2.とある魔界の公爵と外交官の一日(1)

全世界規模で国家の消滅が起こった。

2年前のことだ。


日本は相変わらず……どころかNEOがつきそうな勢いで変容したわけであるが、とにかく各地の国家が消滅してしまったということは、日本に存在していた各国の大使館なども機能するはずがなく……


それらは、今、全世界の神と魔の親善(?)大使により再利用されている。


「いやーここの大使館は広くてなかなか使い勝手がいいな」


まっさきにこの国の大使に名乗りを上げた「初めの悪魔」が言う。

まっさきに名乗りを上げた魔界代表は、まっさきに一番でかい大使館を占領した。

どこの国のものとは言わないが……悪魔に使われることになるとは思っていなかっただろう。

オレは窓の外から整えられた広大な庭園を眺める。


「どうした外交官殿。魔界の茶は口に合わないか?」

「うん、オレ魔界のお茶とか怖くて飲む気がしない」

「はっきり言ってくれるな。ふつうにセイロン産だよ!!」


それ人間界の紅茶だろ。

何勝ち誇った顔してるんだ。

オレは立ったままカップを傾けている魔界では公爵とかいう肩書を持っているらしいダンタリオン閣下を見上げた。


「しかも大使に向かって官僚がため口とは……この国の人選はどうなってるんだ」

「お前がオレに声かけたからオレが巻き込まれたんだろ! オレだってこんなところに放り込まれるなんて思ってなかったわ!」


この悪魔……ダンタリオンは、2年前に天使が襲来し、その抵抗勢力として日本で「天使殺し」をしていた神魔の一人だ。

いくら人間を消しさる天使を殺す悪魔とはいえ、人間から見ればどちらも得体のしれないもの。

それがどういうことなのか、事実を橋渡しする者もなく誰も明日も見えないまま怯えて暮らすしかなかった。


その時に、捕まって無理やり橋渡し役にされたのがオレ。


そのまま惰性で人外と話せる人間、みたいな勘違いをされて気がついたら外交官にされていた。

……2年前からオレの人生は、惰性の塊だ。


「だから全部殺してやるって言ったじゃないか」

「どこら辺を?」

「過去とか、現実とか、未来の展望とか」

「それは殺すじゃなくて壊す、って表現するんだ。日本語百遍、書き取りして来い!」


どっちも似たような意味じゃないかと妙に日本語が流暢な公爵は顔色を崩さない。

くそー。

他の神魔はともかく、こいつはいつまで経ってもオレにとっては悪魔だ。


「とにかく敬語使え。敬え。クレーム入れて査定落とすぞ」

「査定なんてそんなもの……! ……そんなもの……っ」


サラリーマンは辛い。


「オレは巻き込まれただけだ、オレは巻き込まれただけだ……」

「あーあ、これだからメンタル弱い奴は」


必死に言い聞かすしかないだろう。

もうオレ、何しに来たの本当。

仕事だよ(自己ツッコミ)。


「そして、まっさきに巻き込まれた秋葉に、私はまっさきに巻き込まれたわけだ」


今まで黙ってやりとりを静観していた忍が、なぜかひとつ席を離した場所で紅茶を飲んでいる。

忍は元々オレの知り合いだった。

特別仲が良かったというわけでもないが、こんな人外な(当時としては)非日常にひとりで放り込まれるなんて耐えられない。

かといって、非日常に巻き込んでいい人間がいるだろうか。


……いた。こいつならいいんじゃないか!?


と本人に了承なく推薦した挙句、問答無用で引っ張ってきたようなものなのでぐうの音も出ない。


「シノブはメンタル強い子だからな。お前より外交に向いてるんじゃないの?」

「私が強いんじゃなくて秋葉が諦め早いだけかと。……その諦めの早さで公爵にも早く適応しなよ」

「そいつにはなんとなく折れたくないんだよ」


あれ、メンタル強いに分類される選択じゃないか? これ。

人には譲れないものがあるというやつだろうか。

付き合いが長くなるにつれ、ダンタリオンの人となりが分かったオレはもう敬語を使うことさえも放棄している。

そんなことを考える一方で、忍は自己分析の結論をのたもうた。


「私は対人関係に振り回されるの嫌いなので、外交とか営業は無理です」

「そうか? 人間はめんどくさいからな。相手が神魔ならもっと気楽にできると思うけど」


逆だろ、逆。

相手が人間の方が普通はマシなんだよ。


頭を抱えたくなる。

忍が巻き込まれたというのは特にオレを非難しているわけではなく、言葉上の問題でむしろ見たまま適応している。


オレの人選は間違っていなかった。


……間違っていなかっただけに、すごく複雑だ。

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