。それで、聞いたんです。あなたが元々は白上隊長の知り合いではなく、彼女の友人だったって」
「……」
司さん本人が言いふらす話ではないだろうが、どこから漏れたのだろうか。
プライベートなことは切り分けたいであろう忍は、敢えて森さんを苗字呼びしたが甲斐はなかったようだ。
「現場で、白上隊長からあなたが例の剣を奪い、彼女に渡したのも見ていました。私たちの知らない情報をあなたは知っていた。違いますか」
言葉は選んだ方がいいと思うが、確かに忍はその役目を森さんに頼まれたのだろうから、異論はないのだろう。
ただ、返答には慎重になっている。沈黙の時間は感じられるほどに長くはなく、本須賀の方が先を続けていた。
「『カミオロシ』。人工的に不可能とされている中で、一人だけ『誰か』がそうだというのは、特殊部隊の中でも知られていたんです。でも、誰がそうかは明かされていなかった」
おそらくゼロ世代か隊長クラスの人達は知っていただろう。本須賀が知らないのは、二期生でそこまでトップシークレットを預けるには不十分だからだ。
じっと状況を理解しようとする忍とは対照的に、本須賀はさらに続けてる。
「まさか、警察組織でも、護所局に所属しているわけでもない人間がそうだったなんて……」
「『霊装は、本人が望む望まないに関わらず、選ばれる』」
忍が、簡潔にその結論を口にした。
そして小さくため息をつき、継ぐ。
「葉月さんもそれはしっているでしょう? 彼女は、葉月さんが所持している霊装と同じように『向こう側から選ばれた』。本人の意思は関係ない」
「同じじゃないです。彼女の持っているものは唯一無二の神刀です」
そこは忍にとってはどうでもいい差異だ。
重要なのは、質問に対する答え。
本須賀の質問は要領を得なかったが、要するにそこなのだと思う。
『なぜ森さんが、スサノオの力を手にしているのか』
語弊はあるが、おそらくこの表現は正しい。
「同じだよ。カミオロシだろうが霊装だろうが、自分の意志で手に入るものではないという点では」
「そんなことないですよ」
本須賀はなぜか、それを否定する。
「霊装は、相性だなんだと言われていますが結局は、意志の力に反応したものが手に入る。反映されるのは意志の強さです」
結論付けてはいるが……それはおそらく術師くらいにならないとわからないことだ。
自分の経験論だろうか。
今までの思い込みの強さから考えると、本須賀の発言の何を信じていいのかは判断できなかった。
「けれど霊装には基本的に人格はない。白上さんの場合は、スサノオという人格が出たことで、話し合いの余地ができるのではないかと思うんです」
「!」
本須賀にしては真っ当な意見だった。
話し合いが可能なら、カミオロシの依り代は森さんでなくても構わないかもしれない。
少なくとも護所局とは無関係な森さんから、それを離すことができるかもしれない。
しかし、忍はそれを否定も肯定もしなかった。
「可能ならそれがいいだろうね。スサノオが彼女の意識をのっとらずにそれが可能なら」
そうだった。話し合いにすらならなければそのまま、乗っ取られてしまう可能性がある。
むしろあの場の納め方を見てしまうと、リスクが高すぎる。
次に同じことが起こったら、スサノオも警戒するだろうしいくつか聞いた話をまとめると、まだスサノオは森さんの体になじみ切っていないようだから、それがなじんでしまったら誰かが止められるかどうか……
そんなリスクがあるから、その対話は試みられないのだろう。
「リスクがあるのは承知です。なおのこと、妹さんがそんな状況なら、術師の方々に提案することは白上隊長なら可能なのでは?」
「それはリスクの高さと葉月さんが、彼女とは他人だから簡単に言えることだよ」
「そうですよ。他人だから言います。身内だから安全を配慮するという方が、よほど公私混同ではないですか?」
こいつ。
今回に限っては司さんをターゲットにしているわけではなさそうだが、暗に危険だろうが犠牲が出ようがやるべきだと言いたがっている。
しかし。
「それで? 葉月さんはそんな話をするためにわざわざ私たちに声をかけたんですか」
忍は相手にしていない。
「……」
今度は黙すのは本須賀の方だった。
それからしばし。
「違います」
そういった。
「すみません。彼女は白上さんの妹という前に、民間人でしたね。だったらその安全は確保されてしかるべきでしょう」
何が言いたいのか、オレには全く分からない。
ただ、冷静になるようにそこで一呼吸おいて本須賀は、コーヒーを口に運んだ。
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