3.日常。

どこの部署も、それなりに迎撃戦へ向け態勢を整えている。しかし日常業務がなくなるわけでもなく。


『緊急車両が通ります 一般車両は道を開けてください 緊急車両が通ります』


サイレンとともに神魔対応特化の特殊部隊を数名乗せた車両が高速で街並みを突っ切る。のが普通なのだが、本日の現場は旧き良き下町。意外と道が狭い。


「一木、お前不知火モフモフしたがってただろ!? 行ってこい!」

「アレはヤバいです! オレは一般の黒服警察だからせいぜい取り巻くとか追い立てるとかしかできません!」

「じゃあ袋小路まで追ってみるとかしてみたら? 反撃してくるような感じじゃないし。イノシシ捕獲の延長っぽい対応で」

「先輩でも忍さんでも飼い主を連れてきてください! 神魔対応ならそっちでしょ!?」


黒服警官が包囲しているのは、確かに見た目はイノシシだった。ただし大きさがその3倍くらいある。3倍というと大したことはなさそうだが、縦横に倍になると大きさは累乗だ。

単純に横幅高さが倍なら大きさは「4倍」ということになる。つまりこの場合の体積は「9倍」。

前足を上げたら軽く2階に届きそうな大きさといった方がわかりやすいかもしれない。


観光神魔のペットやオプション(乗り物)の脱走、なんてこともままあることで。

しかし凶暴性も姿かたちも様々。それは人間からしたら驚異的なものなわけで。


「外交先のペットでもない限り、無関係だ」

「なんで今日に限って司さんがいないんです!?」

「この近くにいるはずだから通報受けてたらすぐに来ると思うけど」


なんて言っている間に、隣に突然飛び降りてきた。どこ通ってきたんですか、司さん。


「おつかれさま。司くん、自力移動?」

「この辺りは道が狭いから、車両を待つより近隣のやつが集まる方が早いと思うぞ」


大したことがないケース、とばかりに大イノシシのようなそれを見る。ワイヤレスマイクとイヤホンをつけているので、今現在の情報はこれでやり取りしているっぽい。


「突進速度が意外と速いから下手に手を出すと危な……」

「うわぁ!!」

「逃げた!!」

「………………………………」


突如それはぶもぉぉという擬音にすると気合が削げそうな声を上げて走り出す。包囲していた一般警察、即逃げる。なんのための包囲だ。


「俺に任せてください」

「西園寺」


言いかけて見送った司さんの横を、猛速で誰かが駆け抜けていった。

まっすぐ道を追いかけるより塀や電柱、あちこちを足場にしてスピードを上げている。

聞いたことのない名前のその特殊部隊の人は、道を走る大イノシシの頭上を飛び越しその真正面に躍り出た。


「危な…!」

「スピードだけで突っ込んでも相手は倒せないんだぜ!」


一閃。


ドォォン、と音を立てて次の瞬間巨体がアスファルトの上に倒れた。


「白い光しか見えませんでしたがみねうちですか」

「なんで敬語になってるんだ?」


所有者がいるから無傷で捕獲するのが好ましい。多少の荒々しさは全く問題視されないので鞘でぶっ叩いてもいいと思うんだが、刀は抜いたらしい。


「初めての人」

「忍、その言葉なんかちょっと語弊あるから変えて」

「司くん、あの人前からいたっけ?」


ただでさえ人覚えが良くないと自称する忍の質問。ゼロ世代の人はなんとなく顔見知りが増えてきたが、それ以外はよくわからない。


「あぁ、西園寺は二期で他部署からの編入組で」

「他部署からの編入もありなんですか!?」


異動ではなく編入というからにはこの場合は警察内ではなく、それ以外の機関から、ということだろう。


「自己推薦の入隊希望は基本、全員選抜対象だから」


なんて物好きな……しかし、腕は良さそうなので問題はなさそうだ。

本須賀問題が大きすぎて、他の二期三期組がかすんでいたのは仕方ないだろう。


「戦闘スタイルから浅井二号と呼ばれている」

「司さん! やめて!!」


うっかり自分たちだからと口を滑らせたらしい司さんの言葉に、やっぱりどこからともなく背後に上から飛び降りてきたらしい浅井さん本人登場。


「似ているのは早いってところだけでしょう!? 俺あんなに早くないし、性格違うし!」


到着するなり割と必死だが、さきほどイノシシの前に立ちふさがって余裕で笑みを浮かべていた感じから、わかる。

色々聞きたいことが出てきたが、浅井さんがあんまりなので今はそっとしておこう。


「すまない。つい秋葉と忍だから余計なことを言った」

「二人とも! それ呼び出したの隼人さんだからね! わかってくれる!?」

「「わかりました」」


何らかの拍子で一回口走っただけのそれがゼロ世代という名の一部で定着しただけだという経緯が。


「良かった……誤解されるのはやっぱりちょっと」

「だからすまないと」

「司さん、和史さんこのイノシシどうしますー?」


とりあえず西園寺という名の隊員は、小山になっているイノシシの上で神魔捕縛用の特殊な縄でふんじばってそう聞いた。


「牡丹鍋?」

「えっ今日鍋パーティですか? あの量なら全員振る舞ってもらえます!?」

「一木、お前あれ食ってみたいの? 冒険者だな」

「オレは英雄より勇者を目指します!」


忍のぽつりとこぼした一言に、中二病一木は懲りない。

観光神魔と近隣住民がなんだなんだと遠巻きにそれを見ていたが、歓声を上げてショーでも見ていたかのような顔をしている。


「収容車両がここまで入れないから、そこの角まで人海戦術で運んでくれるか」

「力自慢大会ですね!」

「一般警察の責任者、いないの?」


司さんの指示になぜか何人で運べるかチャレンジを始めた黒服警官を前に生ぬるい笑顔を浮かべつつ浅井さん。


これがオレたちの日常、なんだろう。


どこかドタバタしながらも、神魔と人がどこか馴染みながら過ぎる時間。

ちぐはぐさは、不思議と感じなかった。

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