9.処遇
「この子が君たちにしようとしたように、記憶を消すかい? それとも、敢えてこのまま放っておく?」
普通に考えたら前者が無難。
だが、アスタロトさんが提案するからには意味があるはずだ。
忍の方を見ると、少しだけ考えたようだったが……
「離してあげてください」
そういった。
「優しいね、君は」
解放され、どさり、と床に崩れて咳き込む本須賀を、アスタロトさんは見もしない。
「違います。記憶を消してもあちこちに記録が残っているし、空白の時間に何が起こるのかわからない。ハルファス、という悪魔が他の人と接触をしていてその人が動くようなことがあったら……結局、不確定要素が増えるだけかと」
「君は賢い選択ができる子だね」
ハルファスの過去が見えたとしても、さすがにその先で繋がった人間までは見えないのか。
あるいは他に理由があるのか。
アスタロトさんも概ね同意のようだ。
「けれど、そちらの選択だと間違いなく彼女の一件は握りつぶされる。そして君のことも知られた。このリスクに関しては?」
「すべての事実を知る方が優先です」
「……だ、そうだよ。命拾いしたね。君」
そうか、忍が最善、として選んだのはこの事態のもみ消し……人間側の事情までは制御しかねるダンタリオンではなく、まずはすべてを確認すること、だったのか。
アスタロトさんの時間見の力を使えば、確かに証拠隠滅だの小細工は全く意味がない。
「でもやっぱりボクとしては、さんざん振り回してくれたお礼くらいはしておきたい。これはボクの判断だから、秋葉たちには内緒にね」
そういってアスタロトさんは、なぜか床に座り込んだままの本須賀の耳元に顔を寄せた。
何事かをささやく。
「!」
本須賀の顔色が変わったのをオレたちは見た。
けれど、それだけだ。
何を言ったのかは、わからない。
「彼女はここで少し反省をしていくそうだよ。ボクたちは出よう」
それでとりあえず、廊下へと出る。
「ここから外へは自分たちで出られるかい?」
そう言われて、つい、見てしまう。
安全のために建物から出るまでいてくれるものかと思ったが……
オレの心を読んだかのように、分かるように言ってくれる。
いや、さっきの話だと何も見ないようにはしてくれてはいると思うけど。
「幸いこの辺りは監視カメラはないようだし、何とでも改ざんできるけど色々手間は省きたい」
「そうですね、掛けなくてもいい手間はかからない方がいいですもんね」
さすがに同意するオレ。どれだけ科学的監視、霊的監視、それらがこの辺りにめぐらされているのかもわからない。
「でも、本須賀は?」
「彼女は事態を理解するのに時間がかかるだろう。いずれ、忍のことは遅かれ早かれ明るみになることだし……要石を割って回っていた犯人がわかったなら上出来だとボクは思うけど?」
「……そうですね、これで、結界がやたらに壊れることがなくなるんだったら……」
忍は珍しく何も言わない。
監視カメラのあるところまで、と言ってアスタロトさんも歩きながら話す。
それも長くはなかった。
「忍、送還してくれるかい? 街歩きの途中だったんだ」
「あ、すみません。……アスタロトさん」
そして、聞いた。
「アスタロトさん、ひょっとして今の状態より、制約がかかっている状態の方がいいことがあるんですか?」
ダンタリオンなんて隙あらば外したがっているし、観光目的で特に能力を使う用のない神魔はあまりこだわらない。
……あぁ、そういえばアスタロトさん観光滞在だよな。
そういうことなの?
オレの勝手な答えが出てきてしまう。
「いいこと、というか……特に必要としていないからね。余計なものが見えたら、楽しくないだろう?」
やっぱりそういうことなのか。
「必要ないって……アスタロトさんの特異能力ですよね」
「秋葉、時間見っていうのは僕らにしてみるとあまり重要でない力なんだ。それを欲するのはむしろ人間」
少し考える。
「ボクは自分の未来が見えないし、例え確定していた未来でも不確定要素のボクが介入すれば可変の可能性が出る。……まぁ未来なんて本来はそんなものだろう」
そうなると色々と疑問が出てくるが……
「ここから先は忍と話してごらん。答え合わせは後でしてあげるから。……それと、今日ボクが知った『過去』もね」
そうだな、それはあとで整理して聞く必要がある。
オレだけじゃなくて、たぶん、ダンタリオンや清明さんにつなぐ必要もあるだろう。
アスタロトさんの口ぶりでは自分からは積極的に関わる気はないようだし……
「そろそろ送還しますか?」
「そうだね、また、あとで」
そして忍はT字の通路に入る前に、アスタロトさんを元の場所へ還した。
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