4.いつものバカ騒ぎ(1)

ところが。

収容したはずの大イノシシは搬送中に逃げ出した。

情報不足だったが、一定条件で覚醒してしまうタイプだったらしい。

収容車両を破壊すると、文字通り猪突猛進で四車線の大通りをつっきっていく。


追いかける白服の警官たち。

その際、急ストップをかけた車も足場になったが、誰も文句を言わない。

こんな光景は、ニュースとしては実はありがちだったりしたからだ。

対天使のはずの特殊部隊はこんなふうに、街の治安維持をずっとしてきたわけで。


天使との戦いを何度も目の当たりにしてしまっていたオレには、なんとなくほのぼのとした事件にしか見えないのはちょっと、まずいかもしれない。


「おーやってんな」


ダンタリオンが現れた。


「お前、ここ今、車両通行止めだけど思いっきり越権行為で入って来ただろ」


大使館専用の運転手付き高級車。悪魔がなんで車をフルに使ってんだよ。とつっこみどころは他にもある。


「捕り物劇は久しぶりだな。最近、半空中立体戦しか見てなかったから平行移動で追いかけてるのが面白そうだと」

「公爵、それ司くんが聞いたら怒りますよ」

「むしろあれ、魔界のヒトのペットらしいから大使館に放り込んで来ればいいんじゃね?」

「……牡丹鍋はあまり好きじゃない」


誰も食えとは言ってない。

前をふさがれた大イノシシは、驚きの小回りの効きでUターンしてこちらに戻ってきた。突然の動きに、後方組が進路をふさごうとするが、更に加速しているそれはギリギリ包囲網をすり抜けて……


「やばい、こっち来る。なんとかしろよ」

「大丈夫だ。ここ道脇だし突進の経路上じゃないから」

「何もしない気満々かよ!」


というか車両通行止めはここから少し後方で。大通りの十字路にバリケードが張られているが、その先は普通に交差点。何だろうと思いながらも行き来する人が少なからずいる。

横断歩道を行き来するヒトが……


「これヤバいよ! 車両も吹っ飛ばす勢いだよ! ダンタリオン!」

「しょーがねぇな。ちょっと協力して……と思ったけどやっぱやめた」

「なんでだよ!」


とつっこみながらもダンタリオンの視線の先を追う。と。


「アスタロトさん!?」


ちょうどビルからビルの間の歩道を横断する、見慣れた姿。

こちらには興味がないようだが、大イノシシが突っ込んでいるスピードを考えると……


通行止めをしている車両が吹っ飛んだところで、ようやくこちらに気付いたかのように足を止める。なんでもないような表情で顔を上げたのが見えた。

次の瞬間。


何が起こったのか逆方向に吹っ飛んでいたのは、イノシシの方だった。


「ほらな。オレが出しゃばらなくてもなんとかなっただろ?」

「ただの接触事故だよ、アスタロトさん普通に街歩いてただけだと思うけどそれ、被害者だよ」

「たまたま被害者候補があいつでよかったな。一気に解決……ん?」


とまた何かが起こったらしい。吹っ飛んで近くに降ってきたそれは……なぜか道路に落ちるとともに大分裂をした。


「うり坊! かわいい!」

「いや、数多すぎ! これ! 逃げられたら! どうするんだよ!!」


蜘蛛の子を散らすように足元になだれ込んできたそれを避けながらオレ。アスタロトさんがやってきた。


「ごめん、何が突進してきたのかわからなかったから弾いちゃって」

「すみません、これどういう事態なんですか。ていうかなんで分裂!?」

「あ、そいつ分裂タイプのやつだったのか。そんなのいたの失念してたわ」


おい、知識の悪魔。お前半分以上加害者状態だぞ。

合流した特殊部隊に、生態を教えているダンタリオン。聞きかじったところ、覚醒状態で強い衝撃を与えると分裂して逃げようとするらしい。


「どーすんだよ! 捕獲無理だよ!」


特殊部隊だけでなく緊急招集をかけられた付近の警官たちも含めて捕り物劇が始まっている。今度は、質より量のやつだからうまくすると一人で3匹くらいは確保できる。

捕まえると片っ端から収容車に戻していく。


「……司さんこれ」

「収拾がつかない」


そもそも何匹いるのか事前情報に欠けるので、見逃す個体もいるだろう。本当にうり坊サイズなので害がある大きさではないが……今度は、ペットの主が「失せ物届」をする羽目になってしまう。


遠い目をしている司さんのところに、今度は護所局のマークをつけた黒塗りの高級車が止まった。


「よーぅ、秋葉ちゃん、何してんだ?」

「局長! 何してんだじゃなくて何しに来たんですか!」

「近く通ったら無線入ったから見学にな」


あなた最高責任者。見学言ってる場合じゃない。そんなやつばっかりかオレの周り。


「見ての通りプチアニマルが大量に脱走状態ですが、どうします? 周辺に協力放送でもかけますか? ゲーム的な感じで」

「なんでお前はゲーム化するんだよ」

「ゲームなら一般人も楽しい趣向だと思って捕まえてくれると思うんだ。でもただ捕まえてくださいだと関わる理由がないと思うんだ」


忍……心理を踏まえたお気遣いの提案だったのか。はっきり言ってわかりにくい。


「それも悪くないけど、おぢさん助っ人もちゃんと連れて来てるからだーいじょうびっ」


……昭和のネタかなんかですか? よくわからないけど、助っ人、と言われてみると後部座席の局長の隣には、清明さんが乗っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る