10.宿題

そのまま二人で、出口と思しき方へ向かって歩く。


「答え合わせするっていうからには、やっぱり考えておいた方がいいってことか?」

「宿題なのかな。でも気になるといえば気になるし」


そこで一端言葉を止めた。


「そんなに難しくない話しなんだろうね」

「いや、難しいだろ? 魔界の事情だろ? オレたち結局今現在、何もわかってないけど」

「それ説明したら長くなるから、今話さなかっただけでしょ。あとで公爵辺りからまとめ召集かかると思うから、少しくらいは考えておいた方がいいと思うけども」


……話す機会もうかがうとか、さすがだな。

思ったことを速攻口にするどこかの大使とは違う。

それで、オレたちは自然、アスタロトさんの「宿題」について話し始めた。


「時間見、ってオレたちにとってはすごく特別な力みたいだけど、重要じゃないって言うか意味がないみたいな感じだったな」

「それはやっぱり、知ったところで介入すれば変わる可能性が出てくるから……アスタロトさんにとっては確かに、あまり意味がないのかもしれないね」


ただ、見るだけ。

というのは趣味でもない限りは確かに、本当に、意味がない。

それを活かしてなんぼといった感じだが、そもそも活かそうとして手を出したら変わってしまうのでは本末転倒だ。


「人間は未来知ったら、それ利用しようとするもんな。たとえばナンバーズ当てるとか」

「きっと誰もがそれは普通に考えるだろうけど……悪魔呼んでまでやりたいことだろうか」

「億万長者になるとか権力者になるって意味では、同じだろ」


欲望の対象が庶民すぎてわかりづらかったが、悪魔を召喚するような人間は昔から、権力者だとか何かしら企みがある人間と相場は決まっている。

そもそも利を追求した結果、走る行動であるだろうから。


「そっか、そうだね。だからむしろ人間の方が欲している力、ってことか」

「そういえばアガレスさんとかも時間見出来るし、爵位関係ない能力って言うか……そういう意味でも実はあんまり重視されてないっぽい?」


ようやく地上に向かう階段をみつけた。

エレベータは各階共通ではなく、あちこちに点在していたこの地下はダンジョンのようだ。


「人間が求める力と、魔界での有益な力っていうのは当然違うんだろうね。勢力だとか、力関係だとか、そういうのはたぶん、もっと別の力の方が重要で……」

「例えば?」

「戦闘力」


すっごいわかりやすい。

いままで関わってきた悪魔のヒトたちは、ソリストだったり、芸術家だったり、親和だとか敵対心を煽るだとかそういう能力を聞いてきたけれど、魔界でそれでどうやって、格が決まるというのか。



普通に考えれば、それはオプション能力や趣味特技の延長にある力だと思われる。



「もちろん、フェネクスさんなんかは自分より格下の悪魔には、あの歌で魅了効果とか発揮できると思うんだよ。でも上位に対してはたぶんそれ、効果ないよね」

「……わかる。アスタロトさんの時間見だって、ハルファス……だっけ。あの悪魔の方が上位だったら通じない可能性があるってことだろ?」


どうみてもアスタロトさんの方が上位なので、相手が逆らいすらしなかった。

明らかにその序列は、時間見の能力とは関係ないと思われる。


「全く無意味ではないとは思うけどね」

「時間見?」

「うん、例えばある程度予見ができたとして、自分に有利に進めたい場合、どうそれを使うかは結局、それを知るヒト次第ってことでしょう?」

「………………アスタロトさんはすっごい効果的にそれ使えそう」


さして重要でない、といいつつ指一本動かさずにハルファスを魔界に追い返し、あの本須賀から戦意を喪失をさせた。


あれは、情報の使い方の上手さに他ならない。


「でも面倒だからやらない。くらいにたぶん、魔界で公爵として地位を保持する力を持っているのでは」

「それもわかる。なんか想像つく」


主に、面倒だからやらない、の部分。


「予見は確実。だけど可変することも知っている」

「逆に難しくなりそうだわ」

「そこでもうひとつ例にしてみよう。公爵が持っている能力は?」

「ダンタリオンか? 幻術とか読心とか、人間には知識を与える系だっけ」

「それって、魔界においてどれだけ意味のある力だと思う」

「無能」


珍しくオレ、即答。

そんなもの悪魔相手に使ってもむしろ看破されるとか、そもそも与える系の能力は人間相手の力だろう。


……そして、気づく。

オレたちが知っている多くのソロモン七十二柱の能力は「人間に作用するもの」ばかりで、魔界でなんらかの争いがあった場合。


ほとんどがその意味をなさない。


「ていうか振出しに戻った。オレの頭の中で」

「リセットボタンを押しながら、電源をお切りください」

「オレその時代の生まれじゃないから。ネタとしては知ってるけど、リセットされても困るし」


わけのわからない会話を交わしつつ、階段を上がってふたたび通路を歩く。

それを何度か繰り返す。


「知ってた? ベレト閣下の能力って恋愛感情を操作することなんだって」

「!!? 恋愛感情!? どうみても魔王で鎧来て馬乗って、ものすごい戦闘能力で敵を屠ってそうなのに!!?」

「呼び出されるの嫌いなのって、そういうことに使われるからなのかな……本当はすごくお強い魔王様が、男女のあれこれのため力使えって言われたら、すごくプライド傷つかないかな……」


どうでもいい新たな事実が発覚してしまった。


「そっか……つまりそれだけ、オレたちの間に伝わっている七十二柱と、魔界で必要とされる能力は違うってことか……」

「多分ね」


オレたちが見ている力は、あくまで人間界向きの力の一端。

ハルファスという悪魔が、アスタロトさんを前に一言も発することなく従った理由は、分かった気がした。

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