社会科見学に行こう!
1.現在の日本の仕組みを知ろう! 社会科見学ツアー
東京。
この、一見何も変わらない文明社会の裏側には、並々ならぬ社会構造の変革があった。
端を発するのは2年前。
天使の襲来により、国々は壊滅。
日本はすべてが破壊されたわけではないが、被害は甚大だった。
電気・ガス・水道、ライフライン自体は被害をあまり受けなかったため生活をすることはできた。
その後も神魔が人を超えた力でもって、文字通り建造物などは「建て直して」くれたので見た目、あっという間の復興だ。
が。
問題は、供給源である。
食糧の自給率がどうとか、これは以前から言われていたことだが、とにかく日本は輸入に頼っている面が大きかった。
食料にしろ、燃料にしろ、だ。
これが変わらず安定供給されているものだから、大抵の人間は疑問には思わない。
そもそも、諸外国はもう国として機能していないだろうに、輸出されていないものをどうして維持できているのか。
一言で言ってしまえば簡単だ。
海外の神魔が提供してくれているからである。
と、なんとなく知っている人たちも大体はここまで。
その先がどうなっているかなんて、知る由もなかった。
大体、食パンですらどんなふうに出来ているのかは、パン工場に行ってみなければわからない話だ。
そんなわけで。
『現在の日本の、仕組みを知ろう! 社会科見学ツアー!』
みたいな教育的啓発が計画されるのも、おかしなことではなかった。
「で、第一回は都内の小学生を招いて、開催されることになってるんだけど、神魔のヒトたちが多く絡んでいるから、君に行ってもらいたいんだよね」
目の前には清明さん。
この人はこんなに気軽に会える人だったろうか。
もっと、宮中とか御所(?)の奥地で何か、礼式をしている人だと思っていた。
装束が制服に値するのか、町中でもその恰好だったりするが、人外、異形のヒトたちが行きかう中ではあまり気にされない。
「行くって……引率、ってことですか」
「各校の先生もつくよ。世代問わず必要なことだと思うけど、でも、こういう時は大人の方が呑み込みが悪いんだよね」
どこか微笑んだ穏やかな表情を崩さず清明さんは続ける。
「子供たちには、当然早めに新しい社会の仕組みを学んでほしい。神魔との関係についてどう思うかは、それぞれの親の影響が強いから、洗脳されない内にちゃんと現実を知ってほしいと思って」
間違ってはいないけども、言葉遣いが、微妙に、手厳しい。
神魔に対しては、タフで友好的な人と、なんとなく一線引いてしまっている人がいるから、子供を通してその境界を修正しようというのはありだろう。
というか歴史上でも、開国直後に外国人がやってきて、それにすぐ慣れた人と交流もなく偏見を持ったまま、慣れるのに時間がかかった人たちは、確実にいたろうから神魔でなくてもそれが普通か。
毛色の変わった存在が相手だと、その人間の適応力が試される。
「まぁ、こどもが正しい知識を身につければ、古いまんまの大人も影響を受けますからね」
「そうそう。これもひとつの転換点だよ」
打合せ場所は、普通に喫茶店だ。
清明さんもコーヒーが苦手なのか、飲んでいるのは無難なお茶だ。
ふと、聞いてみた。
「……清明さんもあまりコーヒーとか飲まないんですか?」
「も、というのは?」
「いや、忍が飲まないんですよ。意外と刺激が強いとかで」
「へぇ……」
なぜだかちょっと感心したような顔をした。
忍の場合は単に味が苦手だというのもあるのだが、清明さんの場合は他に理由がありそうだ。
「確かに、お茶でもスパイスの効いたものなんてあるね。必要に応じて『使う』けど、僕の場合は普段はあまりセンサーを鈍らせないように、リセット状態にしてるんだよ」
「……術士として必要なこと、ということで?」
「必要かというと微妙なんだけど、ほらテイスターでも立て続けに違う味のものを口にしたりしないだろう? あれと一緒」
テイスターは味の鑑定人だ。
ワインしかり、スイーツしかり、確かに立て続けに飲食していると「個性」はわからなくなるだろう。
痛み止めも使い続けると、慣れて効かなくなるなんてよく聞く話だ。
「食べ物まで気を使わないとなんて、大変ですね」
「もう日常の一環だから、気にしてないよ」
最近、天気があまりよくない。
今日も曇天だ。
季節がら、むしろ過ごしやすい気候でもあるが、雨が降ると移動が大変なので今日はこのままでいてほしい。
晴れたら晴れたで暑くなるとか、人間はけっこうわがままだ。
「でも引率って……確かに神魔は絡んでますけど、オレが引率っていうのはおかしくないですか」
オレは話を元に戻した。
「言い方が悪かったかな。引率というより、案内をして担当のヒトにつないでもらって、その必要のない時は軽く説明してあげてもらいたいんだ」
「……オレが、説明とか無理じゃないですか」
やる前から無理発言。
めんどくさいからではない。
予測出来ているという意味では、己の身をわきまえているといいたい。
「それに、オレ自体流通とか、神魔のヒトたちが実際どうやって社会を動かしてくれてるのかとか、はっきりはわかってないですよ」
「だから、この際、関係各位を社会科見学に招待しようかと」
そうか。
現場を見とかないと、説明もできないもんな。
関係各位ってことは、ついでに護所局の視察研修なんかも兼ねるつもりなんだろう。
「といっても、あまり大人数だと逆に集中できないからね。とりあえず、先発で秋葉君と……他にも何人かでまず行ってもらおうかと思う」
職員の研修は、また別件になりそうだ。
ゆっくりできるならそれがいい。
……というか、オレ、この仕事受けること前提なの?
今更だが、拒否権はないことはなんとなくわかっていた。
ダンタリオンみたいに無理難題などでなし、拒否するほどのことでもないので、まぁいいか。
ある意味、平和な仕事だ。
「他にも、ということは何人か補助つけてくれるんですか」
「それは当然だよ。引率の先生もたぶん、見学に回っちゃうからアシストと……神魔がらみだからね。護衛も何人かつけようかと」
「特殊部隊の?」
「それは……」
考え中なのか、一度言葉を切って少し首をかしげる。
オレは返事を待つ間、なんとなく乾いていた喉を潤した。
日本人の多分の例にもれず、アイスコーヒーだ。
「どうしようかと。相手はちびっこだからね。何をしでかすかわかったものじゃないだろう?」
ということは護衛というのは、神魔どうのというより、ちびっこの暴走防止のためのようだ。
「そうすると特殊部隊より一般の警察を動員した方が、手数もあるし無(ぶ)な……」
そこまで言いかけて、オレははっとした。
ダメだ。
一木をはじめ見廻りの面々は、何度か会っているが、誰もかれも中二病の延長で神魔の働く社会科見学なんて言ったら……
仕事よりも、率先して騒ぐ姿しか思い浮かばない。
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