片害共生(5)ー人の形をとる悪魔

「ともあれ、もうひとつ頼みたい。あのソロモントライアングルを消してもらえないか」

「……それって、ベリト様が来たときに言ってた」

「28㎜ずれてるとか言ってた」

「あはは、閣下らしいね。それは召喚した者を従わせるためのものさ。彼は召喚された時から力技でここに縫い付けられている。……酷い話じゃないか?」


それは同意する。

悪魔だからしていい、とかそういうことではない気がする。

少なくとも今のこの日本では「してはいけないこと」だ。


そもそもが。


「さっきから話を聞いていると、ふたりとも七十二柱っぽいけど……そもそもそんなに簡単に召喚が?」

「できないよ。ボクもきっちり制約を受けている。君たちの過去も未来も見えないからね。でもまぁ、君たちが誰なのかはなんとなくわかる」


だからダンタリオンの名前が出たのか。

いつからオレたちがこのビルに入ったことを知っていたのか。


謎は多いが、今は目の前の悪魔の解放が先だろう。

ソロモントライアングルは霊的なものなのか、足で踏んだくらいでは消えない。


消し方を教わって、ようやくそれが途切れた。


ドサリ、とウァサーゴと呼ばれた悪魔が、燐光の消えた闇の中に倒れた。


「消耗してるね。ここを出たらダンタリオンのところで休ませてもらおう」

「一応魔界の大使だからな、あいつ」

「あいつ呼ばわりか。はは、まぁそれくらいがちょうどいいだろうけど」


意識も失ったのか横たえた男の姿をした悪魔の様子をアスタロトは目だけで確認している。


「でも、召喚が出来ないのになぜシジルが? それに秋葉の話だと……」

「あぁ、オレは過去を読まれた。それって、制約を受けてないってことじゃないのか。誓約しなきゃ入国はできないだろ?」

「それについてはすごい落とし穴だったね」


バタバタと足音が聞こえた。

反対側のドアの施錠が開く音。


「後ろにいたらいい」


そう言って、アスタロトはエレベータホールに近い側のドアの前に立った。

入ってきたのは、やはり、外国人のガードマンだ。


何事かフランス語で叫ばれて、それから数人が襲い掛かって来た。

細い体であっさりとかわずアスタロト。

しかもポケットに両手を突っ込んだまま。


「『彼』も日本に来ていたんだ。基本的には、結界もあるからそのまま力をもった悪魔の召喚はできないよ」


かわしながら、足を引っかけて、転がす。

こんな簡単に、というほどの勢いで男は壁際の積み荷にそのままつっこんで埋もれた。


「でも日本にいたから、召喚された。正しくは、転移や転送に近い」


余裕で説明を続けている。

相当、力が強いように見えるが、本来的に神魔というのはこういうものなのだろうか。

実際、狂暴なのが暴れている方しか見たことがないから、人の姿で軽く自分より大きな相手をしているのを見ると、「人として強い」ようにしか見えない。


アスタロトは膝を入れて、あっさりと自分より大きな男を床に転がす。


「転移……召喚ではないけど、ベレト閣下もゲートから自分のシジルまで通って来たね」

「それなりの準備があれば、可能なことだ。あとは力を限定的に絞ることで、労力のかかる召喚を簡略化する。現れる悪魔はその分、力が弱い。すべて計算の上だったとは思えないし、理解してとも思えないけれど、考えなし故の偶発的な結末だね」


それが本当だとすれば、悪魔の力を悪用できる可能性にしかならない。

善意で来ている神魔を人間が利用する。


……今の時代では、異常な話だ。


「本当に、何も考えていないと思うよ」


遊んでいたかのようなアスタロトは、最後の一人を蹴りで壁際まで吹っ飛ばして、一撃で終了させた。


「どうも、ただお金が欲しくてやったみたいだね。……短絡的な都合が起こした複雑な偶然だ」


振り向いて、困ったものだとばかりの顔をしてため息をついた。


「人間は本当に愚かだね」

「……二の句も継げません」

「別に一括りにはしないよ。ボクは人間が好きだし、こうやってこの国に来るのも定番だ」


……ほんとうに



どっちが悪魔なのか。



というセリフだ。

ただ、ヒト柄をしらないせいか若干、うさんくさいとは思う。


……ダンタリオンの知り合いなら納得ではある。


「さ、出ようか。これで彼を利用した人間にもしかるべき処罰が下されるだろうしね」


せめてと、オレがウァサーゴと呼ばれた悪魔を背負って、エレベータホールまで来ると非常階段から喧騒が聞こえた。


おそらく、特殊部隊が到着しているんだろう。

地下にもすぐに数人が降りてきた。


「あ、浅井さん!」

「秋葉君、こっちにいたのか!」


そうだった。

場所は四階を教えていたから、そっちに何人か向かってくれたかもしれない。

いずれ、エシェルも見つけてほしいから、それでいいのだろうけれど。


「……その二人は?」

「神魔のヒトです。このヒトが無理やり力を使われていたみたいで」

「すぐに治療を」


こちらの情報をどこで得たのか、来てくれた浅井さんは事情を察したようで隊員に指示を出しかけた。


「必要ないよ。あとはボクがダンタリオン……魔界の大使のところに連れて行くから、話ならあとで聞いてくれるかな。しばらく、厄介になることにするよ」


あくまで、口調がフラットで軽い。

ことの重大性が伝わりづらいが、浅井さんはお願いしますとだけ声をかけて、再びそれぞれに指示を飛ばす。


忍が、受け売りながら経緯を説明して、他のメンバーは現場のB-2の確認に向かった。

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