9.炎もたらし【結び】

炎はすべてを焼き尽くす。

それが浄化なのか破壊なのかはわからない。


記録に残るのは関東大震災、焼け野原になった東京。

世界大戦、これも破壊の限りを尽くし、燃やし尽くされた街は凄惨な光景をストレージに残した。


炎は、すべての破壊をもたらす。

形をとどめて破壊をもたらす「水」とは違う


けれど、そこは炎の海だった。


……オレたちは、海の底にいた。


「これは……」

「熱く、ない?」


誰かが呟いた。


「ちっ、あいつ、オレたち神魔に貸しでも作る気か」


ダンタリオンの忌々しそうな舌打ち。

そのずっと上の方は、騒がしい。

けれど、深い海の底は、静かだった。まるで本物の深海のように。


「ひょっとして ……司くん!」

「総員退避。医療班は重傷者の収容を急げ。それ以外の隊員は、当初の通り編成を組みなおし、合図があるまで待機しろ」


ここに降りてきた、そしてこの事態に一旦集合した特殊部隊の人たちの中に司さんの姿もあった。

何が起こっているのかを確認するより先に、この機にすみやかに立て直しを計るよう指示すると、再び海の底はにわかに慌ただしくなって、オレたちは地下ではなく手近なビルに身を寄せた。それが局長の指示だった。


やがて、炎が消える。


大天使であるミカエルが見たのは、ビルの上にも下にも、すでに人っ子一人いない……ただ、静まり返った街並みだった。


「貴様……人間どもを逃がしたか」

「残念ながら。彼らはそんなに臆病な生き物じゃない。君はその断罪に来たんだろう?」


忍が持つ無線から、やはりどこかしらからの音源を拾ったその声が聞こえる。

今はまだビルの中から下手に外もうかがえず大きな柱の影に身を隠したまま伺う。

静まった空間に響いているのはミカエルと、エシェルの声。


「今のは……エシェルが守ってくれた……?」

「そのようだね。先手を放ったのはミカエルだったけど、今の炎はウリエルの方だ。たぶん『正当防衛』なんだろう」

「!」


アスタロトさんが隣で身を隠すこともなく、見上げながらいう。そこから空は見えないが、まるで壁を透かしてそれを見ているような視線になっている。

オレと忍がこちらに来た理由、それは局長の命令もあるが直前にアスタロトさんと局長のやり取りがあったからだ。


「兄ちゃん、秋葉と忍ちゃん頼むわ」。


要約しなくてもこの一言なのだが、当然にアスタロトさんは地下へ隠れるようなことをするつもりはないだろうから、見学者としてもう戦闘には加わることのできない忍と、オレを一緒に、ということなのだろう。アスタロトさんはそれなりの対価はもらうよ?などと言いながらオレたちと一緒にここへ来た。


相変わらずこのヒトだけはいつもの余裕の表情で。なぜか安心感はある。


「さっきの炎は、ウリエルのだと?」

「そう。ウリエルは地を司ると言われているけれど『神の炎』を持っている」

「神の炎?」


疑問しかわいてこない。アスタロトさんは動かない戦況にゆっくりとそれに答えてくれた。


「その名の通り、断罪のための炎の力だよ。エデンを永遠に閉ざすために彼の剣が使われたというし、ミカエルの炎を相殺するとは相当なものだね」


ウリエルは前回と同じように、理由を作ってオレたちを守ってくれているのか。前回と違うのは、今回はその意図が完全にオレたちにも通じているということだ。


そして。

戦況があまりに目まぐるしく、文字通りハイスピードであったためその疑問を口にすることはなかったそれを、オレはわずかな時間を縫って声にした。


「なぁ、忍……森さんは? ずっと姿を見ないけど、参戦予定じゃなかったのか?」


スサノオの力を持つ森さん。正しくは、スサノオが森さんの身体を使う。森さんは一般人だから当然ここに巻き込まれるのは正しいことではない。

けれど、そういう理由で森さんが大人しくしているとも思えず。


「いるよ。ずっと。たぶんスサノオがもう入れ替わっていて戦況を見てるんだと思う」

「スサノオが? 最初から参戦するんじゃなくてか」


意外だ、と思った。今までのスサノオのやり方から自分が割り込むタイミングを図るようには見えなかったから。


「本須賀葉月の最期を見たでしょう? いくら森ちゃんの身体でも長引けば負担はかかる。ミカエルの出るタイミングで総攻撃をかけたかったんだろうけど、やっぱりそこは一筋縄ではいかなかったね」


いきなりの炎の雨。閉ざされる視界と分断された戦線。

確かに一人で切り込むには自殺行為に近い状況が続いている。「ミカエルを仕留めること」それが大きな到達点で、スサノオ投入の狙いは雑魚の相手ではないということか。


ということは。逆にスサノオが出てきたときが、最後と言っていいんだろう。


ドォン!と上の方から聞こえてくる破壊音。気配なんて微弱なものは普段はわからないが、それがわかるくらい天使たちが動き出した音がする。アスファルトに落ちる焦点の曖昧な影は忙しなく動き始めていた。


『天使たちがウリエルを「敵」と認識した模様です』


無線が小さく音を上げた。ひどく事務的なモニタリングの声だった。

地上に何かが至る様子はない。オレたちも身を潜めていた柱を離れて、上空が見える場所まで移動する。


聞こえた通り、人間の姿が消えたこの空間で、天使たちは遥か高み、全勢力をウリエルに向け始めていた。

たくみにかわしながら、ミカエルと対峙を続けているウリエルの姿が見える。


『ナゴミ、どうするんだ!』


地下にはいないだろうダンタリオンの声が聞こえてきた。


『他の神魔も判断しかねている。天使同士の内輪もめだ。オレからすればどっちも倒れてくれればそれがいい』


だが、そうもいかない。との話の続きが無線を介して聞こえてくる。


『どうするっていうんだ。助ける? あのウリエルを? 冗談じゃないぜ』


依然として通りに人の姿はない。かと思われたその時、地下へと続く通路から姿を見せたのは清明さんだった。

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