7.お礼と挨拶
「そうか、あの時……だから不知火は」
「不知火、エシェルになついてたもんね。多分、すぐにわかったんだと思う」
忍は病室に駆け込んできた不知火の様子を語る。
窓の方を見て、それから何かを探すように辺りを忙しく見回していたこと。
「実は、私も窓の方で羽音を聞いた気がしたんだ。舞い込んだような羽も……見えた気がしたけど、消えたから、気のせいかと」
「……目覚めたばかりで朦朧としてたんだな」
そしてそれからすぐに、オレたちが病室に入ったからそんな話にもならなかった。ダンタリオンの言うように人間に気取られるレベルじゃないから、清明さんも気づかなかった。
結局、急に目が覚めた原因は不明、ということになっている。
「これ、話すわけにいかないよね。話せばすぐ退院だろうけど、何か大変なことになる気がする」
「清明さんならいいんじゃないのか? どっちにしてもあと何日かはあんまりうろつかない方がいいんだろ?」
「俺から繋いでおくから、とりあえず大人しく」
「あまり言われると大人しくの基準がわからなくなってくるよ、司くん」
忍を考えさせてはいけない。しかしそこは扱いを踏まえている司さん。
「病室に戻ったら森と遊びに行くから」
「わかった。待ってる」
今から大人しくなった。
「清明がどこまで情報操作できるか知らないが、オレが関わってたことは表沙汰にするなよ」
「お前が単に毛嫌いしていることはわかった。お互いいいことなさそうだからそうする」
「一言余計なんだよ。返事は『はい』だ」
この悪魔はもう悪魔としての何かを欠落しているのではなかろうか。まぁミカエルが攻めてきたときは結構頑張っていたので、引き続きしばらくはそっとしておく。というか、相手をしているときりがない。
「でも、どうして今頃……」
「ここでもうその話はするな。理由は言わなくてもわかるな?」
「わかった。単に嫌だからな」
「犬嫌いのやつにお前は犬の話をしまくるのか? 既婚者が独身者に子供の写真オンリーの年賀状送るのと同じくらい嫌われるぞ」
その例え。間違ってないけど季節外れにもほどがある。
「わかる。誰だよ、ってなるだけだから。やめます」
「よし、シノブは聞き分けがいい」
「むしろその理由でやめるのがわからないよ! その聞き分けの良さが意味不明だよ!」
そのやり取りを眺めていた司さんが小さく笑っている。……珍しい。
「司くん?」
「いや。なんとなく二人ともお通夜みたいな空気のこともあったから、可笑しい」
「あぁ。意外とメンタル引きずられるよね、こっちのメンタリスト」
「オレかよ!」
一方で忍は相変わらずだ。そりゃ間に挟まって意味不明なことを平然と言う人間がいなければ、ここまでオレも疑問を抱く日々ではない。
「オレはともかく秋葉なんか忍の話題になるとため息ついてばっかだし」
「聞かれるたびにまだ目を覚まさない、いつになるかわからないって答えるだけなの、ため息もつきたくなるわ」
そんなことを言って、なぜか同時にため息をつくオレとダンタリオン。
忍が割って入る。
「公爵、ご挨拶がまだでした。いろいろご心配かけました」
「……オレ、近づくなって言ったよな?」
「おかげで大人の事情を除けばもう退院しても全然平気そうです。感謝のキスとかしていいですか」
にこにこにこにこ。
通常であれば絶対に言わないことを言っている。これはもう
「嫌がらせしなくていいから! 今のお前にキスとかされたらオレは三年滝行をする!」
「何教だよ。魔界にも滝行とかあるの?」
「もちろんないよ。高温すぎて青いマグマの滝はあるからそこに放り込んで来ようか。……一瞬で浄化される」
「浄化って言うか炭化されるんだよ! 全部消えてなくなるだろ!」
「忍、ボクにお礼は?」
「………………どうしたら」
オレに答えを求められても。普通にありがとうと言えば済みそうだが、ダンタリオンにキスとかふざけた後なので、それでは済まない予感しかしない。求められているわけではないが、故に同じことを言ってもアスタロトさんには通用しないのはオレにだって目に見えている。
「あ、そうだ。興味があるなら護所局の見学とかします? 観光で入れないとこ」
「それちょっと面白そうだね。シノブは普通じゃないところにも案内してくれそうだし」
ナチュラルにお礼が成立しはじめている。
アスタロトさんは舞台裏の方に興味を持つタイプだと、オレは今、改めて思う。
「あーもー今から行ってこい。今日はオレは駄目だ。ちょっと直会(なおらい)してくる」
「なおらいって何」
「神事の後に御神酒(おみき)飲んで締めるやつでは」
「要するに公務ほっぽって酒のみに行くってことか。お前、余計な知識入れ込みすぎ」
「オレはインプットも優秀なんだ。今日は解散! 用もないし」
定期訪問だが、はっきりと言い切った。もうオレたちも顔出し以外用がないので、全然平気そうなアスタロトさんと少し話をしてから、忍を病院まで送って帰ることにする。
「とりあえず、顔見せの目的は達成できたからいいか……」
「ホントにあいつ、エシェルのこと毛嫌いしてるのな。悪魔事情知らんけど、あいつの前でやっぱ話さない方が良さそう」
「そうだな。けど本当に、どこで何をして……」
清明さんは『ウリエル』が姿を消したあの時、もう捕らえられることを覚悟している、と言っていた。だとすれば逃げ回っているわけではないし、そんなことをする性格にも思えないから、何か意味はあるんだと思う。
と、その時、司さんの無線に緊急連絡が入った。
一応今の忍は「要人警護」の対象に入るので、最低限連絡は繋げられることはない。ということは、それと同じか上回る重要度の連絡……
オレたちを待たせて会話が聞こえない距離をとってやり取りをしている。その表情は、だが隠すまでには至らなかったようで。
「少し時間かかってるな」
「……司くんの表情が変わった。何か大変なことが起きているかも」
忍がそう言ったとき、オレは司さんを見たが相変わらず落ち着いている。変わっているというほど変わって見えないが……
「……確かに話が込んでるみたいだけど、そうでもなくないか?」
「一瞬ね。今はいつも通っぽい。けど」
と二人して再び見ると、ちょうど黙しているところだった。相手が話しているのか、思案しているのかはよくわからない。
ゆっくりと口を開く。おそらくは一言。それで会話は終了した。
「すまない、急ぎの仕事が入った。忍、一人で戻れるか?」
「急務の内容は?」
「………………」
なぜか返答しない司さん。忍がわざわざ聞いても極秘事項なら司さんは教えない。けれど、少し迷っているようだった。
「私たちにも関係ある?」
「ある」
それだけ答えた。
「けどお前は大人しくしていてくれ。約束しただろ?」
「森ちゃんと遊びに来てくれるんだよね。その仕事、早く終わりそうなの?」
「多分な」
後で話す、とオレの方も見て司さんは背を向ける。しばらく見送っているとその先にサイレンを鳴らした緊急車両が止まって、窓から司さんと同じ服……特殊部隊の隊員が顔を出し、司さんはそのままそこに同乗して現場へ向かったようだった。
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