10.再び 人は【待ち】
ダンタリオンもその姿を認めたのかそこへ降りてきた。場所が近いので、肉声で話が聞き取れる。
「でもこれで戦況は確実に変わりましたよ。分水嶺を創ったのは秋葉だ」
確かにエシェルはオレの前に姿を現したけど、オレが何かをしたわけではない。こちらから割り込む余地はなく。会話は続いている。
「それで? どうしろって?」
「どうするもこうするも、どうしますか」
すっとんきょうにも聞こえる会話。しかしそれは判断がつかずに聞き返しているわけではないことは明らかだった。
「この戦闘の口火を切るのは、公爵ですか、それとも私の式ですか? ……派手な役ですが、一番手、もらっていいですか」
「それは困る。一番なのは当然オレだろう」
清明さんの答えはもう決まっていたらしい。それを聞いたダンタリオンの顔にいつもの「らしい」笑みが浮かんで、答えるとともにアスファルトを蹴って猛スピードで上空へと至る。
続くようにどこからともなく神魔たちが、中央付近に集まりかけていた天使たちを包囲する様に現れた。
「パイモンを呼んだのは正解だったね。さすがに『西の魔王』だ」
小柄で華奢な少女のような外見とは裏腹に、表情も変えず天使の群れを割る勇猛な戦いぶりをアスタロトさんは見上げ、感心したようにこぼしている。
パイモンさんだけではない。口火が切られたことで「天使同士」の闘いを静観していた神魔も、再び天使たちを倒しにかかっている。
上空で再びはじまる戦闘。
けれど、そこは人の手の届きそうもない場所だ。
処置に手間取っているのか、それとも伺っているのか、特殊部隊が、人間が動く気配はなかった。
「オレたち、できることないのかな」
「……ないね。私もあとは任せるだけだ。秋葉も私も、やることをやった」
「オレ、何かできたか?」
デバイスを失っても召喚の力を活かした忍。最初からここにいるはずのなかったオレは、一体何をしたんだろうか。なんとなく神妙な心地で零すと、忍はそれを掬い上げてくれる。
「できたよ。エシェルをずっと繋いでたのは秋葉だった。だからエシェルはそれに応えてくれた」
そして、再び空へ視線を馳せる。その姿は見知っているからか、それとも他の天使たちよりひと際違って見えるのか、すぐに捉えることが出来る。
「結果的に、秋葉が繋ぎ続けていたんだ。……私は気付いてた」
そう言って珍しく、小さく笑う忍。
そうか。そうなのか。自分ではよくわからないけれど、その言葉はなんだか嬉しくもあり。
オレの口元も気付けば遅れて少し、綻んでいた。
「やることはやった。だからあとは……」
「天命を待つ、かい?」
「アスタロトさん」
静かに話を聞いていたアスタロトさんが、そうして声をかけてきた。
流れでなぜ参戦しないのか聞きたい気分になったが、ただの気分で理由はないので、もちろん聞きはしなかった。
けれど、アスタロトさんはそれを見越したように、再びビルの谷間を振り仰いで続けた。
「ボクはあそこに加わるほどの役も参加権も持っていなくてね」
らしいといえばらしい。
ダンタリオンと違ってアスタロトさんは決して、派手な登場は好まない。
そうしていつも、いつのまにか、そこにいたりする。
「君たちの言葉だったね。人事を尽くして、っていうの」
「やることができたらまた、動きます。でも今は、たぶんない」
「そうだね、君たちはちゃんと見ているといいよ。自分の目で。自分の耳で聞いて、その先は自分で選び取ればいい」
その時だった。
ショーウィンドの大きなガラスが端からものすごい勢いで割れだす。
外から圧力がかかって割れたそれは、人間の身では、避けようもないガラスの弾丸と化し、内部に向かって飛散する。
「!」
「おっと」
思わず眼前を腕で覆うが、目の前のそれを浴びれば死んでいただろう。
アスタロトさんのいつも通りの軽い声で、顔を上げる。
分厚いガラス片は、するどいナイフの刃のようにとがって相当奥まで飛散していた。
……役。
そんな大層なものではないが、ひょっとして俺たちを護るために残ってくれているのだろうか。
……それはおめでたい人間の、都合の良い解釈だ。
でも今はきっと、それでいい。
アスタロトさんがいてくれたから、オレも忍も無傷だった。
オレたちの足元だけ破片も何もなく、目の前で半円状にここを通過するはずだったであろう凶器のような欠片が散らばっていた。
「派手にやってるね」
天使が落ちてきていた。
その衝撃だったらしい。
片羽を失ったその天使は、額や目から緑色の体液を流しながら天使とは思えない、無表情な形相でこちらを向いた。
「カァァァ!」
言葉にすらもなっていない。
初めからこうなのか、それとも壊れているのか。
「よ、っと」
突進してくるそれをアスタロトさんは軽く蹴り飛ばす。軽く見えて威力は相当だ。
天使は反動でふっとんで背をしたたかに、窓のあった場所より手前の柱に叩きつけて落ちた。
「……目測を誤った」
外に飛ばすつもりだったのだろう。言いながら、アスタロトさんはそれに歩み寄って残った翼を無造作に掴み上げる。
「君たち、こんなものがないと飛べないのかい? 存外、不自由だね」
グシャ。
そのまま、握り潰す。
……初めて、アスタロトさんが「悪魔のような行為」をしているように見えた。
それを無造作に外に放ると何事もないようにこちらを見て、いつものように微笑う。
戻って来て、それから上空が見える位置に並んで、言った。ふいに笑みを消して。
「……彼、もうすぐ堕ちるよ」
「……? 堕ちる?」
アスタロトさんが見ているのは、戦線の真ん中にいる天使の二人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます