5.目覚め

「……まぁ……エシェルの時は部外者なのに、森さんに共有してもらってましたしね……」

「エシェル、どうしてるかな」


最後に入った情報はフランス大使として「行方不明」。それも天使襲来のニュースの影に隠れてほとんど取り沙汰されてはいない。

気になって大使館の前まで行ってみたが、当然のように誰もおらず、守衛の人が言うには、大使館は近く閉鎖されるということだった。


行方不明で閉鎖、というのは少しおかしいとその人も思っているようだったが、既にエシェルがウリエルであることを、中央政府は理解した上での決定だとはすぐにわかった。それから、大使館には一度も戻っていないということも。


「秋葉、それに森さんも。待たせたね」

「清明さん」


ひと気のない通路に「キミカズ」でなく清明さんの姿をしたその人が現れる。どうやら忍の検査が終わったらしい。


「忍ちゃんは?」

「部屋に戻ってるよ。意識は相変わらずだけど」

「何かわかりましたか」


そう聞くと、表情を曇らせて首を横に振った。


「ただ、そちらの方面からも異常はないということはわかっているからとにかく継続的に、回復状況を見ていくしかないね」

「……薬の方、何か進展は」

「あぁ、悪魔学のマスターが処方したものだったから、何かはすぐにわかったよ」


桜塚さん自ら作ったものだったのか……しかしそれなら、なおのこと何が用いられているとか何にどう作用するとかはわかりやすいのが幸いだろう。


「さすがにそちらの方面だけあって、ただ霊力……というか魔力といった類の一時増強だけではなくて、悪魔との親和性に特化した配合になっていたみたいで」

「悪魔との親和性」

「うーん、言ってしまえば召喚にはうってつけのブースターだけど、身体や精神を超えた部分に入ったものが、悪魔寄りというか」


さすがの清明さんも若干要領を得ない。

ひょっとしてこれか? アスタロトさんがなんとなく流していった話。

思い出したところで森さんが補足的に聞いている。


「ふつうに用いる分には問題はないんですか?」

「一過性で自然に解消される程度みたいだよ。ただ一度に服用した量が多すぎて……異物を多く取り込みすぎてうまく処理できてないような状態なのかもしれない。だから、それをまず取り除けば」


専門的な話になって来た。森さんは理解に努めているが、結局、時間はまだかかりそうだ。

ただ、薬の副作用のような状態が問題だというのなら、時間さえかければ進展はあると思いたい。薬の作用や構成自体もわかっているはずなので。


「そっか。なんとかなりそうなんだ。じゃああとは待つだけ……」


窓際の角の待合所から、清明さんと一緒に移動しながら8階。廊下に入り、忍の部屋が見えた、その瞬間だった。


「うわっ」


ダン!と横並びになるオレたちの間をものすごい勢いで何かが通り抜けて、忍の部屋の前で急転回の方向転換。それは、ドアを開けることもなく、飛び込むようにして部屋の中へ消えた。


「不知火!?」


確かに不知火だった。壁抜けをしたことも驚いたが、どうしてこんなところに……

今日は司さんと一緒にいたはずだ、が。


「秋葉! 森!」


一瞬遅れて後ろの階段から司さんが現れた。


「えっ、いったい何が……」

「不知火が来なかったか!?」

「忍の部屋に」

「ものすごい勢いで」


口々に一言ずつ言って、全員で顔を見合わせると誰ともなしに駆け出して、扉の前に立つ。当然ロックがかかっていて解除の間がもどかしい。


Enterボタンを押すと同時に、ドアを開けて駆け込んだ。と。


「……忍?」


目を覚ました忍が、こちらを見ていた。


「起きてる!?」

「これは、一体……」


身体は起こせないようで、かろうじて今はベッドサイドに来た不知火の鼻先に触れている。その態勢のまま、何事かという顔をしてオレたちを見ているのだ。


「忍、いつ起きたんだ。さっきまでの検査では眠っていたはずなのに」

「眠ってた……そっか。目が覚めたのは今だよ。急に不知火が入って来てびっくりしたけど」


少し弱っているようだが、清明さんの問いの受け答えはしっかりしている。


「不知火はどうしたんです?」


オレたちも訳が分からず、司さんに聞くと司さんも首を振りながら答えた。


「わからない。駐車場に到着して院内に向かおうとしたらいきなり走り出して……オレも追いかけるのがやっとだった」


だから階段から来たのか。エレベーターじゃ全然間に合わないし、見失っていただろう。

妙なところで符号はあったが、もっと謎は目の前にある。


「不知火?」


今は落ち着いているようで、静かな足取りで司さんのところへ戻って、忍の方を振り返る。


「不知火、部屋に入ってきてから何か探してるみたいだったよ。窓の方、気にしてた」

「窓……」


いつものとおり、換気のためにか開けてあって緩やかにカーテンが揺れているだけだ。

青い空が白い壁によく映えてはいる。


「何かいたのかな」

「不知火が猛ダッシュで司さんから離れて駆けつける何かって」

「……考えない方がいいかも」


自分で疑問を呈して、やっぱりやめよう、みたいな森さん。それより、と忍の方に向き直った。


「良かった。気が付いて」

「ひょっとして、ずっと寝てた?」

「ひたすら寝てた」


身体が痛い、と寝っぱなしで固くなったらしい体を忍は起こそうと捻る。


「まだ無理に起きない方がいい」

「それよりすぐに検査をしてもらって……」

「清明さん、今帰って来て目が覚めたばっかりなのに検査? ちょっと話しして様子見ちゃダメですか」

「まぁ……その方が状態はわかりやすいかもね」


友人関係を鑑みて、お許しが出る。こちらの人数は、目覚めにしては妙に多いが特に問題はなさそうだった。


「心配してたよ、司が」

「……心配はしたけどその言い方だとものすごく俺だけ心配したみたいだから、ちょっと言い方を変えてくれるか」

「毎日来てくれてた」

「………………毎日、ここに確認事項があったからなんだが」


そんな森さんと司さんのやり取りを見ながら、忍は久しぶりにその頬に笑みを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る