14.継ぎはぎだらけの真実

「バビロンは、紀元前3000年の記録にはすでに登場する古い都だ。そして、塔は旧き神の降りる場所エ・テメン・アン・キと呼ばれた」


ダンタリオンの顔からは今現在笑みは消えている。ただ、訥々(とつとつ)と事実を語っているかのように紡がれる言葉。


「お前たちからすれば異教の神の塔。当然に、面白くない話だろうな。神の門とされるその場所を、邪な場所に変えて壊そうとするのは、まぁわかる」


少しだけ変わったダンタリオンの口調からは、自らの属する教えに変えて、抹消してしまおうという意図を感じる。黙っていたミカエルは静かに、だが怒りをはらんだ口調でもう一度、一言だけ告げた。


「だからなんだというのだ」


しかし、ダンタリオンがひるむはずはない。むしろここにきて、これほど弁が立つのかというほどの流暢さで続けている。


「お前らの創世記が紡がれるよりはるかに昔から、そこは存在していたということだよ。まさか、全ての事実を知る天使長さまが、知らないわけじゃないだろう?」

「……」

「なんならもうひとつあるぞ」


言いながらも一つと言わず、いくらでも、という笑みを口の端に浮かべながらダンタリオン。誰も止めないのは、誰もがミカエルを超える怒りをはらんで、声にしたいことがあるからに他ならない。文字通り、ダンタリオンは代弁者ということか。


「ノアの方舟。あれはどうだ? これなら日本人でも知っている奴がいるだろう。神が文明を白紙に戻すために、大洪水を起こした話だ。それも人間でいうところの紀元前13世紀のギルガメッシュ叙事詩、さらに前17世紀にはシュメールで同様の話が形を変えて語られている。

いや、変えたのは後発のお前らか。何にせよ、大きな伝承を同じ場所から複数パクったってのは現代的にもいただけないな」


フッとここへ変わらずの笑み。それにはミカエルは眉一つ動かさなかったが、だからこそ、ダンタリオンは続けている。


「なぁ、そもそも粗末な話だとは思わないのか? お前らは、近親婚を禁忌としているんだろう? じゃあどうやって、たった数匹の番から獣や人間が増えたんだよ」


ノアの箱舟、の話だろう。以前に聞いたことはある。大洪水で世界をリセットする際に、善良な人間と、全ての種の生き物の番を一組ずつ、神は舟で避難させたのだと。

全人類はすべてノアの血族の子孫ということになり、実際聖書の世界ではそう語られていると。その理屈で行くと、確かに人間は近親婚の繰り返しで増えたことになる。


「同じ血が子孫を作れば、血は濃くなりやがて奇形が生まれる。だがこれは、お前らの大嫌いな科学の分野で『万能の神が作った万能のシステム』ならあり得ないよな? 何せ、進化論なんて存在しない。カミサマが全部オツクリになったんだ。コピーも完璧にできるはずだろ。じゃあなぜ近親婚で劣化が起こる? 禁忌で罪の証だからか?

『ノア』という血族だけを避難させたのはなぜだ? 禁忌であるなら他者の血を入れるべきだ。そうは思わないか?」


矛盾が、とめどなく流れ出ている。

つぎはぎ、というのはこういうことなんだろう。

どこかを説明しようとすると、別のどこかでほころんでいく。


科学的な話が出てきて、逆に人間の側も理解をする。教義と伝承。その矛盾。

人々の、誰もがそれを目の当たりにしていた。


「そもそも人間数匹がたった数千年程度でここまで鼠算式に増えるわけねーだろうが。普通に考えたら伝承のオリジナル、シュメールの神がそうしようとしたように、全員殺して、作り直した方が早い」


そこまで一息に言いきって、ダンタリオンはバカにしたような笑みを口の端に浮かべた。


「お前らは何を信奉している。お前らは自分の頭で考えたことがあるのか?」


自らの思考で異を唱えること。それは神に対する侮辱でもあり、神と異なる結論を出すことは神の意に背くことでもある。


天使たちは、何も言わなかった。


「そんなに尊敬される絶対的な主サマなら、なんで魔界の猊下が反乱を起こしたときに、天使の3分の1もがそれに加わったんだろうな」


魔界の猊下。

これは魔王ルシファーのことだろう。

魔界の王であり、皇帝であり、そして


かつて、天使長だったもの。


「お前らの主は文明進化をさせないのがお好みだ。自分に近づかれることを嫌う。近づけばリセットだ。傲慢っていうのはそう言うことを言うんじゃないのか」


七つの大罪と呼ばれる比喩の中で、傲慢と称される者。

それが、神に背いた堕天使ルシファー。

それを、敢えて神の中に暗喩する。


ミカエルははじめてそこでかぶりを振った。


「聞くに堪えがたい雑言を、よくも並びたててくれたものだ。悪魔公ダンタリオンよ。貴様はこの国に神魔を集わせた。もっとも重き罰を受けるに値する」

「オレは誰も集めてねーよ。ここにいる全員が、勝手に集まっただけだ」


落ちる沈黙。

今度ばかりは、集っているのはアグニ神をはじめとする戦を得手とする神様だけじゃない。アシェラト様、アパーム様、女神の姿もある。いや、オレの知っている、おそらく全ての神様たち、か。


「この戦いは自由参加なんだよ。戦うもよし、見届けるもよし、各々の意思が第一優先。お前らと違ってな」

「忌々しい異教の者どもが。この国に貴様らがいる限り、貴様らは消え失せぬ。故にこの国の人間を滅するのが我らの使命」

「ん? 人間を滅ぼすのが第一じゃなかったのか?」

「いずれ目的は変わらぬわ」


今の会話の意味するところは。

……神々にはそれが分かったらしい、全員が臨戦態勢に入ったのはオレでも理解できた。


黙って見守っていたのは人間も同じだったが、清明さんが一歩進みでる。


「公爵の言われる通り、この戦いは自由参加。いえ、それ以前にこの国の出入りでさえも、我々は何者をも拒みません」

「その通りだ。人の子よ。だからこそ、まっさきにこの地を消しておくべきだった。我々は過ちを犯した」

「過ち、ですか。だから貴殿自らおいでになった?」


緊張感が高まる中で、清明さんはそう、巨大な天使を見上げた。一歩間違えればすべてが動く。そんな張り詰めた空気の中で。


「その通りだ。我自ら過ちを正し、すべて浄化する」


見下すようなミカエルの返答。その口元にいつもの和やかな笑みをたたえて清明さんも応える。


「私は、この国の出入りは何者をも拒まない、と言いました。ルールさえ守れれば、の話」


言わんとしていることを全員が理解した。その食わせ物の笑顔にすぐ隣にいるダンタリオンは意外だと言わんばかりに一瞬だけ呆けた顔をして、そして口の端に悪魔の笑みを称える。


「お帰り願いましょう」


まるで合図であったかのように、最上層部に電撃が走った。雷光、というほど強くもないそれが虚空に描き出したのは、電流の檻というべきか。

檻、というには内部にも縦横無尽に走るそれ。空を覆っていた多くのエンジェルスたちは異国の雷に蹂躙されて、堕ちた。


ある者は消し炭となり、ある者は粒子となって消え。


「どうぞ、天に召されますように」


実際。合図だったのだ。時が動き始め、一斉交戦が始まる。

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