9.大天使、捕縛後

その連絡があったのは、それから割とすぐにだった。

むしろ翌日、と言い切っていい。キミカズもすぐに連絡をよこしたかったんだろう。

けれど「清明さん」としての立場はそうさせてくれない。


大天使ウリエルを捕らえ、捕縛する。

その大がかりな封印の施設の手配は、昼夜に及んでいた。


「すぐに連絡をくれたのはいいけど、すぐに行けないのは逆に辛い」

「そう言うなよ。キミカズも早く伝えたかったんだろうし、なんか偉い天使なんだろ? 普通は厳重に、出てこられないように、人間だったらそれこそ網走刑務所みたな……」


自分で言いながらオレはがくりと膝を折りたくなった。余計な想像してしまった。

というか、実際気づいたら地面に四つん這いになっていた。


「秋葉ー大丈夫?」

「自分で言ったことにダメージ受けたな」


事情は司さんからもいくらか聞いていた。エシェルは逃げるでもなくただ、人の姿で静かに大使館の自分の椅子に身を沈めていたらしい。

まるで待っていた、と言わんばかりに大人しく司さんの手によって捕まり、そして術師たちに引き渡された。

一切の抵抗はなかった。けれど、何も知らない人たちが無警戒になるわけもなく厳重な捕縛を受けて、そのまま連れていかれたという。


「キミカズが会わせてくれる手筈は整えてくれてるんだろう?」


司さんに言われてオレはどん底から顔を上げた。


「うん。職権乱用だから時間が少しかかるのは仕方ない。心配だね」

「司さんは……さすがに行けないですよね」

「どうだろうな。護衛という名目なら行けないこともないだろうけど、そもそも公式で何かというわけじゃないんだろ?」


その辺りは詳しく聞いてない。ただ、なんとか会わせてくれると言ってくれた。しかし公式でオレや忍が「ウリエル」に会う理由はない。だから多分


「こっそり系な手筈だと思うんだよ」

「その言い方」

「そうすると司さんは無理か……」


なんとなく。エシェルに知り合いを会わせたい気もするし、どんな状態なのかわからない以上、頼りになる人に来て欲しいというのも確実にあり。主に精神衛生上。


「拷問とかには合わせないよう清明さんが頑張っている」

「聞いた。とにかく天使として何もできないように捕縛、ってやつだろ? その想像が全然できない」

「しない方がいいのでは」


そうだな。さっき自分でがっくりいったばっかりだしな。オレの顔が青ざめているらしく、もう一度司さんから「大丈夫か?」と声をかけられる。


「知り合いが投獄とか心臓に悪いよな」

「知り合いが誘拐された時は?」

「お前が何かやらないかドキドキしてた」

「失礼な」


そんな日常に近い会話で持ち直す。ため息をつきながら日常をそうして何度か繰り返す。

忍の聖痕とやらもとっくに消えて、ダンタリオンもいつも通りの対応だ。


「シノブ、今なら礼も素直に受け取ってやるぞ」

「時効です。消費期限つきだったので」


この会話。お礼のキスがどうとか逆手にとって困らせようと思ったのだろうが、全く忍は動じていない。


「シノブ、シノブ! 大丈夫だった!? 今度は天使に何かされたって聞いたけど!」

「オロバスさん……」


なぜか魔界の大使館で観光ビザなのに働いている不法就労悪魔がいる。いや、給与とかはもらってないからバティムさんが趣味で地母神の庭の手入れをしているようなものなのか。


オロバスさんは忍の誘拐事件からしばらくしてやってきて、完全無給のボランティアでダンタリオンの雑務をこなしている。酷い話だ。

忍と会うのは久しぶりである。


「どうしたんですか。いるとは聞いてましたけど」

「だってトモダチが危険な目にあってたら、魔界でおちおち過ごしてられないよ。何でも言ってね、力になるから!」


言いながら、大量のファイルを持って上機嫌に部屋を出て行った。


「……お前あんないいヒト小間使いみたいに使うとか、サイテー」

「馬鹿言うな。自分からやってるんだぞ。あの通りずっと機嫌いいしな」

「え、なんで?」


なんでと言われるとダンタリオンが忍の方に顔を向けた。


「友達になったんだって? 誘拐されたあと」

「あー、うん。なんかお礼、って言ったら友だちになってほしいと……」

「どこまで寂しい魔界の王子なんだよ。大丈夫なの? 長期滞在してなんとか詐欺とかに遭ったりしない?」

「ないだろ、ひとりトモダチ出来ただけでルンルンだぞ。数千年の悲願が叶ったんだから生暖かい目で見守ってやれ」


生暖かくてどうするんだよ。


「忍もついに悪魔の友達か……今までいない方がおかしいと思っていたが」


司さんがどこか遠い目をしている。ため息をついてつづけた。


「考えようによっては強力な助っ人だけどな」

「そうだねーオロバスさんは私だけじゃなくて、頼れば喜んで助けてくれると思うよ。秋葉も友だちになっとけ?」

「そりゃ構わないけど。言葉で宣言する意味ってあるんか?」

「勲章みたいなものだろ。オレが後で言っておいてやる」


なんか事実を曲解されそうで怖い。


「忍、頼む」

「いいよ。きっとオロバスも喜ぶ」


さん付けになったり呼び捨てになったりしてるが、多分本人が呼び捨て希望したんだろう。忍的には、魔界の貴族の人たちには敬意を払っているので、たぶんいきなり切り替えるのが難しいという感じがする。


「なんでシノブに頼むんだ。ここでしょっちゅう顔を合わせてるのはオレだぞ」

「よし、今からオロバスさんとこ行こう。善は急げだ」

「てめ、秋葉!」


先に余計なことを言われる前にオレは忍に話をつけてもらうことにした。司さんがここにダンタリオンと二人で残っているとは思えないので一緒だが……


そうすると司さんもオロバスさんの公式友達認定されないか?


などという余計な疑問をひっかけつつ。

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