エピソード4&5

EP4.二年前、あの日(1)-秋葉、連行の思い出

磨き上げられた黒い高級車に乗せられ、オレはその日、皇居へ連行された。

悪魔から世界の終わりとこの国で起きていることを聞いた直後。

オレはそいつに脅されていた。


その時、どうしたものかと思う暇はあったのだけど、今にして思えばそれを読んできたのだと思う。

『そんなことを言われても、オレにはどうしようもないし』

正確に言えば、読まれたのはそんなオレの腹の底だろう。


脅されなければふつーに家に帰って、ふつーにズタズタになった世界で「日常」を続けたに違いない。

そこまで読んでいたわけではないのだろうが、そいつは話を聞くだけ聞いて、その場を去ろうとしたオレを呼び止めて後ろから片手で首をつかんできた。


そして、殺されたくなければ今すぐに御所へ行け、と脅してきた次第だ。


今にして思えば……

それもそいつ……現在魔界からの大使として駐在するソロモン七十二柱の一、公爵ダンタリオンの「演出」であったのだと理解できる。

相手に害意がないとわかるや帰ろうとしたオレもオレだが、後にその時のオレの態度をしばしば語り草にするそいつを見ているとはっきりわかる。


そうして当時。

御所……言われた場所は皇居なわけだが、行けと言われてもそれだけで、そもそも何をどうしたらいいか見当すらつかなかったわけで。


とりあえず行ってみても、ガッチガチに武装した自衛隊に固められた皇居の入り口で「あのぉ~」から声をかけるしかない始末だった。

そして、何だかわからない内に、半ば強制的に、取り巻かれて連行されることになっていた。


* * *


「……すみません、これって」

「すまないね。得体のしれない者を入れるわけにはいかなくて」


何を話しいたらいいのかわからない状態で、話し終わる前に拘束されて、怖い軍隊仕込みの空気の中で、最終的にこの車に放り込まれた。

がくがくブルブルしている暇もないくらいの展開だった上に、現在手錠をかけられて、何から何まで人生初体験過ぎてどうしたらいいのかわからない。

唯一の救いは、隣に座っている男性が優男風の柔らかな空気を向けてくれることだった。


「まぁ、あと少ししたらはずしてやるから、ちょーっとばかし我慢してくれよ、なぁ……タバコ吸ってもいい?」

「禁煙車です、隊長」

「……いいかなぁ」


黒服の、普通にいいところの運転手、と言った感じの運転手がひぃっと声を上げる勢いで恐縮しているのが見える。

オレからは助手席は真ん前になるので表情はよくわからないが、隊長と呼ばれたその人は…………ふつうに任侠さんに見えた。


「ダメですよ、和(なごみ)さん。彼は喫煙者っぽくないし、分煙するのがルールでしょう?」

「清ちゃんに言われちゃ仕方ないなぁ。おぢさん、我慢するよ」


和めねぇ!!

サングラスをかけてちらっと後ろを振り返るその横顔に、運転手が悲鳴を上げた理由がよくわかった。

あぁん?と眉間にしわを寄せて路地裏に連れ込まれたら、ある意味悪魔より怖い目にあわされそうだ。

それを隣にいる清ちゃんと呼ばれた男の人がにこやかに一言で諫めてしまった。

その人が、何をしている人なのかはなんとなくわかった。

本当になんとなくだ。


服装は、映画や何かで見かける日本の術者……例えば、陰陽師のそれだ。

天使やら悪魔が闊歩する今時分、そういう人がいても別に何らおかしいことはない。

それはオレもすぐに受け入れらた。

隊長と呼ばれたどうみても任侠のおっさんの名前がなごみさんなことよりもずっと受け入れやすい。


ある地点を通り過ぎた。違和感があった。


「気が付いたかい?」


清ちゃんと呼ばれたその人が聞いてきた。


「え? いや、なんだか人が少なくなって物々しくなくなったなぁと……」


皇居なんて入ったことがないのでどのあたりにいるのかわからなかったが、その広大な敷地の、割と奥へ進んだ頃に重装備の自衛隊はおろか、警備員のような人の姿もほとんどなくなった気がする。

新緑も外の荒れようが嘘のようだ。


「そうだね、君はちゃんと人間のようだ」


そう言ってその人は笑った。


「ここはなぁ、いわゆる結界ってやつが張ってあるのよ。だから人外の悪~い輩が入ってきたら、その線を通り抜けた時点で……」


パァン!


「ってなるわけよ」

「隊長! むやみに発砲しないでください!!!」


うん、わかりやすいけど違う意味ですごくびくってなった。

和さんと呼ばれたその人は、風が入るように開けた窓の外に短銃を向けていた。

そして、ほいと後ろに何かを放ってよこした。カギだ。多分、手錠の。


「……自分じゃ届かないんですけど」

「僕がはずすよ」


ははは、と笑って隣の人が手錠をはずしてくれた。


「改めて、僕の名前は清明(せいめい)。はじめまして。君は……近江秋葉くん…で、良かったかな」

「はい」


素直に応じる。取り上げられた所持品の中に身分証が入っていたので確認済なのはわかる。

それにしても清明って……


「安倍晴明とは関係ないよ。一応術者だけど、本名は伏せたいから名前を借りてるだけなんだ」


安倍晴明は、有名な陰陽師だ。映画などでも知られているが、普通に歴史上の人物なのでオカルトとは関係なく、有名な人でもある。

その名前と同じなので当然の疑問と言えば疑問に、先に答えてくれた。


「清ちゃんが一応なら今、外に出てる術者はみんな一応ってことになるなぁ……」


こういうところにいるくらいなんだから、一応では済まない身分なんだろう。

するとそんな身分の人が自分の隣にいるっていうのは一体。


そんなことを考えていると、車は止まった。

建物がない場所だ。


「少し散歩をしながら話そう」


そして、運転手を残して和と呼ばれたおっさんと、清明さん、オレの三人で外の荒れようがうそのような静かな庭園、その池のほとりを歩き始めた。

……こんなきれいな景色をのどかに歩くなんて、ものすごく久しぶりな気がする。


「さ~て、聞かせてもらおうか」


え。何を。


和さんがなごめない顔で言ってくるのでびくっとなるオレ。

清明さんがなだめた。


「和さんは警察の……それなりに偉い人だよ。僕の年の離れた友達、でもあるのかな」


清明さん、友達選んだ方がいいですよ。


「清ちゃんは弟みたいな感じかなぁ……おぢさん、若い子と交流するのが好きでねぇ」


弟じゃなくて息子だろ、その年の差!

もうやめてと思いつつ池の方へ思わず顔を背けるオレ。偉い人たち以前に、これ以上つっこみようがない。

それを察してくれたのか、話の主導を取るように清明さんが切り出した。


「君はどうしてここへ来た? 何か、悪魔と話でもできたかい」


それが、オレがのちに「護所局」と呼ばれる新設機関へ引き抜かれる、はじめの出来事だった。

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