8.召喚
一様に二重の円が外縁になるが、中に描かれるその文様はそれぞれだ。どれも何を意味しているかはわからない。
けれどそれは日本で言うなら「五芒星」。
その上に並行する2本のライン。更に十字に近い文様と、規則性のある小さな点。
やはり意味は分からないが、馴染みのある記号文様が入っているせいか、逆に遠さは感じなかった。
そして……
ガチャ
「!」
ドアノブが回る。
「駄目ですよ。お話に一生懸命になってたら、追いかけっこになりません」
「本須賀……!」
声とともに悪魔を従えた本須賀葉月が扉を開け……
その瞳が、驚きに見開かれた。
正確には、悪魔の方が反応が大きかった。
こちらを見て、動きを止める。
シジルの発する光とともに何者かが召喚された瞬間を、それらは見たはずだった。
視界の端で、誰かのコートの裾が揺れる。
「急に呼び出しなんて、どうしたんだい? 何か困ったことでも?」
そして、呼び出されたそのヒトは、悪魔と本須賀を見てから、いつもの笑みをたたえた顔でそういった。
褐色の肌の、人間。
にしか見えない容貌で、だが、オレたちと本須賀の間に立つ姿に、少なくとも悪魔の方は完全に動きを止めていた。
「あなた……悪魔……?」
「アスタロトさん、あの二人は……」
と説明をしかけて一瞬止まる。
忍はそれから、改めてその先をつづけようとしたが、当の本人に制された。
「わかるよ。もう『視』た。ハルファス、要石を割らせて歩いていたのはやっぱり君だったんだね」
「……」
そして、転移召喚で呼び出されたアスタロトさんは、余裕しゃくしゃくと言った感じでポケットに手を入れて、それを眺めた。
「どうしたの……行きなさい!」
「無理だよ。彼はボクの力を知っているから、ボクを止められない」
「……どういうこと……?」
「つまりこういうことさ」
『召喚された』、つまり今のアスタロトさんも制約がはずれているということになる。
見るからではあるが、格上なのだろう。
魔界でのそれは、力関係においてはおそらく絶対だ。
眼前の悪魔二人に、人間界のルールは通用しない。
「ハルファス、選んでいいよ。今すぐに魔界に帰るか、それとも今ここで、ボクに首を飛ばされるか」
「!」
さすがの発言にぎょっとなる。
アスタロトさんからそれほど率直な言葉が出るとは思わなかった。
だが、だからこそ、ハルファスと呼ばれた悪魔は唸るようにして、それに逆らえないようだ。
「本須賀葉月、だったね。君はさんざん掻きまわしてくれたけど、君自身も利用されていただけ、と言っていいのかな」
「……な……」
「このハルファスという悪魔はとても狡猾で、人の血を見るのが好きなんだ」
悪魔はただ、まんじりともせず、動かない。いや、動けないのか。
先ほどは感じられなかった圧迫感ではない妙な緊張感が、辺りを取り巻いている。
それは、オレや忍、アスタロトさんではなく、事態が呑み込めていない本須賀でもない。
だとすれば、この強い緊張をめぐらせているのは、あの悪魔なんだろう。
「無条件、代償なしで人の欲望を叶える。けど、実際の代償はその結果、流れる血だ」
忍はただ、黙ってそれを聞いている。
いつもの通り、理解に徹するとこうなる。
今の話だけでも、結局はこの悪魔にそそのかされていたことはなんとなくわかるが……
まだわからないことだらけだった。
が、すべてを理解したらしきアスタロトさんは、話を進めた。
「さぁ、もういいだろう。それとも、もう一度言わないと駄目かい? ハルファス」
「……」
「君はこの国に貢献もしてくれたんだろう? 例え君の都合だとしてもね。だから、今日は見逃す。選ばないならボクが選ぶけど、いいかな」
「…………」
悪魔は終始無言のまま。やがて、霧散するように、すぅっと姿を消した。
「待ちなさい!」
そう叫んだ本須賀の前に、アスタロトさんは音もなく歩を進める。
「本須賀葉月。……君は愚かだ」
その瞬間。本須賀はオレたちには見えないほどの速さで刀を抜いて、横からアスタロトさんにそれを放つ。
当然のように、首筋に届くその前に人差し指と親指だけでその刃を止める。
「あなた……なんなの!?」
「何って、悪魔だよ」
渾身の不意打ちが不発に終わり、膠着しているように見えるが、実際は本須賀が刀を動かせないんだろう。
全く力が入っているようには見えないが、やがて、本須賀の手元の方ががくがくと震え始めた。
アスタロトさんが手を放すと、反動のように本須賀は刀を落とす。
その首を、無造作にアスタロトさんは掴み上げた。
「アスタロトさん……!?」
「秋葉」
見慣れない光景に思わず声を上げたが、忍に止められた。
任せよう、ということだろう。
オレもその光景をただ、見る。
鼓動がいつのまにか早くなり始めていることに気付いた。
「君はねじれて歪んでいる。それを好む者もいるだろうが……ボクは嫌いだ」
「うっ……」
笑みを浮かべるその手に力が入ったのか、ミシリ、と音がした気がした。
本須賀が苦痛の色を浮かべ、だが、アスタロトさんはその事実を本人につきつけている。
「なのに動機はとてもシンプルだ。『ただ、力が欲しい』。どうりでハルファスと仲がいいはずだよ」
「どう……して、それ、を……」
本須賀の足元は浮いている。
アスタロトさんの声は、いつも通り静かで、笑みさえはらんでいるが、どこか底冷えして聞こえる。
見ている姿がいつもと違うからだろう。
それともこれが、本来のアスタロトさんの姿なのだろうか。
「ボクは時間を見ることができる。君の過去、未来。もうすべて見た。さして面白くもなかったけど……諦めるんだね」
それから、少しだけこちらを振り返って来る。
「さて、どうするかな。召喚主さん」
「……それも見えてるんじゃ?」
「いや、君は見られることを嫌うし、そういう約束だから見てないよ。第一、会話する意味もなくなるけど?」
それでは困る。
オレたちには何も伝わっていないし、今の会話から推測できることもほんのわずかなことばかりだ。
ともかく、オレたちの危機は去ったには違いないが……
「……」
忍は吊るされているままの本須賀の姿を見た。
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