2.遺書(特殊部隊+α)
特殊部隊は、本来は対天使のために組織された。しばらく続いた平穏な日常に存在意義は大分変わって来ていたが、だからこそ今、改めてその在り方を問われている。
「てめーらに集まってもらったのは他でもない。天使迎撃戦についてはここに残った各々臨む覚悟の元と理解する。……感謝する」
いつも副流煙を垂れ流し、最終的には「護所局の魔王」とまで呼ばれるようになっている和局長の、らしくない言葉。
それもまた、空気を引き締め、どこかしめやかにするものだった。その刻は間近に迫っている。
静まり、姿勢を崩さず整列したまま注目する白服の部隊員たち。局長は一枚の紙を取り出し、前に掲げた。護所局の透かしの入った白紙だった。
「そんなわけで、てめーらにはこれから遺書を書いてもらう」
「はぁ!!?」
ほとんどすべてと言っていいくらいのメンバーからそんな反応が声になって繰り出された。突然すぎる命令。途端にしめやかな空気は崩れ去る。
「遺書ってなんですか! ひどくないですか! 殉死すること前提ですか!」
「あー? 前提じゃないけどよ。のちのち色々あっても困るだろ? 終活とかもだいぶ定着して来てるみたいだしそんなノリで必要なこと書いてもらうと、おぢさん何かあった時楽だと思うんだよね~」
言っていることは全く間違っていないが、言い方が大分間違っている。物は言いようとはよく言ったものだ。
「遺書」はないだろう、「遺書」は。
さすがの司もため息をつきながらそう思う。
「同意書とかも必要だし、おぢさんも書くんだよ。まだ下の娘が小さいんだけどね、何かあったら大変だから」
あなたの家庭事情は聴いていない。
全員の心の声が一致する瞬間。
「この年で遺書とか書いてたらもう死ぬ気になりそうですよ。海軍特攻隊ですよ」
「特攻隊の覚悟は半端ねーんだ。てめーら特攻隊の手紙読んでみろ。泣けるぞ」
「そうじゃなくて。気分的に滅入りそうだっていう話です」
「大丈夫だ。そこは書いてもらうものを工夫してるからな」
そう言って、局長は金属の薄い箱を今度は見せた。よく見るとナンバーが入っていて施錠もできる。そこに遺書入れろ、と言われることはもう目に見えており。
「説明はあとでする。紙と保存用のケース配るからあとペン用意しとけ。消えないヤツ」
そして各自に配られるそれら。最初のしめやかさはどこへやら。
工夫してあるとか嫌な予感しかしない。
そして召集されていた中庭から大会議室に移る。と
「……なんで忍ちゃんいるの?」
「参戦組だから」
「……なんで秋葉がいるんだ?」
「よくわからないけど来いって言われた」
どうやらこの二人も遺書を書かされるらしい。もう理由を知っていそうな忍はともかく、さきほどの話を聞いていない秋葉にとても同情する。
「よーしてめぇら。揃ったらまず『人には言えない秘密』を書け!」
「え、遺書じゃなくて?」
「隣のクラスのよし子ちゃんに告白したけどフラれたとか、女子の着替え覗いたとかでいい。男なら誰でもあるだろう! 好きな子の笛を吹いたでもいい」
「それ変態です。同じ男でも引きます」
「一応女なので、すでに引いてます」
「とぉにかく~」
有無を言わせない予兆。
「なるべく恥ずかしい奴だ! 人に見られたらヤバいことのひとつやふたつやみっつやいつつ、誰でもあるだろう!」
「誰でもありますが、局長は半端なくあるんだということは今、なんとなくわかりました」
「フリーのやつは今一番好きな異性の名前をかけ。ポエムでもいい」
全く意味の分からない命令だ。
「それって誰得なんですか?」
ついに聞いたが
「いいから、書けや」
局長が銃口を総員に向かって突きつけたことで全員が一斉に、ペンを取って紙に視線を落とた。
「相変わらず傍若無人な……」
「恥ずかしいこと……冷静に考え始めると箇条書きで結構出てくる」
「黒歴史ってやつだろ。あるわ」
誰にも見られたくないというからには、発表されることはないだろう。
いや、あの人のことだから誰かピックアップくらいはするかもしれない。
なぜ先にこの紙の使い道を確認しなかったのか。
冷静になって後悔してみても、時すでに遅しだ。
そして全員が各々の黒歴史をその紙にとりとめもなく記すことになる。
「よし、書けた奴はその箱に入れて施錠しろ」
「? これ遺書用じゃなかったのか?」
「……」
なぜかだんまりした局長からの反応はなく……正しく言うなら、全員がボックスに紙を入れて黒歴史封印をした直後に、それに答えた。
「それがてめーらの『遺書』だ。死んだ奴は迎撃戦の終わった後に、全員の前で御開帳されることになるから、てめーの黒歴史やらポエムやらが公開されたくなければ、死ぬな」
「!!!!!」
顔なじみの全員に完全プライバシーな黒歴史が公開される。
死後に追い打ち、公開処刑もいいところである。笑うか泣くかどっちかにしろ、みたいな光景が容易に全員の脳裏に浮かんだ。
絶対に死ねない。
「忍……オレ、戦闘に関わらないのになんでこんなの書かされてんだ……?」
「真面目に書いたの?」
「お前、真面目に書かなかったの?」
逆に問う秋葉。どうも察していた風はある。何を書いたことやら。ともかく死ななければ何の問題もない。この禍いの箱(パンドラボックス)は二度と開封されることはないのだから。
故に。
特殊部隊は鋼の決意をもって、最終決戦に臨むことになる。
「いやぁ。やっぱり遺書なんて書くと覚悟が変わるのか……気迫が違うな」
マジ本気。誰だって恥は晒したくない。死後にラブレターを公開される文豪の気持ちを考えた方がいいと、忍は時々思う。
「まだやつらもほとんど二十代だからなぁ……忍ちゃんの言う通り、効果は絶大だなぁ」
「忍!?」
「冗談話、しただけだよ。採用された上に自分も書かされると思ってなかった」
そんなこととはつゆ知らず。若き精鋭たちはこのご時世に、絶対生還の四文字を掲げて来るべき刻までカウントダウン。日々を送ることになるのであった。
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