5.本須賀葉月の謝罪(1)ー見回り組の日常
関係者の事後処理は続いていた。
世の中不思議なもので、事件が起こると多忙になる仕事もあれば、ヒマになる人もいる。
今回も割を食っているのは警察で、特に特殊部隊は通常業務のほかに色々なことがあるからしばらくは、街角で巡回する姿も少なかったように思える。
その代わりに目についたのは、一般の黒制服の警官だった。
「せんぱーい、久しぶりです!」
アシェラト様の邸宅からの帰り路。
遠目にわかるテンションでそう手を振ってきたのは一木だった。
こいつは常に見回り組だ。
相も変わらず数人で組んで、巡回。
……何か、通常運行だ。
「忍さんもこんにちは!」
「はい、こんにちは」
基本的に、忍は挨拶をきちんとする人間には寛容だと、オレは思う。
「一木……お前はいつもお気楽そうだな……」
「あっ! なんて失礼なこと言うんですか。これでもしばらくは忙しかったんですよ? コンビニで買い食いしてる暇とかないくらい」
「普通それしちゃだめなんだよ。お巡りさんが買い食いとか、めっちゃ体裁悪いだろ!」
ヒマっていうか、さぼりと違うか。
そういうととんでもない!と反論がされる。
「お巡りさんは規則的に食事ができないくらい忙しいんです」
「……今お前、自分の発言に矛盾を感じなかったか?」
「?」
規則的に食事ができないくらい忙しいから普段コンビニ。
最近忙しかったからコンビニで買い食いしてるヒマがない。
……深追いはすまい。
「で、特殊部隊の試験は落ちたんだってな」
「……先輩。知ってます? 向こうの通りにできたファストフードのチキンサンドめちゃうまいんですよ」
「あからさまに話題を変えようと頑張っているのはわかる」
「……それを言われたらここにいるほとんど泣くことになるから、やめましょう!」
常に組になっているその後ろにいるモブ……もとい、顔見知り程度だが一木のチームは何かすでに泣いてる奴がいる。
みんな受けたのか。
「でも、前回の襲撃の時は、補給とかで回ってた人もいたんでしょ? 正直、落ちてよかったとか思わなかった?」
「それは……」
理想と現実は裏腹だ。
忍の問いに、彼らは一様にして珍しいまでの神妙な顔になった。
一般の武装警察は後方支援や付近の人を避難させる役についていたはずだが、割と多くの人間が現場のすぐ近くに配置されたのには違いない。
「一木、お前も見た?」
「見……ました。天使も、ビルが崩れるのも」
先ほどまでのテンションが嘘のように、顔面が蒼白になっていた。
天使の姿は、一度街が壊滅した「あの日」。
大抵の人間が目にしている。その恐ろしさとともに。
まして家族を失った人間であるなら、忘れられるはずもない
わずかに視線を下げたその目は、先日よりもはるかにさかのぼったあの日の光景を見ているかのようだった。
「俺、最後に怪我した特殊部隊の人を病院に搬送する係だったんです」
ぽつ、とその後ろから一木の同期がそう漏らした。
「……正直酷いと思いました」
言葉は多くなかった。けれど、オレは現場にいたからそれがどういう状況かわかる。
憧れだとか、かっこいいとかそんな基準で考えていた人間には、ショッキングな光景だっただろう。
「現実感がない、なんてものじゃないよね。近くにいればいるほど」
「……」
破壊の痕跡もないほど街並みはきれいになっているけれど、倒壊していくビルを見て、映画のようだと思ったやつはいないだろう。
誰もが、黙り込んでしまった。
「あの人たちは、それだけ厳しい意識を叩きこまれてきたんだよ。そんなにはしゃいでいられないのも仕方ない」
「……すみません」
「いや、謝らせたいわけじゃないから」
それでも少しずつ、多忙さは解消されているのか、最近では白服の警官の姿も見えるようになった。
大体が、巡回も一人であるけれど。
「ほら、役割は誰でもあるし、後方支援も絶対必要だから。情報部も支援がメインだし。外交なんて実戦始まると後方支援すらできないっていうとんでも部署だよ」
「忍、こいつらを励ましてやりたい気持ちはわかるけど、オレを落とすのやめてくんない?」
「日本人は大体が、褒めて伸びる子です」
だったら、オレも褒めてくれ。
「外交は、平和な時に平和に大使のヒトたちと親睦を図るのが仕事」
「それ、オレがサボってるみたいだから。せめて情報交換とか下地固めとか言ってくれない?」
「そういえば、公爵が水道橋においしいファストフードの店を見つけたって言ってたよね」
「あ、そこオレの巡回ルート! 忍さん、教えて!」
それじゃあ交換している情報が、街のスポット情報みたいじゃないかと言いたいところだが、一木ががっつり食いついたので黙っておく。
落ち込むのが早い分、浮上するのも光速だ。
「でも最近は、特殊部隊の人達も落ち着いてきたみたいで、オレたちも見回りが通常シフトに戻って来てるんですよ」
忍がその店を教えてる間に雑談をする。
「まぁ、黒服の警官がうろうろしてるとなんか街が物騒になった感じがするし、あんまり考えてなかったけど特殊部隊の人って巡回しててもあんまり物騒に見えないよな」
「色的にパトカーを見ると、訳もなく警戒する気分な感じのアレじゃないですか?」
「……お前らそのパトカーに乗る人だろ」
その視界に、白服のコートが目に入る。
噂をすれば、だ。
「……何か怒られそうだから、行くか」
珍しくそれ以上は自粛して、一木たちはじゃあ、とどこか足早に苦笑いを浮かべながら去っていった。
その理由はなんとなくわかる。
信号が変わると歩道を渡って入れ違いでやってきたのは、本須賀葉月だったからだ。
「……こんにちは。よく会いますね」
「……巡回経路が被るのかな……?」
そしてオレも、なぜか苦笑い……というか、乾いた笑いになってしまう。
こいつには愛想笑いも礼節もあまり意味をなさない。
いきなり現れたら、本能的に半歩下がって逃げる姿勢を取るであろう。
忍が言うに、そういう本能は割と的確だから従った方がいいらしい。
とりあえず、見えていたからかろうじて普通に会話するが、できることなら従いたい。
「ちょうど良かったです。忍さんに聞きたいことがあって」
「私に?」
お前、この前ぶっ叩かれたのによく平気で会話できるな。
……忍は、仕事には厳しいが意外とそれ以外のことは根に持たない。
というか、根に持つほど関心がないんだろうが。
「……」
沈黙。
本須賀の視線はオレに向いていた。
「……あ、オレがいたらまずいなら先に行くわ」
「いえ、近江さんも知っていそうなので、一緒に話を聞かせてもらえますか」
ドきっぱり。
逃げられると思ったんだが、無理だった。
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