七福の幸(5)ー優しいニュース
「あ、五円落ちてる」
オレは足元に落ちた小さな紙が結ばれた五円玉をみつけてしゃがむ。
「痛ぇ!」
「あっ、お前か。悪い」
「ふっざけんな! 魔界の公爵が本気になって踏んづけてくんな! ってか金踏むな!」
オレの手ごと五円玉のある場所を踏んでいるのはダンタリオンだった。
「オロバスさん、いくつ取れるか競争してみます?」
「楽しそうですね!」
そっちはそっちで遊びに発展させてる模様。
「そーれ」
「そーれ」
「福はー内!」
何か今、季節外れの掛け声かかってたぞ。
ともあれ、現場はそれから10分ほど……異様な盛り上がりを見せ、サプライズのメインイベントは終了した。
誰もが笑顔だった。
多からず少なからず、誰も何も拾えなかった、なんて人はいないようだった。
つい先日、天使たちが襲撃したなんてニュースは、今に限ってどこかへ吹き飛んでいるようだった。
憑き物が取れたようなその笑顔は、七福神たちの福徳の力だろうか。
「はい、みなさん終了です」
弁天様の声を合図に、そちらを再び見る人々。
「その笑顔を忘れずに幸ある一日を過ごしてください。そして、この国にもわたしたちのような存在が、こうして根付いていることも忘れないように」
ゆっくりと、しかし威厳と慈しみを込めた声がそう伝えた。
「八百万の国の民よ、姿は見えなくても届いておる」
「わしらは、異国の神魔のように戦うことはできないが、こうして笑顔を届けることはできる」
マイクなど初めから必要なかったのか。
その声は、肉声ともそうでない音ともつかない明瞭さで、はっきりと聞こえていた。
「姿なき神々も、この国を護っておるぞ」
「目に見えないものが信じられないというのなら、我ら七福の姿を証に、今度はみなの声を届けておくれ」
口々に、七福神たちは穏やかな口調で一言ずつ、発していく。
「想いは距離を超えて伝わるものじゃ」
そして。
再び合図のように、大黒様が小槌をふるい、しゃん、と不思議な音を出した。
同時に、七神の姿は霧のように消える。
「八百万の国の民と、八百万の神がともにあらんことを」
恵比須様の声を残して、そこは刹那の静寂だけが残された。
テンションの高かった運営も、その静けさは邪魔にせずに、ただ、静かに宝船のステージを降りた。
それからようやく、事務的なアナウンスが流れ。
まるで不思議な体験をしたような顔をした客たちは、思い思いの表情で散り始めた。
先ほどまでの興奮冷めやらぬ空気が嘘のように、静かに、穏やかに。
「……これくらいのことしかできない、って言ってたけど……」
オレは……忍も、だろう。
日本の神様はスサノオくらいしか直接は見たことがないからそれがどういうものなのかわからなかった。
けれど、確実に、人の心が動いたのだけはわかった気がする。
「福を分けるっていうのは、すごく大事なことだよね」
戦う力がなくても、人の心の力になることができる。
それもまた、護る力と同じくらいに大事なことなんじゃないかと、ただ肌で感じる「神事」だった。
「……ところで、オロバスさん」
結局、結構時間がかかったのとさいごの福分けで荷物が多くなったので、帰ることに。
ダンタリオンの呼んだリムジンの中。
「取れました?」
「はい! すっごく!」
というが、大きな馬の手の中のそれはちんまりとして見える。
「ふっオレの勝ちだな。この量を見ろ!」
「……菓子袋でかさが増してるだけだろが。しかも人の手踏みつけるとか大人げない」
「遊びはな! 本気になってやるから面白いんだよ!」
確かに数もすごそうだが、それだけで荷物室いっぱいになりそうだよ。何やってんだよお前は。
あのイベントはそもそも人間と、観光できてた神魔のためのものじゃないのか。
在日長いもはや住人みたいな悪魔が、大量に拾っていいものなのか。
……まぁ無尽蔵に出てたみたいだけど。四次元ポケットみたいな仕組みのいろいろから。
「私はねー885円かな」
「……お前、小銭狙いなの? 五円玉何枚拾ったの?」
「五円玉は30枚弱だけど、50円も落ちてたんだよ。500円玉も一枚。みんな上から来る大きいものに目が行って、小銭は気づかれもしていなかった」
「そうか。それでダンタリオンの拾った30円くらいの菓子を買ったら、忍が優勝だね」
………………。
「って、アスタロトさん……」
いつのまにか、後部座席に乗っていた。
「久々に面白いものを見せてもらったよ。ちなみにボクは、妨害なしで餅18枚」
「閣下! すごいです!」
ていうか、いたのか。参加してたのか。
餅も投げられてたのか。
当然のように、戦果を挙げているもう一人の魔界の公爵がいる。
「オロバス、この国は面白いだろう?」
「はい。人間も皆さん優しくて、……こんなことは初めてで」
あっ。
「泣くな。ほら、菓子やるから」
「300円あれば更におやつが買えるよ」
「帰ったらみんなで餅を焼こうか。ダンタリオン、七輪用意して」
「ねぇよ」
みんなで感無量で泣きそうな魔界の王子を慰めるというわけのわからない構図が展開され始めている。
その甲斐あってかなんとかオロバスさんは泣かずに済んだ。
「それにしても、ついにこの国のカミサマも出てきたか」
「立て続けに襲撃があったからね。人民を鼓舞する意味でも、彼らは適任だったってことだろ」
姿を見せない日本の神々は、術師をつなぎにしてこの国を護っている。
宗教への意識が薄い国でだが、確かに七福神は神域というよりもっと身近な民間に根差したところにいるように思う。
だからこそ、容易に人の中に溶け込んで、幸を与えて去っていった。
「何にせよ、明るいニュースだからね。動画サイトもSNSもきっともちきりになるよ」
恐怖と似たように、幸せもまた伝播する。
おそらくは。
しばらくはあのカミサマたちのおかげで、乱れかけた足並みもまた揃うだろう。
八百万の神の国は、今日も実はあちこちにカミサマがまぎれているのではないかと思わせる、不思議な日でもあった。
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