13.ミカエル
「あれで全部か?」
「とりあえず今回はそのようですね」
天使の数は有限だ。と、ダンタリオンが話し出す。清明さんは、それを確認してから術師に指示を出している。
事前に聞いていた段取りでは、結界を「いつでも閉じられるように」しておくのだそうだ。
それが戦闘中なのか、それとも収拾がついた時なのかはオレにはわからない。
「ミカエルの野郎が来てるなら、いくら雑魚を連れてきても、話にならないのは分かっていると思うんだがな」
「今回もエンジェルスがほとんどに見えますね」
「そう、やつらの階級は9層に分かれていて、下に行くほど数が多くなる。食物連鎖の下層ほど数が多いのと同じだな」
ピラミッドを思い出す。つまり最下層に多くいるのは「雑草」と同じレベルだと言いたいのだろう。
「でも、数が多いのも厄介じゃないですか」
「オレたちはともかく、人間には限界があるからな。本当に厄介なのはその上にいる奴らだから、ミカエルが出てきたらそっちを狙うのが早い。が、その前に警告だ」
警告。
そう今回は、こちらから警告を発するのだと、ダンタリオンは言った。決して、こちらが優位とは言い切れない状況だが、それがどれほどの効果があるのかはわからない。
けれど。
「……神魔のヒトたちも集まって来たね」
今回は、中層から下層に、主だったヒトたちの姿があった。特殊部隊の姿は、彼らとともに散っている。
「おでましだ」
いくつかの結界でふるいにかけられたかのように、無数にも見えたエンジェルスの中から、ひときわ目を引く炎のような赤い肌を持った天使が、地上に近いその場所で雷光をまとっていた。
「あそこが最後の結界点。あれがミカエルだ」
雷光は結界を破ろうとしている余波だろう。男か女かもわからない、優美な姿をしたエンジェルスたちとは打って変わり、翼の生えた筋骨流々としたその天使は、まるで象徴のように剣を手にし、優美さよりも雄々しさしかない。
戦神。白い翼をのぞけばそう表現した方が似合いそうだった。
「小賢しい真似をする。力の強き我らだけ通したのは、命乞いをするためか」
「悪魔が命乞いとかするわけないだろ。警告だ」
拠点のすぐ目の前に、前線が出来ている。いつのまにか多くの神魔が降りてきたミカエルと、その取り巻きの天使たちを取り囲むように集っていた。
その数は決して少なくない。異形の悪魔と、神と、人間が立体方向で入り混じる、異様な光景。
見慣れたはずのそれが異様に見えるのは、放たれる敵意や殺気、警戒といった空気が入り混じっているせいだろう。その中に天使たちの醸す「無感情」、非戦闘要員の「緊張」も加わり、混とんとしている。
最も数の多いエンジェルスは、天頂から降りては来られないようだった。故に、襲撃はすぐでなく、まるで互いに牽制しあっているような形にも見える。
「警告? 己の立場を理解せぬ者どもよ。こちらからは警告の是非もない。耳を貸すにも値しない」
「そうか? 少しは貸した方がいいんじゃないのか。お前ら、この国に攻め込むってことは天界は天魔戦争でも起こすつもりなのか?」
「……我らの任は人の子の断罪のみ。貴様らは邪魔伊達をするから相手にしているだけのこと」
「本当にお前らの神がそんなこと言ってんのか」
ダンタリオンとミカエルだけが、話している。天使の目的は人間の断罪。つまり聖書だとかにある本当に一部の人間だけ残してなかったことにしてしまうことらしい。
いかにも汚らわしい悪魔に、といったように横柄な口の利き方をしていたミカエルだったが、それを聞いて、いかつい眉を吊り上げた。
どういう意味だ、という言葉はなかった。が、沈黙はそういうことだろう。ダンタリオンが続ける。
「なんだかんだいいながら、お前ら天界は、魔界の勢力と何度も小競り合いを起こしながらも、均衡を保ってきた。でもな、今回は看過できないんだわ。オレら魔界の住人というより世界中のカミサマたちがな」
「神は全ての世に等しくただ唯一だ」
「それくらい融通利かせて判断しろ。さて、魔界と天界の戦争が始まったとする。しかし今回は世界中の神魔が注目している。魔界の勢力に、他の神魔が加わったら、どうなる?」
「……」
均衡を保ってきたという天界と魔界。
かつて魔界に堕ちた天使は、当時の天使の3分の1だったと言われている。そこに元々存在していた「悪魔」たちを加え、つまり勝負がつかないというのが「均衡」という意味でもある。
そこに、入るはずのなかった世界中の神魔の加勢が加わったらどうなるか。
「均衡は崩れる。人間界だけでなくすべての次元でだ。それがわからないほど、お前らの上の奴はバカじゃないはずだ」
「だから何だというのだ」
「わからないのか? 退けって言ってんだよ」
それがダンタリオンの警告。
世界中で絶対的優位に立ち、外から見れば日本はある意味籠城だ。食糧もエネルギーも枯渇しないその城は堅固ではあったが、今は天使の侵入を許している。
ミカエルからすれば、相手に下る理由はない。しかし、ダンタリオンもまた、神魔を代表してかまったく苦境であるという顔色一つ見せていない。
「いい機会だから言ってやるよ。ここにいる神魔の代弁だ」
それどころか、この際だとばかりに薄い笑みを浮かべて嘲るように続けた。
この際だ、言いたいことはたまっていたのだろう。
「お前らの言い分は、すべてつぎはぎだらけの歴史の上に成り立っている。教えてやろうか? かつて一つだった人間の言語を別ったバベルの塔の真実」
それは、創世記に出てくる塔の名前。
人間は自らの技術を過信し、神に近づこうと天を衝く巨塔を立てようとした。結果、神の怒りに触れ人がひとところに集うことのないよう、言葉は無数に別たれた。
「現代の人間には」そう伝えられている。
神魔たちはただ静かにそれを聞いていた。
「だがそれは、シュメール神話群に登場するバビロニアの首都、バビロンでの出来事だ。創世記にバベルという名前は出てこない。バベルはお前らの神が言葉を乱した後に出来た街の名前とされるからだ。わかるか? この矛盾が」
知識ゼロの人間には高度な話だ。が、わかるのは、結局起源が別にあったということだろう。
クリスマスやハロウィン、バレンタイン。日本人にとって身近となったイベントは、さもその宗教のものだと言われていたが、ここ数年で、起源はすべて別にあったということはもうみんな知っている。
今のダンタリオンの話から分かるのは「実在した都市の名が、伝承と事実で年代が逆転している」ということだけだが。
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