12.穿たれた穴

どうしてこんなことになっているのか。


その問いに答えられるものはいなかった。


時間は与えられていた。だからこその、迎撃態勢となる。

何の根拠もなく、けれど関係者には秘密裏に伝達され、火急に配備が整ったのはそのギリギリ。


あと数日遅れていたらどうなっていたのかわからない。

それでも。



現れた天使は、かつてないほどに、おぞましいほどに、空を埋め尽くしていた。




「楔が打ち込まれた」。


あの晩、エシェルがキミカズにそう話しているのを聞いた。

いつも通り、和やかな時間を過ごし、夜も更けた頃……オレがそれを耳にしたのは偶然だった。


「結界はほつれかけている。その合間を縫って、ミカエル自らが打った楔だ」


エシェルはその時、そう言っていた。結界が新しく敷設されるまで、若干ながらも不安定なことはオレも知っていた。

それが外から崩される。これは、おそらく護所局においては想定内だっただろう。けれど、問題はその強さだった。


「おそらく、数日中に『穴』が開く」


それはその晩、エシェルからの唯一の忠告。けれど、この国の行方を左右するほどの、大きな警告。


キミカズはその後、何事もなかったかのように振る舞っていた。エシェルもだ。けれど、席をはずしてはどこかしらかと連絡を交わしていることには気づいていた。

気づいた、というよりオレがその話を聞いたから「気になった」というのが正しいだろう。


そして、その日……エシェルの警告通り、空には不可視の穴が穿たれた。



無理やりに。こじ開けられたのだ。

晴天だったその空は、青さを残しつつも途端に雷光を走らせた。以前こんなことになる前兆だと言われた曇天は、渦を巻くように、遅れてやってくる。


そしてそれが晴れ、風が止んだその時。


無人の大通りは、晴れたはずなのに雲が掠めるかのように影が落ちた。


「間に合った」


清明さんが隣でそう、大きくため息をついた。


「区画は閉鎖出来た。最近の天候の異常は、あれが原因だったんだ」


あれ。つまり、ミカエルが結界の外から打った楔。

無理やりにそれをこじ開けようとする力が、空の磁場を激しく乱していたらしい。

けれど、おかげで場所の特定はできた。楔が穿たれ、一番ゆがみの強い場所。そこが、天使が襲来する場所だと言っているようなものだった。


「あとは、『ミカエル』がどう出るか」

「どうも何も、ミカエルは現・天使長だぞ。セラフは天使階級の支配者クラスだが、人間界に伝わっている通り、あいつは力押しだ」


ダンタリオンが、珍しく下界からそれを見上げている。

破られた結界の下には、即席ではあるが何重にか結界が張られ、天使の行く手を阻んでいた。

ここで時間を稼ぐ意味はわからないが、意味がないわけはないので、ただ、それを見上げる。


「力押しって、そんなの聞いたことねーよ」

「脳筋バカってことだよ。戦い大好き、力でねじ伏せるタイプ。オレとは全く違う」

「ふーん」

「……この非常事態になんだ、そのリアクション」


ダンタリオンは確かに情報、心理系の悪魔のはずだが、好戦的で毎回先頭切って天使を狩りまくっているので、同意はしかねる。


「それより今回お前は呼んでないんだぞ。なんでここにいるんだ」

「なんでって……なんで?」


本当にそこが分からない。非常招集の連絡では、外交部に集合だったはずなのに途中で会った緊急車両……現場行きに回収されて、逆方向に来ている今現在。


「申し訳ありません! 手違いです!」


……手違いでオレ、今日死ぬかもしれない。

何だかんだで毎回現場に居合せていた上、変な知名度が独り歩きしているのと、すっかり同行者と化した忍が今回は「現場直行」だったとか色々要因が重なりすぎた。


「諦めた」

「生きることを?」

「そうじゃなくて、もうここから一人で帰れない」


忍が手厳しい問いかけをしてきたが、オレの身を保証してここから脱出させるとか、それこそ人手が割かれるだけなので、一蓮托生。一番安全そうな人達と一緒にいるしかない。


通信、指令、術師など直接戦うわけではない人たちが集まるいわゆる「拠点(ベース)」だ。


「秋葉ぁ、お前ってやつはどこまで付き合いがいいんだよぉ」

「局長、付き合いがいいんじゃなくて、オレ、本当は拉致られたんじゃないですか。オレが収容されたすぐ前の車に乗ってたらしいですけど何か知りませんか」

「本当に、最初から最後まで一緒なのはなんだかんだいってお前だけだなぁ」


聞いてない。

絶対この人が人為的に、手違いを引き起こさせたんだと思うが、追及しても無意味そうなのでそこも諦める。いずれ、局長命令が出ればどっちにしてもここにいることになっただろうから。


「縁起でもない言い方しないでください。忍。とりあえず、手伝えることがあったら何か言って」

「歴史の証言者になっててくれれば」

「よくねーよ。ただ見てろってことだろ、さすがに役立たずはないわ」


戦闘が始まれば、ケガ人の収容だとか、その治療、荷物の搬送など大変な事態が起こるのはもう目にしているから「何もしない」状態はまずないだろう。

その時出来ることをする。


とりあえず、そう心に留める。

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