6.聖痕。…のようなもの

気は進まなかった。

が、忍が挨拶をしておきたいというので、退院許可がまだ下りてない状態だがダンタリオンの公館に連れ立っていく。

オレはふつうに仕事。外出許可はちゃんともらったので司さんは忍の護衛が実のところ、という感じで久しぶりに三人だった。


「おま、何された! 近づくな」


ダンタリオンに挨拶……そんなものわざわざすぐしなくていいのにわざわざ来た。にも関わらず久々の笑顔で迎えたはずの魔界の公爵は、自分から近づいておきながらいきなり渋面をして自ら引き下がった。


「……人がせっかく挨拶に来たのに」

「だからわざわざ来ることないって言っただろ」

「あまりにもな態度だな」


オレたちは口々にその態度に感想を述べる。忍は少なからず傷ついた模様。気丈そうで割とデリケートにできている。


「そういうことじゃねーんだよ。……そうか、お前らには全然わからないんだな」

「何の話?」


ダンタリオンは元いた自分の執務机まで撤退している。本当に忌避するような顔でこちらを見ている。


「聖別されただろ。何日前だ」

「せいべつ?」

「一応、Femaleですが」

「ち・が・う」


明らかに性別のことではないのをわかりつつ、忍。

久しぶりだな、この感じ。


そんなことをしていると、アスタロトさんがやってきた。


「忍が来てるって聞いて、来てみたけど……何してるんだい?」

「わからないのか、お前は。オレの前に本人を見ろ」


イスの後ろからこちらを見るさまは、後々忍曰く。「全身の毛を逆立てて威嚇している猫のよう」。……本人は猫より犬っぽいけど。


「……」


言われた通り忍の方を見るアスタロトさん。妙な間があった。

それからすたすたと寄って来て、そこでまた数秒。じっと忍を見る。


「?」


思わずオレたちから出る疑問符。

アスタロトさんは、それから忍の額を分ける髪を片手で上げると、身長差から少し見下ろす形のまま言う。


「あぁ、急に意識を取り戻したって聞いてたけど、彼に会ったのか」

「彼?」

「ウリエル」

「!!?」


疑問符が驚きに変わるオレたち三人。いつ会ったのか聞かれて「いつ?」と忍の方が文字通り頭を抱えそうだ。


「会ってないんだろ。順番が逆だろ。意識のない時に来た、が正しいんだろうが」


いつになく回りくどい言い方で距離を取りながらダンタリオン。


「そんな警戒しなくても」

「しない方がおかしい。御前天使の気配なんて穢れ以外の何者でもない」


がるるる、と唸り声が聞こえてきそうな喧嘩の売り方のようだ。悪魔が穢れとか。もはや言語中枢が日本語ナイズされていてツッコミどころも見失いそうだ。


「そうか。彼に目覚めさせてもらったのか」

「……アスタロトさん、説明を」


もはや、疑問符しか飛ばせないオレたちを代表して司さん。

アスタロトさんはようやく忍から手を離すと、オレたちに向き直った。


「僅かだけど忍から聖別されたような気配を感じる。痕もうっすらだけど残ってるし、ウリエルが忍の意識を引き上げる手伝いをしてくれたんだろうということはわかる」

「すみません、聖別からお願いします」

「それはアレでしょ。お清め的な」


忍、その言い方だと全く違う宗教に感じる。たぶん合ってるけど、何か違う。

というかわかっているのにダンタリオンにはFemaleと答えたのかお前は。


「全然わからない……というか術師も気づかないようでしたが」


司さんが忍の方を改めてみてから、そう繋げる。


「オレら魔界でも公爵くらいにならないとわからない程度だよ!」

「だからその程度でなんで警戒してんだよ」

「相手が悪い」

「君がとって食われるわけじゃあるまいし、大げさだよ」


そうなんだろうか。ダンタリオンはエシェルに初めてあった時がもう殺す勢いだったから危険視するのはなんとなくわかる。わからないのはオレたちが「エシェル・シエークル」という人だと思ってずっと接してきたからこその感覚で。


四大天使ってよく考えたら、あのミカエルと並ぶってことだろ? すごい天使ってことだよな?


……アスタロトさんは世界のおススメの観光スポットにモンサン・ミシェルとか答えたヒトだから、感覚が更に違う気がしないでもない。


「こいつ信じられねー とって食われる可能性があるから先に潰した方が得策だって相手に何言ってんだ……」

「その存在を黙してた君が言うとはね」


今度はぎくりとダンタリオン。


「そっか、ちゃんと黙っててくれてたのか」

「……それはお前らがいる内は、何もしなければ、って話しだっただろ。関わりたくないから後は知らない。というかなんでそれお前が知ってんだ」

「ともかく、忍が目覚めない障害になっていたのは魔に属するものを取り込みすぎたからだったと聞いている。聖別されたようなというだけで、おそらく中和に近い。障害を取り除いたから目を覚ました、というところじゃないかな」


ダンタリオンの話はスルーされている。


「……公爵がそんなに嫌がるくらいだから、外とか出歩くのまずいですか」

「いや? あと数日で消えると思うよ。退院まで大人しくしてたらいいんじゃないか?」

「ツカサ、よく見とけ。高位の神魔なら気づく可能性があるぞ」

「わかりました」


大人しくしていなそうという結論なのか、珍しくダンタリオンと司さんが一発で意見を一致させている気配がする。


「神魔のいない病院の敷地内の散歩くらいいいでしょ。あそこ広いし、まだ建物全図頭に入ってないし」

「わかったから探検でもなんでもしてろ。この際、全図を頭に入れる必要がないとは言わないから」


オレの言いたかったことも言ってくれた。


「でも、エシェルが……あの時か」

「あの時?」

「みんなが来てくれた時」

「!」


オレも司さんも同時に思い当たる。それはおそらく、不知火が駆け込んできた、あの日。忍が目を覚ました、正にその時を指していた。

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