10.キミカズの迎え
一方で和やかな(?)交友関係を築きつつ、その一方で国家を揺るがすようなとんでもないことが起こっていたわけだから複雑な毎日だ。
「連絡来た。キミカズから」
「オレにも来たよ。めちゃくちゃ短いメッセージだけど」
ほぼ同着の内容は次の土曜に、指定の場所へ来ること。
下手に記録を残したくないのだろうか。発信元は「キミカズ」のプライベート端末のはずだが、あとはその時に話すとだけ記されていた。
そして土曜。
新宿。
「……やっぱここなのか」
「やっぱって何? 秋葉、何か予想ついてた?」
司さんは来ていない。休日ならなおのことわけもなく一緒に行動しているのはおかしいだろう。今日は仕事で来ているわけでないのだから。かといって私服で来るのも後で何かあると困るので、キミカズと連絡を取って制服だ。
街はいつの間にかうだるほど暑い季節になっていた。
「予想って程じゃないけど。前にダンタリオンに聞いただろ? オレたちが本須賀に連れてこられた地下施設……あれ、新宿だしなんか術師的にパワースポットっぽいって」
「うん、かみ砕き具合はいいと思うけどパワスポ扱いか。そう言われると、不思議とチープになるのは何故だろう」
「偽物のパワスポがあちこち多すぎだからだろ」
雑誌で掲載されるとすぐに人はそこに集まる。話題のスポット。
そういう場所は本来はパワースポットであったはずが、無闇やたらと人が踏み入ることで、逆に作用することもあるらしい。
一時期、明治神宮の中の池が有名になったが、人が押し寄せたあとはいろいろなうわさも飛んでいた。
そりゃカミサマだって、いきなり土足で大勢来られたらさばききれないしブチ切れてもおかしくないよな。
いるのはカミサマではなかったかもしれないが、現代日本ではそういう存在は公なので逆にわかりやすい。
人間相手に失礼なことは大体、人外相手でも失礼なのだ。
そんなわけで。
「山手線の鉄の結界。陰陽太極図の【陰】の気の吹き溜まり。……確かに天使を封じておくにはうってつけの場所、なのかな」
「もうひとつは皇居、って聞いたけどそっちじゃダメだったんか。そっちの方が術師の力とかなんか強く働いてそうじゃないか?」
「よくわからないけど、天使が陰陽どっちに属してるかって言ったら、陽なんじゃないかなぁなんとなく」
そうか。暑さに強い人に真夏の炎天下歩かせるのと、エスキモー連れてきて歩かせるんじゃ負担が違うよな。
暑さのせいか、オレの思考力も奪われていく。
「えっと、つまり属性違う方に閉じ込めとけってこと?」
「一木くんが喜びそうな話題で困る」
ゲームに例えたら割と簡単に片が付きそうな話なのだろう。オレはそんなに詳しくないので、ふつうに理解に努める。
「でもあの施設だとしたら、どうやって入ったらいいかもオレたち知らないもんな」
「だから僕が呼んだんだろう? 二人とも、乗って」
ふいに後ろからかかった声に振り替えると、黒塗りの車が徐行して道に着けられるところだった。
少しだけ開いた遮光ガラスの窓の向こうに見えるのは「清明さん」の姿をしたキミカズ。オレたちが気づいたのですぐにドアを開けて、迅速に乗り込むよう促される。
もちろん動くのは忍の方が早くて、オレもそれに続いて後部座席の隣に入る。
「運転手さん、護所局の人ですか?」
「いいえ、仁一様私人のドライバーです」
知らないおじさんがどこか微笑まし気にバックミラー越しにこちらを見て、応えた。この車も護所局のものではないということか。さすが旧とはいえ宮様だ。車が術師御用達の高級車と大して変わらない。
「わたくしは仁一様が幼いころからご一緒させていただいておりまして」
「榊(さかき)、そういうことは言わなくていいから」
「これは失礼しました」
とまだにこにこ笑っている。これがデフォルトの人なのだろうか。助手席にいるキミカズ……というより、雰囲気的には清明さんな感じのその表情が、少し困ったようになっている。
「何をどこまで聞いたらいいでしょう」
忍が何も抵触しない利き方をした。榊と言われたドライバーの人に配慮してだろう。全く状況が見えてこない。
エアコンの利いた室内は外の熱気を嘘のように遮断している。街並みだけがけだるい暑さに包まれながらスモークガラスのむこうを流れていく。
「榊は大丈夫だ。今日は非公式での施設訪問。要石の関係で二人を招いたことになっている。施設内は術式、物理的なカメラ、両方から監視されているからね」
さすがにこっそりそこに入れるということは無理だったらしい。本須賀に連れてこられたときは悪魔として力の制限なしのハルファスがいたため、転移や一部操作により巧妙に痕跡を消されていたらしいから、それをやったら犯罪者になってしまう。
よって大人しく施設内はそれっぽく移動する、ということのようだ。
「目的の場所まではどうやって?」
それでもやはりどこまで具体的に聞いたらいいのか警戒しているようで、忍の聞き方は曖昧だ。
「……目的の場所は逆に、監視カメラはひとつもついていない」
「!」
「え、それってどういう……」
監視目的がないとは言えないだろう。しかし聞いてしまえば答えは簡単だった。
「意味がないからだよ。ウリエルが監視をかいくぐって何かをできる状況であれば、カメラなんて意味がない」
「……ということは術式による監視を」
「その通り」
霊的な存在は物理的なものでとらえようとしても無理。そんなことは神魔が出現する前から常識に近い認識だ。
その気になれば、そんな状況であれば確かにカメラなんて器物は役立たずなのだろう。
「でもやっぱり厳重なんだろ? 二重三重とか、神魔の力とかも入ってそうだし」
「そうだよ。だからこそ管理責任者は術師の中でもそれなりの立場にいる僕なわけで」
「……結局、キミカズの力技か」
と忍は言ってから言い直した。むしろ力技を解除する方? と。
「そこは蛇の道は蛇。任せてくれていい。二人は僕についてくればいいだけ。簡単だろう?」
忍の言っていた通り職権乱用による辻褄を合わせたごり押しだ。しかし、ウリエルに反抗の意思がないのだから何も問題はない。バレさえしなければ。
……なんか、オレの思想もダンタリオンやら忍たちに影響されてきてないか。
ていうか、よく考えたら今、周りそんなのばっかだな。
日常を遠く感じながらオレは車窓に目を向ける。ちょうどどこかの地下駐車場へ入るところだった。
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