11.新宿地下に封じられた者

どういう仕組みなのかは相変わらずわからない。

普通の人がおいそれと入れないようになっているのだから当たり前なのだろうが、案内してくれる人がいないと迷うのには間違いない。


地下へ進めば進むほど、構造が複雑で途中からは案内板もなくなった。

忍はマッピングできそうな気もするが、施設を視察する名目上、要石のある場所辺りに来ると手順が複雑になった。

明らかに術者でなければ進めない仕組みのようだ。


一方で科学と術式の融合。

指紋などの生体認証に加えて、霊力やら験力(げんりき)やらもうオレには単語の意味も分からない認証方式も織り込まれているらしく……


「これは逆に、監視できないわけだ」


いくつ目かの認証を通り抜けてから忍がつぶやいた。


「下手に監視をされて、手順を読まれても困るからね。結局、最終的に一番安全なのはアナログに回帰するのかもしれないね」


似たようなことを忍も前に言っていた気がする。もっとも制約のはずれた神魔が人の思考を読んだりするのはふつうにある能力だから、神魔が相手となればまた違ってくるだろう。

そういえば結局、誓約書を書かせていないダンタリオンは読心の能力も持っているんだった。

最近言われないから、うっかり防御システムオフにしっぱなしとかよくあるけど……


まさか読まれてないよな。


今頃、余計な心配をしているオレがいる。そして、つながる疑問。


「アナログって言っても、何かあった時は神魔に思考を読まれないようにとかしてるんだろ?」

「してるよ。でも結局は力比べだから。相手の力が上なら当然、防ぎようがない」


僕らは元々霊的な存在域で行動しているから。と常に術で防衛していることを教えてくれる。


「とはいえ、そんな物騒な輩が入国しないための仕組みだからね。今のところはそっちは平穏無事な世界」


そっちってどっち。

多分、清明さんたちとは境界を挟んで、こっち側。一般人の世界ということだろう。

確かに色々あったけど、結局日本にいるヒトたちは約束を律儀に守っている人の方が多い。


「会話とかもこの辺は自由にしても大丈夫?」


忍が聞いた。

辺りは地下に潜り、照明というものが少なくなってきているせいか、暗く、闇色のグラデーションがかかっているようにも見える。


「もう一つ認証を抜けると、完全に僕ら術師の領域に入る。いくら大声で話しても誰も怒らないよ」


忍とキミカズの会話が絶妙だ。忍の方はわざとそうしているのかはわからないが、いまの受け答えだと、遠慮しなくても大丈夫か、くらいにしか聞こえない。実際ひと気のない広大な空間は声もよくとおるし響くので、普通のボリュームでも話し辛い。

辺りに満ちるひたすらな静寂、重くはないが決して軽くもない雰囲気もそうさせていた。


そして、もはや地上から見たらどこにいるのかもわからない。そんな場所に最後の認証はあった。



それを抜けると更に闇が濃くなる。

そんな表現で何かを感じる日が来るとは思わなかった。夜とは違う暗さ、なんだか少し、圧迫されるような感覚。単に地下で結構深い場所にいるせいかもしれない。元々少なかった照明は、すでにかがり火がとって代わって、通路の造りは現代的なのに古式じみた様相に炎がゆらめく度に薄い闇と緋色のグラデーションが揺れた。


「……なんか最奥という感じが……」

「最深部ではある。最も陰の気が吹き黙って【穴】を作る場所」

「穴?」

「うん、でもそれは二人は知らなくてもいい知識かな。僕ら術師の用語のようなものだから」


長くなるのは説明は省かれたが、イメージをすることだけは割と簡単だった。穴、暗闇、吹き溜まり。つまり一番【底】で一番様々なものが集まるような場所。


「エシェルは……?」

「仮にも四大天使だから、徹底的に出られない場所を上がご所望だった。結果、ここに封じられることに」

「ミカエルとは違って、あの時、協力的だった。……という見解は」


忍が幾分細くなった通路を下りながら、聞いた。


「確かにウリエルは傍観者という立場らしい。ということは上も承知しているよ。けれど確証がないから……いや、あっても、かな。人の恐怖はそう簡単にはぬぐえない」


信用できるものでも信頼できなくなる。

オレたちは少なからず、エシェルの人となりを知ってしまったし、なんだかんだ言ってあの時……ミカエルが襲来したあの時も、助けてくれた。

そう思うことのどこまでがお人好しになってしまうのかはわからないが、人間のオレが想えるのはそこまでだ。


と。

急に空気がひんやりとして感じ、オレは伏せていた視線を上げた。


「さすがに、民間人でもこの空気は感じるようだね」


その正面は行き止まりではない。けれどいかにもな空間が通路の右手に口を開けている、その場所。


それはもうすぐ右手にも見えて、けれどただの扉のない四角い空間だった。

造りとしては鉄格子のない牢、ともいえる。

その行く手に、ひとつだけ格子がかかった場所があった。鉄でなく、もっと人間では扱えない類のものだとわかる。どこかほの青白い、電流のような光。


キミカズを見ると、もう笑みは消えていた。表情がないところは「清明さん」にしか見えない。ただ黙ってまもなく辿り着く距離を先導して歩く。


「!」


そしてオレと忍はそこに、見知ったその姿を見た。

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