2年後
1.二年後の日本
なんでEDO?
素直に江戸じゃなくて、大江戸でもなくて、EDO?
時々、神魔のヒトたちがそんなふうにこの街のことを呼んでいる姿をみかける。
あぁ、他国の神魔方々には横文字の方が馴染みがあるのか。
ていうか、人間の言語、関係なくないか?
毎日、そんな疑問におぼれている。
あの時、あの悪魔と話ができたのは、明日はいつ終わるかわからない覚悟ができていたからだろう。
悟りのようなものなのかもしれない。
それを持てない人間は、暗い地下通路や物陰だとかで震えて暮らしていた。
それが2年前。
「マンゴープリン、お待たせしました~」
『おっ、来た来た。このマンゴー、うちの国発祥なんだぜ』
『それを言うならなぁ、黒コショウだってうちの方から入ってきていて』
なぜ、日本の歴史に日本人より詳しいのか。
観光客よろしく、日本びいきの神々がわいわいと喫茶店でお茶をしている。
二年前。
あの接触をきっかけに、日本は神魔に対して開国を宣言した。
日本、ことに東京に関して、開かれた国になった。
……神魔に対して。
世界ではいまだに人類存亡をかけた戦いが続いている……この時に。
『兄ちゃん、そのバッジ、外務関係だよな。制服着てないけど今日オフ? ちょっと道教えてくれる?』
「……」
毎日、こんな感じであの日から現実感がむしろ遠のいた気がする。
『あれ? 何か言葉変かな。えっと……「あんちゃん、外務関係やろ? 休み中すんまへんが、道教えて……」』
彼らは彼らなりに努力しているのが見えるのが、涙ぐましい。
その言葉はいったいどこで覚えてきたのか。
「大丈夫です、わかります。ちょっと待ってください」
気さくに道を聞いてきた見るからに悪魔っぽい客に、バッグから地図を出して、すぐそばの〇に交、と書かれた場所を示した。
「日本では、大抵ここへ行くと道案内から迷子の捜索まで困りごとをなんとかしてくれます。地図とかも見せてくれるから、すぐそこだし、行ってみたら今後も便利だと思いますよ」
「コーバンか! えろうありがとう!」
無理に日本語化しなくてもいいです。
悪魔は勘定を済ませると、連れと出て行った。
日本が開国を宣言したのは、もちろん神魔の力あってのことだ。
なぜか、この国の神々は姿を現さないが、各国(正しくは各宗教というべきだが、敢えて国という)の神魔がこの小さな島国……
最後の癒しの地であり、元々暗黙の休戦区域でもあったらしい……
に対し、不可侵条約を結びこれを破ったものは天使勢力以外の全力で叩き潰す、というとてもアグレッシブな協定を結び、守ってくれているからだ。
世界が滅びそうな今、滅ぼされそうな国々の神魔は癒しを求めている。
神様だって、休みたい。
そんなわけで、現実逃避……もとい、神界、あるいは魔界逃避の場として……さらにもとい、英気を養う場として日本は神魔の間でも完全休戦協定地域となっていた。
人間の国がもうアレなので、大使館はほとんど機能していないが、代わりに人間じゃない大使が方々から派遣されている。
今の自分の仕事は、そういった神魔とこの国の橋渡し、つまり外交だった。
……どうしてこうなった。
「秋葉せんぱーい、オフですかー?」
何か事が起きても役に立たないであろう。
しかし、対人用と思われる警官組織の末端、見回り組から声を掛けられる。
「オフです。本日は営業しておりません」
「またまたー。おごりますからちょっと話聞かせてくださいよ。何か面白いことありました?」
オレの顔を見て面白いことがあったと思うのか。
テンションが食い違っている
先輩と呼ばれるが、年齢上下があるだけで、この仕事に就くまでは面識すらなかった人間だ。
「楽しそうだな」
「だって、オレ、神魔好きですもん。むかしからゲームとかそういうのやってて、ちょっと憧れてたんですよね! 仲魔とか!」
一木の脳内ではたぶん、間の字が違う。オレは空気で察する。
「外務に異動希望出してるんですけどなかなか……あっ、先輩ってば!」
人の世も変わったが、著しい立場の逆転劇が起きたのはこのあたりだろう。
まず、有名大学卒なんて肩書は風の前の塵に同じ。
変わって、一部の引きこもりやらオタクやらミーハーやらが、人生大逆転劇に入った。
殊、一木のように、神魔関係のゲームや漫画を読みこんでいたやつは、今の世の中に強い。
旧時代のエリートたちは、震えて神魔にも近づけない人種が多く、柔らか頭な人間ほど適応している。
一般的な職種で言うと、わかりやすいのは商売人だろうか。
客が人間から神魔に変わった、くらいの認識で済む人は勝ち組だ。
では霊界がどうのとか、オカルト・スピリチュアル系を生業にしていた人間はどうかというと……むしろ絶対数は減っただろう。
何せ、見えない世界に対して「自称見えます」という人間が多すぎた。
本物を前に、何かしろと言ってもできるはずもなく、詐欺罪・不敬罪で即刻牢行きとなるのが今の世の中なので、偽物はすっかりなりを潜めたという次第だ。
「先輩すげーんだぜ、人類初の悪魔と接触した人なんだ。それをきっかけにこんなに平和になっちゃって」
一木の、他人自慢が始まっているのが遠くに聞こえた。
コンタクトを取れると思っていなかったのだから、悪魔と話す人間はそれまでいなかったわけで。
「だから外務官か~むかしのオタクでもないのに、すごいよな」
それじゃあ現在のエリートがオタクで占められているようじゃないか。
断じてそんなこともはないのだが、聞かなかったことにして反対方向へと足を進める。
街の再興も早かった。
何せ、顛末が顛末なので、開国が決まってからは続々と各地から神魔がやってきて、勝手にそれぞれ館を作るのみならず、さっさと見苦しいところは直してくれた。
破壊された変電所の代わりに何かやってくれている悪魔もいるようだ。
人知の及ばないところは、蛇の道は蛇。
むしろ神魔怖さに人間の犯罪は減っているし、一応ゲートと呼ばれる入国管理を通って入国する仕組みになっているので悪意のある悪魔は滅多に入ってこない。
以前より治安が良くなっているのは気のせいではないだろう。
「よぅ、外交官様は今日はお休みか」
振り返る。
そこには見た目普通に黒髪の人間で、中世の貴族の服をまとったような若い男が立っていた。
「公爵」
ダンタリオン。それが彼の名だ。
無数の老若男女の顔を持つとされる魔界の公爵。
人の心も読むという……
つまり、自分が初めに接触した「いかにも悪魔」に擬態したヒトだ。
「ソロモン七十二柱の貴族がこんなところでふらふらしてていいんですか」
「つれないな。人類と魔の橋渡しをした仲じゃないか。……というか、七十二柱は覚えたのか」
偉い偉いと褒められる。
あらゆる国の神魔の名を覚えるのは、今でいえば応用知識のようなものだ。
しかし、基礎知識ではないのですべてを覚えているわけでない。
実際は、関わりのある神魔について事前に知識を入れて対応するということが多い。
ダンタリオンはソロモン七十二柱と呼ばれる悪魔、ひいては魔界を代表しての大使として都内に滞在中である。
「あっ、ダンタリオン様よ」
ちょっと目立つ容姿に人間的なビジュアル。
気付いた女性陣から黄色い悲鳴が上がった。
強かに適応するのはかつてのオタクだけではない。
ミーハーと呼ばれる女性陣も相当適応力がある。
すでにめぼしい悪魔(なぜか神より悪魔の方)には非公式のファンクラブが出来そうな今日この頃だ。
「ははは、日本人は相変わらずボーダレスだなぁ」
手を振りながらダンタリオン。
かつては刀剣女子なんてブームもあったようだし、推し活は世代関係なく普及しているしまったく否定できない。
「それで? 公爵はこんなところに何の御用で」
「オレもオフなんだ」
あんたはどっちかというといつもオフモードだ。
思ったが、即効読まれた。
「おいおい、お前と会ったのは天使狩りの最中だっただろ。ちゃんと仕事してたんだぞ?」
「心を読むのは禁止事項だったはずですよ。人間にも悪魔にも見られたくないプライバシーがあるでしょう」
「それは人間の法律だろ」
「ここは日本だ。入国審査の時に誓約書を書いているはず」
「入国審査なんて、オレ受けてないし」
そうか、初めからこの国にいたから登録はされているけど審査は受けてないんだ。
こんど誓約書を書かせよう。
「今のは読まれることを前提に考えただろ」
「友人に教わったんですよ。どうせ読まれるなら聞かれることを前提。脳内で会話すればいい、って」
「それは賢明だな」
心当たりがあるのか、あいつかなーと呟いている。
そんな発想で事に当たる人間はそうそういないので、たぶん当たりだろう。
街並みの様子はこんなところだ。
短期滞在でやって来る神魔との関係も好調。
しかし、オレの仕事は外交官。
魔界の貴族やら神族やらその眷属やらとなると、文字通り格が違うので大変だ。
……とりあえず、オレが人類初の悪魔とのコンタクトをしたというのなら、こいつは人類に初めておちょくりがてら声をかけてきたような貴族。
とっつきやすいが、二年間もこの街から離れないのはどーいうわけか。
今やすっかり、顔なじみとなっていた。
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