本須賀葉月の謝罪(3)ー森の真意
「ただ、カミオロシに関しては、前例のない襲撃が始まってしまった今、棚上げにしておけない状況だと思います」
「それは、葉月さんではなく管理者の清明さんたちが考えることだよ」
特殊部隊の、それも二期生が首を突っ込んでああだこうだ言う方が、まず間違っているだろう。
事実を知った上での忍ですら、そこには何も口を出さないのだから。
「不明な部分が多い分、推測で何かするのはリスクにしかならない。そこは術師たちに任せるしかない」
「……そうかもしれませんね。一番それをわかっているのは、当事者である白上さんたちでしょうから」
引き下がって、本須賀はもう一度、手にしたままのコーヒーを飲むと、カップをカウンターに置いた。
「白上隊長のこと」
そして、おもむろに話題を変える。
「正直、思いましたよ、結局、妹が特別だったから特別な待遇で上に居られたんだろうって」
「! それは違うでしょう!」
オレはつい声を荒らげてしまった。
どこまでこいつはそんな下らないことに、いつまでもこだわっているのか。
むしろここまで「特別であること」に執着するのは、男の方だと思っていたが、そうじゃなかったのか。ただの「個性」なのか。
今まで黙っていた俺が反対側から立ち上がる勢いで反論をしたことに驚いたのか忍も見上げてきた。
周りの目にもはっとして、落ち着いて座りなおす。
オレは黙ったまま会話が終わるだろうと思っていたが、さすがに耐えかねて、本須賀に向かって口を開いた。
「馴染みだとか身内だとか、そういうのはなしで聞きますよ。司さんの腕ややり方を見て、本当にあなたは何も力がないくせに、って思うんですか」
「思いません」
意外なことにすぐに否定が返ってきた。
そして、続ける。
「ゼロ世代の腕は確かです。それは前回の天使戦……遊撃を見ればわかった。彼らの腕は、通常の二期生以下とは比べ物にならない」
「じゃあどうして……」
「でも、やり方は甘いです」
「……」
あくまで評価を下すのか。
それはもう、こいつの価値観でしかないからオレは聞こうとは思わなかった。
忍も同じなのか、そこは流して話を元に戻す。
「そこに就くのにふさわしいから、采配された。他の部隊長もそう。それがわかったなら、葉月さん、あなたは何が言いたいの」
「……ここからは誰かの血縁者であることは関係なしに伺います。私が知りたいのは、彼女が本心からスサノオの力を欲しているのかどうか」
ようやく、本題なのか。
こいつはどこまでモノ申したいことが多いのか。
オレはもう、会話を終了して店を出たい気分になってきた。
しかし、こいつは森さんのことは一切知らないので、そこはリセットして話をするべきだったんだろう。
時すでに遅しで、オレの対応意識はもうすでに枯渇寸前だった。
「あなたは霊装と同じだと言った。けれど、彼女が合流した時、彼女はあなたを通して自らスサノオに体を明け渡した。それは彼女自身が望んだことなんですか」
確かにそういわれれば、そこは疑問なのだろう。
民間人がわざわざ危険区域にやって来て、リスクの高さをわきまえずに剣を手にする。
知らない人間にはそう見えたのかもしれない。
だが、オレは森さんも司さんも、互いに家族を守ることに必死なのはもう知っていた。
「……スサノオの力を欲しているかといえばNOだよ。さっき葉月さんが言ったように、向こうが勝手に選んだだけで、森ちゃんの意志じゃない」
「森ちゃん?」
「私は彼女をそう呼んでいるっていうだけ。でもあの時はスサノオの力がなければ天使を退けられない。そう判断した」
ここにきて、忍が森さんのことを「彼女」ではなく、いつもの呼び方で呼びだした。
この話題であるならば、答えるのは差しさわりはないと判断したんだろう。
続ける。
「力を振るうためじゃない。森ちゃんがあの選択をしたのは、特殊部隊の人達を護るため。……護る力があるから、選んだ」
「あなたがそれに協力したのは?」
「『友だち』だからだよ」
約束。
何度か聞いた。
そのうちの一つだったんだろう。
有事の際は、ああいう形で協力することだとか。
それに関しては、聞いても口を割らなそうだし、仕方のないことなのでオレはとくに追及していない。
「あなたは友人が神魔に乗っ取られてもいいと?」
「いいわけないでしょう。具体的に答えるなら理由はふたつ。ひとつは森ちゃん自身がそれを選んだこと。もうひとつは私にとってもその選択肢があの状況では必要だと判断した」
「……彼女の意志を尊重したということですか」
確かに、戦況はスサノオの参入で大きく変わった。
結局、問題は、森さんの身の安全というところに戻ってきてしまう。
しかし、これで本須賀は納得したかのように、席を立った。
「……おい?」
「わかりました。リスクを承知で踏み込んだのは、正しい判断です。事実、スサノオが参入してこなかったら、敗戦が濃厚だったかもしれない」
だった、ではなく、相当に危険な状況だった。
そんなことは素人のオレからみてもわかることだ。
さすがに戦力でもないオレは、お前がチームを守らないからだとは言えなかったが……
それから、本須賀はしばらくじっと、オレたちを見下ろしていたが何を思ったのか体ごと向き直って、頭を下げた。
「忍さん、過日は怪我を負わせてしまい申し訳ありませんでした。近江さんにも失礼なことを言いました」
腰から体を折る、丁寧な謝罪だ。
突然の出来事に、オレはあっけにとられてしまう。
それは表情には大げさに出ないが忍も同じことのようだ。
本須賀は頭を下げたまま。一瞬の間があった。
「もう跡も残ってないし、私は気にしてないよ」
お前、すごいな。オレ、ひたすらこの謝罪が嘘みたいにどうしていいのかわからないわ。
しかし、本須賀はオレの言葉を待たずに顔を上げて、もう一度、今度は軽くお辞儀をすると、そのまま去っていった。
「……秋葉」
「……はい?」
「私、すごいびっくりしたわ」
オレなんて、今もなぜかお前の声掛けに、敬語になってたぞ。
「あの本須賀が自分から謝罪とか……大丈夫か」
「本来の特殊部隊の役目が、すこしは分かったのかね」
という、忍もどこか呆れたような、複雑そうな何とも言えない顔をしている。
素直に謝られたら謝られたで、腹の中が気持ち悪いような消化不良を起こしていそうな何かを感じる。
「だといいんだけどな」
結局、聞きたいことは森さんの意志だったのか。
それなら他の誰に聞くよりあの時、唯一の協力者であった忍に聞く方が、わかるのだろうが……
それから数日後。
オレたちは本須賀が、司さんにも謝罪をしたことを知った。
第一部隊の詰所を訪れた本須賀が、辺りもはばからず、弁解もせずただ頭を下げて謝罪する姿に、事務所は水を打ったように静まり返ったという。
……それだけ誰もが想定外だったのだろうが、さすがの司さんも思わず「何のことだ」と問い返すという事態が発生。
本人曰く、一瞬本当に何のことだかわからなかったという、ものすごくらしくないような、ものすごくわかるような返答が返ってきた。
「……まぁ、確かに『今まで申し訳ありませんでした』では、何を具体的に指しているのかはわからない」
「今までの部分が長すぎて、司さん的にもどこを謝られているのか絞れなかったんじゃないか?」
オレと忍の最終的な結論は、そんな感じだった。
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